第十七話・・・傷ついた手

 日が経つ度に親父と会話をするという緊張を感じ、普段なら集中して受けることができる授業も少し上の空になってしまっていた。

 しかし、放課後に家で勉強をして何とかしていたものの、今日に限っては緊張がMAXになっていて親父との面会以外に意識を向けることができないでいた。

 それもその筈。なんせ明日がその親父との面会の日である。ただ、教師は無情にも授業を聞いていなかった俺に問題を投げてくる。

 それに合わせてクラスメイトの視線が俺に注がれる。



「え~っと......じゃあ九十三つくみ。ここの問題を解いてみろ」

「......っえ? ああ......すいません、分からないです......」

「そうか、でもあまり上の空になりすぎるなよ? お前も、他の奴らも、来年には受験なんだからな?」



 上の空になっていたことに気付いていたらしく、教師は俺に対しても、クラス全体にも軽く叱責をして俺に飛ばしてきた問題の解説に入り始める。

 自分の中では分かっているものの、残念ながらそれを改善させることができるほどの能力を持ち合わせていないのでその後の授業もすべて頭に入ってくることはなかった。




 途中、昼休みを挟んで5、6限が終了し、放課後を迎えていた。今日は白救魔エンジェルウィザードがないためそのまま家へ直行しても良かったのだが、気分転換に帰路を変えて帰ってみることにしてみる。

 いつもと違う風景が視界一杯に広がり、目新しいもので溢れ返っていた。

 左右に商店と住宅が並び立って、その間を区切るように伸びる道路。それらを照らす暖色の夕陽。そんなものがマッチして神秘的な雰囲気を醸し出していた。



「いつもと変わらない日常もいいものだが、少し変わってみるのも、いいのかもしれないな......」



 そんな独り言を零してさらに足を進める。迷宮を楽しく彷徨うように、裏路地、年季の入った商店などに視線を飛ばしながら。




 暗く、じめじめとしていて、座っている地面はコンクリートで出来ているのか冷たく、手首には鉄の鎖が結ばれていて行動範囲を制限されている。

 あれから何日経ったのだろうか、恐らく学園ではほとんどの生徒がこの事件のことなんて忘れ、順風満帆な学園生活を送っている頃だろう。

 私の事を覚えているのは学園の教師と、お父様ぐらい。とは言っても、数日も経過していて誰も助けに来ないということは私はもう見捨てられたのだろう。

 どこを探しても見当たらない。もし誘拐であり、警察に頼ればそのことが世の中に明るみとなってお父様の会社も、私が通う学園も信用を落とす。

 そんなことが起きる可能性があるのなら私一人の人間なんてすぐに見捨てる。



「おい、飯だ。くれぐれも部屋の中は汚さないでくれよ」

「............」

「チッ、まあいい、どうせ直に死ぬんだ」



 私が何も反応しないのが気に入らなかったのか、監視役の男は悪態を吐きながらそんな言葉を口にする。

 部屋の中に入れられたご飯は食用パン一切れと紙コップに入った水だ。

 私がここに入れられてから会話をしたのはそこにいる監視役の男くらい。私をここまで運んできた二人とはあれきり顔を見なくなった。

 私は口の中に入れて、それを水で流し込む。お世辞にも美味しいとは言えない味なので噛むことなんてしない。

 そんなことをしている時、金属が地面と擦り合う音が響き、ドンという重低音が続いて響く。その直後に監視役の男の声が大きく聞こえてきた。



「お疲れ様です!」

「ああ」

「お疲れ様」



 久しく別の声が私の耳の中に入り、私の視線は声の聞こえた方へ自然と向く。



「あちゃー、こりゃまた、せっかくいい所のお嬢さんなのに」

「仕方ないんじゃない? でもまあ可哀そうではあるわね、この子のお父さんのせいでこうなっているんだから」

「あ、なたたち、は......」



 暗く、顔は見えない。だけど聞いたことのある声だった。記憶を辿ると、私をここまで運んできた二人だということに気が付く。

 しかし、恐怖のあまり言葉が詰まり、上手く声が出ない。そんなことをお構いなしに二人はあることを私に告げてくる。



「今から喜入ちゃんには私たちと一緒に来てもらうね」

「理由はまだここでは言えないが、ここよりかは安全で充実したところに移動できる。どうだい? 一緒に来てもらえるかい?」



 断る理由なんて一切なかった。私はすぐに首を縦に振ってその提案に了承したことを示すと、二人はすぐに鉄でできた格子扉を開けて私に手を差し伸べる。

 その手は白く、丁寧に手入れされていることが見て取れた。その手に私の痣や傷まみれの手が触れる。




 私は二人に連れられ、あの部屋を出てまた違う部屋に連れられてきていた。その部屋は赤をベースに必要最低限の家具のみを飾った面白みのない部屋で、今座っているベッドも少し前までの床よりかはマシなものの、熟睡できるというまではいかない程だった。

 二人は誰かを呼んでくると言って部屋を出たものの、それから少なくとも20分は経とうとしている。

 正直あちらとは変わらないので暇だと思ったが、環境が変わると目新しいものが沢山あってあまり暇ではなかった。

 少しすると二人が戻ってきて、ベッドに腰掛ける私の前に立つ。その二人の後ろには身長が高く、体つきが良い、白い髪と髭をたくわえた男が立っている。

 その男の目つきは鋭く、左目は負傷しているのか黒い眼帯を付けていてものすごい威圧感を放っていた。



「私たちの後ろに立っているのが私たちのボスである————」

不破ふわ獅朋しほうだ」

「......不破......?」



 目の前の男が発した苗字に私は聞き覚えがあり、数ある記憶を辿っていくと、辿り着いた先は。



「お父様の親友様、なのですか......?」

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