鳥籠
「メルヴィ、もうよせ」
夜の澄んだ空気をぴんと張ったような、清廉とした声が響く。
純白の着物に
「連絡船が帰って来たのに姿が見えないと思ったら、またこんなことを……」
「よその
「
力なく平伏すオトを忌々し気に見下ろし、チッと舌を鳴らした。
「せいぜい雄に媚びて優しくしてもらいなさいな、この
「メルヴィ」
「フンッ」
過言をたしなめるアタラにそっぽを向く。苛烈な
這いつくばるオトの下からサヨが抜け出し、彼女の肩を揺さぶる。
「オト姉様、大丈夫……?」
叩かれた頬はみみず腫れが走り、唇を血が伝った。きっといつも以上に醜い顔だろう。
「大丈夫」と袖で顔を隠したオトの細腕を、アタラが引き寄せた。はっと顔を上げたが、すぐうつむいてしまう。赤い水引の髪飾りが彩る美しい顔に見惚れたのもあるが、それ以上に恥ずかしかった。彼とは正反対の惨めで醜い姿を晒していることが。
「こうなる前に呼んでって、いつも言ってるのに」
「だって、迷惑かけちゃうから……」
「僕がオトに一度でも迷惑だって言った?」
優しい声色に問われ、弱々しく首を振る。
アタラはオトと同い年の十九歳。片羽のせいで虐げられるオトを気にかけ、こうしてよく手を差し伸べてくれる。
彼やサヨの心配りがあるから、オトはこの華やかで排他的な籠の中でも生きてこられた。
「サヨも、ありがとう。もう大丈夫だから、アタラと一緒にお帰り」
「……サヨも早く歌えるようになりたいです。そしたらオト姉様の分まで大きな声で歌います」
優しい妹分と幼馴染のような青年が手を繋いで去る姿を見送り、息を細く吐いた。疲れ切って柱に背中を寄せた彼女の耳元へ「ガァ、ガァー」という鳴き声が届く。見ると、中庭に植えられた柳の木から、一羽の
「どこにでも飛んでいける羽があって、いいな……」
セレニティから与えられた羽は、飛ぶことができない。むしろこの鳥籠に囚われる枷となって、命尽きるその時まで歌い、踊り、奏で――そうして外の世界を知らないまま、朽ちていく。
雛鳥は普通の人間として生きることも、空を飛ぶ鳥として生きることもできはしない。この頃のオトはそう思っていた。彼に出会うまでは――。
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