第十六話・・・隠し事

 亜依あいさんによると俺たちと親父たちが顔を合わせる日はあっちから一方的に決められたらしく、来月の第一週金曜日とのこと。

 今のところその日は学校以外何も予定が入っていないため特段どうこうという訳ではないが、その日まで憂鬱な気分で過ごさないといけないと思うと気分が沈む。

 だが行くと決めた上こんな文句を呈したところで会うという事実は変わらないので素直に認めて思考を切り替える。

 親父に会うということは霧島きりしまの言っていたことを聞くことができる機会ということだ。しかし、親父がそう簡単に俺に対して有益な情報を零すなんて思えない。

 なんせ最近は会っていないのだから俺に心を許しているなんて保証はどこにもない。だけど、聞いてみなければこの現状から何も発展しないだろうから。



「明日にでも霧島先輩に相談するか......」



 一人ベッドの上で仰向けになりながら小声で呟くが、その言葉に対する返事は無く、小さな男気に染まった部屋に消える。

 そして俺は仰向けの状態で睡魔に襲われ、そのまま眠りに落ちるのだった。



————お前のせいだからな! お前さえいなければ............



「っ!? ......夢?」



 親父に似た声が頭の中を響いて思わず体を起こすが、周りを見渡してから夢だったということに気付く。

 そして掌にひんやりとして、若干湿り気のある布の感触が伝わってくる。思わず振り向くとさっきまで頭部があったであろう箇所が変色していた。

 やってしまったと髪を掻き上げると、掌に水が付着したような感触があって掌を見てみると、引き伸ばされた水滴が目に入った。

 部屋の中にあった姿見鏡に視線を移し、額を見てみる。そこには毛根から流れてくる水滴があった。

 恐らくあの変な夢を見て汗を大量に掻いてしまっていたのだろう。その汗によって掛布団やベットシーツ、マットレスが濡れてしまっていたのだろう。



「......土下座するか」



 覚悟を決め、亜依さんが居るであろうリビングへ降りる。そして優雅にティーカップに入れた紅茶を啜っている亜依さんに少し震える声で挨拶をする。



「お、おはようございます......」

「うん、おはよう......って何かあったの?」

「いやぁ......」

「なにー? はっきり言ってくれないと」

「......すいません! ベッド濡らしました!」



 一瞬で部屋の雰囲気がガラリと変わった。亜依さんから放たれているオーラは誰一人として動くことを許さないほどのオーラで、完全にお叱りモードだった。

 そこでまいの部屋となっている和室の襖が音を立てながらスライドして開く。



「おは............おやすみ~」



 正しい判断、正しい判断なのだが何もなかったかのように音を立てずに襖を閉めるのはやめて欲しい。少しは助けてくれたっていいのではと思うが、まだ幼い舞にはこの現場は良くないので複雑な気持ちになる。



「......漏らしたの?」

「い、いや、そういうわけでは......」

「じゃあ何なの?」

「え、え~と、頭から湧き出た汗で......」

「はあ、分かったから、今日も学校あるんだからそこにある朝ごはん食べて、早く準備して行ってきなさい、ベッドは私が後で処理しとくから」

「本当にありがとうございます!」



 俺は亜依さんに一応赦しを得たので、感謝を述べてから亜依さんに言われた通りにダイニングテーブルに置かれていた朝食を口の中に掻き込むと、忙しく家中を走り回って準備を終わらせる。

 その間も亜依さんは少しピリピリとした雰囲気だったが、家を出る時には毎日の日課となっているのか、俺の事を行ってらっしゃいとお見送りする。

 それに行ってきますと応え、家を飛び出す。まだ時間に余裕はあるものの、早めに着いて置いて損はないだろう。......まあつい先日そのせいで冤罪を掛けられたのだが。



「あ、せんぱい!」

「ん? ああ、お前か」

「なんか最近冷たくないですか?」

「そうか? ただ俺が忙しくて暇なお前には構えないだけだと思うが」

「私暇なんかじゃないですよ!? せんぱい私に飽きちゃったんですか…捨てるんですか!」

「おいこら、周りに変な目で見られるだろ」



 大声で勘違いされることを言う茶立場の頭をペシっと叩くとそのまま学校に向かって歩を進める。

 暇ではないと言っていたが、茶立場は特に部活動や委員会に入っているわけではない。

 なので暇じゃないと申したのだが何かがあるらしい。

 まあ知りたいとは思わないので聞くことはないが。

 やがて学校が目に入って、周りに胡正こうせい高校の生徒が増え始めたところで静かになっていた茶立場が呟き始める。



「せんぱい、あの時から変わってないですよね」

「ん? 何がだ?」

「いえ、なんでもないです」

「なんで隠すんだよ、俺の事に関してなら別に気負いせず言ってくれていいだぞ?」

「本当に大丈夫です」



 隠し事をされる方がこちらとしては気分が悪いのだがそこまで話したくない事情であるのなら仕方がない。俺も嫌がっている相手に無理矢理聞くほど節度のなっていない人間ではないのであまり追及しない。

 霧島の件といい、親父の件といいなんでこうも最近は隠し事をされていることが明るみになるのだろうか。

 そんなことを考えているといつの間にか学校の正門にまで来ていて昇降口付近で所謂熱血系体育教師が大きな声で挨拶をしていた。

 いつもは静かな昇降口が今日だけ少し賑やかになっている。



 朝から隠し事や体育教師による挨拶があったものの、校内に入り、授業を受けるといつもと変わり映えのない日常が待ち受けていて朝の出来事なんて頭から抜けていた。

 放課後になると昨日伝えられたように『打倒! 黒見虚リーゲンナイト討伐隊!』の会議が行われ、今は生徒会室のソファに腰掛けていた。



「嫌」

「なんでです! こんなのどこからどう見てもダサいじゃないですか」

「聞く場合もあるでしょ」

「そんな細かいことは良いじゃないですか」

「絶対こっちの方が良いですって」

「だってぇ、今の方が私にとってはカッコイイしー」

「第三者目線で言ったらダサいんです。これは」



 今話し合われているのは俺の親父の件でも、黒見虚の件についてでもない。この『打倒! 黒見虚討伐隊!』という組織名変更について霧島と一対一で話し合っていた。

 駄々をこねる子供のような霧島に納得してもらうよう何とか言葉を繰り出すのだが何一つ響かなかったようだ。このままでは埒が明かないので壁に寄りかかっている桐ケ谷きりがやに助けを求める。



「「どう思いますか(う)?」」

「私ですか? 私は......改名推奨します......」

「桐ちゃんまで!?」



 ウルウルと目に涙を溜めて桐ケ谷に抗議をする霧島。さながら大人な姉と子供な妹のようだった。

 そこからまた少し議論を交わし、最終的には『白救魔エンジェルウィザード』という如何にも中二病が付けそうな名前に決まった。

 その後は霧島と真剣に親父と会うこと、そこでどのように立ち回ればいいのかなどを話し合い、白救魔について色々教えてもらったところで解散することになった。

 俺は正門で二人と別れの挨拶をした後、自宅への帰路につま先を向けるのだった。

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