第二話・・・恋心

 亜衣あいさんとまいが作ってくれた夏野菜のカレーを食べ終わって少し経った頃。

 俺はゆったりと湯船に浸かっていた。


「はあ……茶立場ちゃたてばはなんで見透かしたかのようなことを言ってだ?」

「それはですねえ、家が隣だからですよ」

「うおわぁっ!? 急にあいつの声が……やっぱ疲れてんのかな」

「それ、結構失礼だと思いますよ?」


 風呂場にある小さな窓の方から口に零した茶立場の声が聞こえ、俺はひどく驚いたような声と共に疑問に思いながら疲労によるものだと自己暗示する。

 だけど、その自己暗示を否定するかのように茶立場の声が続いて俺の鼓膜を刺激する。その声は少し呆れているような雰囲気と指摘するような声だった。

 俺はそんな茶立場の声に反論を返す為に口を開く。


「おい、今俺は風呂に入ってんだ、風呂の時ぐらい静かに入らせてくれ」

「いーやーでーすー! まったく、せんぱいは......はあああ!?!?!? ふ、風呂!?」

「うるせぇうるせぇ、こっちは浴室なんだから響くんだよ、静かにしてくれ。それに俺が風呂に入ってんのが珍しいか?」

「い、いや、そういうことではなくて......」


 反論に反論と驚いたような言葉で返されその声があまりにも大きかったために窓から入ってくる声が響いてしまう。その影響で大きかった声がさらに大きくなる。

 その声に苦言を呈すると茶立場は何故か言い淀む。そんな茶立場を疑問に思い、俺は苦言とはまた違った言葉を零す。


「じゃあなんだよ、文句が言われたくなかったんなら喋り掛けてこなければいいじゃねぇか」

「なんで......せんぱいも......」

「え? なんだって?」


 茶立場がなにかぼそぼそと呟ているのが多少聞こえるものの、何を言っているのかは聞こえず咄嗟に聞き返す。するとバシャーンと大量の水が流れるときのような音が浴室に響き渡る。


「どうした、水の音が聞こえるけど」

「せんぱいには関係ないです! せっかくせんぱいをからかえると思ったのに......これじゃ私がからかわれてるじゃない」

「????」


 言っている意味が分からずただただ頭の上に疑問符クエスチョンマークを増やし続けるのだった。






「せんぱいはほんとこういうのにはとことん鈍いのに、なんで他の事については鋭いんだろ......ていうか、さっきの事考えてるとまた恥ずかしくなってくる」


 私はさっきまでお風呂に入っていたせんぱいとのやり取りを思い出し、恥ずかしくなる。

 その原因はもちろん、せんぱいが2枚壁の向こうでお風呂に入っていることでもあった。だけどそれだけではなく、それに加えてせんぱいと同様私もお風呂に入っている。二人ともお風呂に入っている状況が何故か恥ずかしくなってしまった。

 正直に話そう。私はせんぱいが好きだ。いつせんぱいを好きと、恋愛対象として見始めたのか、それはせんぱいと出会って3週間目のこと。



『茶立場さん! ぼ、ぼぼ、僕と! つつつ、付き合ってくだ——』

『ごめん、無理。私そういうの興味ないから』


 覚悟を決めてやっとの思いでしたのであろう男子の告白を一刀両断でバッサリと切り捨てる。そして手をひらひらと動かしてすぐに立ち去るよう伝える。

 だけど、その男子は立ち去らずにジッと私の顔を見つめる。


『なに?』

『なんで、ですか......? 僕ならきっと......いや、絶対茶立場さんを幸せにできるのに......なんで』

『だから言ってんじゃん、私はそういうの興味がないんだって』


 ジッと見つめる男子に何なのか問うとその男子はぼそぼそと呟き始める。その呟きに私は冷徹な声でさっき言ったことをまた口から飛ばす。

 口から言葉を飛ばしたその直後。目の前にいる男子が血気盛んな目をして拳を握る。

 その行為に私は内心またかと思いながらその場を立ち去ろうとする。しかし、それを許さんと言わんばかりに男子が私の腕を掴む。

 すると荒げた声で私に言葉をぶつける。


『なんなんだよ! なんで......僕はやっとの思いでこの気持ちを伝えることができたってのに、こんなバッサリと簡単に......』

『なに? 愚痴を零すならそこにいるお友達さんと一緒にしたら?』


 私がそう言うと建物の陰から覗いていた数名の男子がそそくさと立ち去っていく。

 立ち去っていた男子に私は薄情な奴らと思いながら腕を掴む男子をキッと睨む。その視線に男子は怖気いたのか一瞬腕を掴む手の力が緩む。しかし、すぐにガッチリと力を入れる。


『はあ、もう少しで授業が始めるんだけど、これでも私ちゃんと授業受けたい派だから』

『そんなの知らな——』

『は~い、そこまで~。ちょっと落ち着きな?』


 腕を掴む男子が暴走する寸前まで来たかのようにカタカタと肩を震わせた次の瞬間。男子が暴力を振るうのではなく、その男子よりも後ろの方から別の男子の声が聞こえてくる。

 その男子は私の先輩。九十三つくみ りょう先輩だった。

 九十三先輩は少し微笑みながら近づいてくると男子の手首と私の手首を両手を使って掴む。すると微笑みを維持しながら口を開く。


『そうカッとしなさんな、俺に話してみな? 多分何とかなるから、保証はできないけど』


 九十三先輩と出会ってから初めて見せる微笑みと優しそうな声色が九十三先輩から発せられて私は今までに感じたことのない感情がほつほつと湧き出してくる。


(......何これ......胸が締め付けられるみたいな......)


 この感情が何なのか分からず思考を巡らせるも結論には至らなかった。

 そして九十三先輩は手首を掴みながらしゃがみ込む。それに釣られるように男子と私もしゃがむ。

 まず私に視線を向けて微笑むとさっきと同じ優しい声色で語り掛ける。


『何が起きてたのかさっぱり分からないけど、とりあえず話し合おう、君もさっきみたいな態度はやめときな』

『は、はい』


 次は男子の方へ視線を向けて私と同じように微笑んで、優しい声色で言葉を掛ける。


『少しは落ち着いた? 深呼吸深呼吸』


 九十三先輩がそう言うと男子は言葉に合わせて深呼吸を始める。その男子を優しい目線で見つめている九十三先輩。そんな先輩の横顔を見ているとまたもや胸を締め付けられるような、でもさっきとはまた違った感情。それが何なのか、思考を巡らすもやはり何なのか分からなかった。

 しかし、次に先輩が口にした言葉である程度こうなのではないかと想像することができた。


『怖かったよな、でももう大丈夫。君は一人じゃないから』


 この言葉で私はこの感情がアレではないのかと推測することができた。そのアレとは、アニメや漫画などのラブコメでそれがなきゃラブコメとは言わんでしょと言われるであろう``恋心``だった。

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