第二十四話・・・それ以外にも
宿に向かうまでの道のりは一つの会話もなく、親父は運転を、
車の中の空気感は『無』と言っていい程になく、車が走る音のみが車内に響いている。個人的に親父と同じ空間にいるため少しばかり気まずい。だがそれも宿に着くまでの間なわけで、宿に着けば離れることだってできる。そう思えばこのくらいどうってことない。
少しすると車は峠道を走り始め、グラグラと体を大きく揺らしてくる。でもその道は大分短かったようで、抜けるとすぐに発展した街が見えてきたと思ったら風景を楽しむ間もない程直ぐに車が停車した。
親父の「少し歩くぞ」という声で外にばっかり向いていた意識が車内に引き戻される。舞と亜依さんは先に降りており、あと車内に残っているのは俺のみという状況になっていた。
慌てて荷物を持って下車すると、心地よい風に自然の良い匂い。澄んだ空気が漂っているのがよく分かった。こうも澄んだ空気があるとしてみたいことは一つだろう。それは肺一杯にその空気を取り込むこと。そんな単純なことでも普段吸っているモノとは違うモノ、それも美味しいモノだとしたら吸わずとして何をするのか。
なるべく音を立てないように大きく息を吸い、同じように深く息を吐く。3人と歩調を合わせて歩く。
1~2分ほどだろうか、ゆっくりと歩いていると時代劇に出てきそうな家の前で親父が歩を止める。俺たちも合わせて足を止めてその家を注意深く見てみる。
家の入口は焦げ茶色の引き戸があり、その両脇には毛筆で『旅館』と書かれた古臭いのぼりがあった。見上げてみると黒く綺麗に揃っている瓦、屋根の下に大きく横に伸びている木材、
親父は旅館の外見に目を向けずそのまま引き戸を引いて中へ足を進めてしまう。俺たちも引っ張られるように引き戸を動かすための溝を越えて中に入る。そこは外見から想像することのできる内装で、受付カウンターと思わしき所は現代建築で多用される大理石などではなく木材で出来ており、そこに立っているこの旅館のスタッフと思われる年を老いている女性は和服を着用しており、さながら『
「では皆様方、お部屋にご案内させていただきますね」
「あ、はい、よろしくお願いします......」
「ありがとうございます」
親父との話が一段落したらしく、女将は俺たちに満面の営業スマイルを見せると先導して旅館の廊下に足を
その間、俺は後ろで亜依さんのことを腕を組んで達観しているような親父に質問を投げかけてみることに。
「なんで、ここにしたんだ」
「んあ? ここは良いだろー? 空気も澄んでるし、心が落ち着くだろ?」
「心が落ち着く以外にもあるんだろ、もっとここが話をするのに相応しい理由が」
「そうだなあ、一つ挙げるとすれば......
——母さんが好きだった場所。
だったからかな?」
「......母さんが?」
「そう、生前母さんと付き合い始めた頃、言ってたんだ。「飛騨に行きたい」って」
「......そう、だったとしても、それだけじゃないだろ?」
「............もういいだろ、ほら二人ももう部屋の中に入ってるんだし、早く行きなさい」
「また、そうやって黙り込む。あの時と一切変わってねぇな」
こんな言葉を親父に吐いたって意味がないってのは分かっている。だけど、そうだとしても自分の心の奥底に溜まっていた感情が騒ぎ立てて無意識に口が動いていた。これ以上親父と一緒にいると自分を忘れたように暴れてしまいそうな気がしたから。
親父に背を向けて部屋の中に入る。そこは九畳ほどの広さがある畳に、暖色系の色で出来た壁。その部屋の真ん中でキャリーバックの中身を次から次へと辺りに宝利出している亜依さんの姿——。
「なにしてんですか!?」
「え~? 舞の為にお菓子を持ってきた気がするんだけど、ちょっと見当たらなくて~」
「別にそんなの後でコンビニかどこかで買えばいいんですから、散らかさないでくださいよ」
「う~ん......」
唇に人差し指を置き、悩み姿を見せる亜依さんを横目に、散らかった部屋の片づけを始めようとする。そして体を屈めたその時、後ろポケットに入れていたスマホがブーと振動し、メールの着信音を発する。
俺は片付けようと亜依さんの荷物に伸ばす手を止め、スマホを取り出して電源を点ける。スマホのロック画面に表示される犬のアイコンと短い文。
『そろそろ大丈夫そうですか?』
俺は瞬時に
これから少し荷崩しをする予定なので今からは難しい。かと言ってあっちの事情もある訳で、そうこうしているとまた茶立場からメールが送られてくる。
『難しそうだったら、夜でもいいんですけど』
助け船、と言っていいのだろうか。兎に角その提案を素直に、そしてありがたく受け入れることにした。
『夜で頼む』
OKというスタンプが送られてくるのを確認し、俺は片付けと荷崩しの作業に入るのだった。
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