第十九話・・・出発準備②

 まいの部屋となって居た和室は豆電球一つの明かりで照らされていて、真っ暗とは行かないほどの暗さだった。舞がある程度の明るさがないと寝られないとのことでこうなっている。

 舞をなるべく起こさないように静かに音を立てず足を踏み入れて、舞のピンク色で出来たリュックを手に取ってから、木製の少し古めかしい箪笥の前に座る。舞は小さく寝息を立ててぐっすり寝ている。そんなが愛らしく、思わずジッと見つめてしまう。

 だがそんなことをしている余裕がないと頭を切り替えて、箪笥の中から小さい子供用の洋服と、靴下、などを取り出してリュックの中に入れる。取り敢えず舞の部屋で用意できるものを用意してから他の物を用意することにして、あまり舞の部屋とリビングを行き来しないようにする。

 それから数分頭の中で思いつく限り舞の部屋で用意できるものは用意できたので、また音を立てずに舞の部屋から退室する。すると、リビングの真ん中で「う~ん」やら「これも?」などと唸り声を上げながら散らかった荷物を一つ一つ選別してバックに入れている亜依あいさんの姿が視界に入る。そんな姿に呆れながらも、後で手伝おうと予定を決めておく。




 わたしのおにーちゃんはやさしい。だっていつもわたしとあそんでくれるから。おねーちゃんとおかーさんはいっつも「忙しい」ってあそんでくれない。

 わたしにはおとーさんがいるらしいけど、会ったことはない。だからどんな人なのか分からない。おにーちゃんみたいな人だったらいいなって心の中で思う。

 いつもあそんでくれるおにーちゃんだけど、なんだか最近、つかれてそう。それでも、さっきわたしのために明日のじゅんびをしてくれたし、やっぱりおにーちゃんはやさしい。

 ……でも、それぐらい自分でもできる。おねーちゃんの分も合わせて。




 大体の舞の準備が終わり、ピンク色のリュックを襖の前に置いて、さっきから気に掛けていた亜衣さんの方へ視線を飛ばす。そこにはまだ悩んで荷物を準備している亜衣さんの姿があった。

 俺は「はあ」と小さく溜息を吐いてから、亜衣さんの座る所へ近づいて、悩む亜衣さんの隣に屈み込む。


「準備、手伝いますよ」

「んー? 別にいいよー、自分のことは自分でやる。諒くんも自分の用意したら? 舞の準備でまだ出来てないでしょ」

「別に俺は少しだけでいいですし、亜衣さんこのままだと朝方まで準備してそうですもん」

「確かにそれは一理あるかも……じゃあお願いしてもいい?」

「ええ、快く承りますよ」

「そんな畏まらなくても……あっでも、下着とかは私が自分で準備するからね」

「そりゃそうでしょ!!」

「えへへ」


 亜衣さんを説得して協力することになったが、亜衣さんがふざけたことを言うので、思わず声を大きくして反論する。それを別に気にしていないかのように崩した笑みを溢す亜衣さん。

 本当にこの人は物事を楽観視しすぎなのでは、と内心思ってしまう。

 しかし、今の俺の声で舞が起きていないといいが……。

 亜衣さんが散らかしていた荷物には色々と必要なのか疑ってしますものが沢山あった。

 例えばアメリカの硬貨や観葉植物のサボテン等々……いや、サボテンに関しては本当に理解ができない。

 俺は早々と選別を行なっていく。それに「それはいるでしょー」と口を挟んでくるが、その殆どが必要なない物で、逆に本当に必要な物に対して「それは別に要らない」と、真逆のことを口にしている。

 この人はこれまでどうやって旅行に行っていたのだろうか……。そもそもとして旅行というものに行ったことがあるのかと疑ってしまう。

 しかし流石に失礼か、と考えを捨て去って、亜衣さんの荷物を選別していき、最終的にバックに収まる程度には準備ができた。それを亜衣さんに渡して「もう余計なもの入れないでくださいよ」と忠告してから自室へと戻る。ベッド付属している棚に置いたデジタル時計はあれから直してもらい、正確な時間を示すようになった。そのデジタル時計を見てみると、時刻がもう24時を回ろうとしている。

 恐らく明日は朝早くに家を出なくてはならないだろうから早めに床に入って体を休めておきたいが、まだ自分の準備ができていないので手短に準備をする。

 亜衣さんにも言った通り、男で、あまり細かいことは気にしない人間なのですぐに準備は終わるが、それでも30分ぐらいは掛かる。


 着替えやタオルなど、色々準備していたらもう既に40分も経っており、そろそろベッドに身を預けようと考えた時、脳裏にあることが浮かんできた。


「あれ、持って行ったほうがいいか……?」


 脳裏に浮かんだ物が親父と会うのに必要かどうか、頭を巡らせる。最終的に必要と結論を出して、それをバックの中へ丁重に入れる。

 荷物の準備が終わったので、俺は近くにある自分のベッドへ倒れ込んだ。明日、数年の間会ってなかった親父と再会する。この慌ただしさで改めて感じる。

 明日どんなことを親父と話せばいいのか、例のことについてどのようにして切り出せばいいかなどと、頭を巡らせていると、徐々に睡魔が襲ってきて、意識が深い暗闇へと落ちて行った。




 誰かによって揺さぶられる感覚と、少し大きな声が聞こえてきて、俺はゆっくりと重々しい瞼をこじ開ける。

 瞼が空いたのは良いものの、視界が霞んで何が何だか分からず、目元を指で擦る。すると、少しずつ視界が開いて、そこには心配そうに小さな瞳で見つめてくる舞と、俺の体に腕を伸ばしている亜衣さん。

 この状況が瞬時に理解できる人物なんてそういないだろう。勿論、俺も理解ができず、一つ一つピースをはめていくことでやっと理解ができた。

 理解できた……今日は岐阜に赴く日……そう頭の中に流れてきた情報に驚いて、バッと体を勢いよく起こす。


「……これって寝坊?」

「いや、まだギリ寝坊にならないよ」

「後何分ぐらいですか?」

「1分……?」

「それはもう寝坊じゃないです!!」

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