献上

 船着場の回廊から階段を上って真っ直ぐ続く本殿は、中庭と屋根付きの舞台を備えた広々とした造りになっている。


 集められた雛鳥たちは、皆一様に困惑の表情を浮かべた。何せ鐘楼が鳴るのは決められた行事の時のみ。予定のない招集は吉兆か、それとも不穏の前触れか。


 壁際に追いやられた雄鳥おんどりたちの近くでオトとサヨがその様子を見守っていると、檜舞台に雲雀ヒバリの面の告鳥つげどりが姿を現した。その背後には楽徒がくとを率いる三人も控えている。大勢の隙間から見るアタラの表情は硬い。


「クレセンティアの島主殿から一報が届きました。今日の晩、リュクスの新しい領事殿が『献上』を見繕いに、カージュへ赴くと」


 前触れのない突然の話に、どよめきが駆け抜ける。


 リュクスの総領事館には、駐在する大陸人の生命を守る義務がある。彼らの命を脅かしているのは言わずもがな、夢喰むしだ。だが祈る神が違う大陸人のために歌うことはできない。その救済措置として、カージュから雛鳥ひなどりを一羽だけ恒常的に貸し与えることが盟約されていた。それは一般的に『献上』と呼ばれる。


「ねぇ、前に献上されたあの子って……」

「とっくの昔に手籠めにされて、羽耳を切り落とされたって話よ」

「これだから大陸の野蛮人は……」


 そんなまことしやかな会話がそこら中で囁かれる。

 献上された雛鳥ひなどりの末路は、どれも聞くに堪えない。その美しい見た目から慰み者にされて神通力を失い羽耳を切り落とされた者もいれば、叶わぬ恋を嘆いて自ら海に飛び込んだ者もいるとか。


 大陸人のために日夜歌い、愛でられ、弄ばれ、死ぬ。鳥籠を出た雛鳥を待ち受けるのは、自由とは程遠い世界だ。献上されたがる者など皆無だった。しかも領事自ら選定するなど、前例がない。


「信徒でもない大陸人を島に入れるなんて……まさか、船渡しを許可されたのですか!?」


 一人の雛鳥が喧騒の中で声を上げた。

 カージュの連絡船は片道運航。小島から船渡しされた者しか、小島には渡れない。双頭の竜を祀る大陸人など言語道断。


 雲雀ヒバリの面はトン、と足踏み一つで静けさを取り戻し、改めて一同を見渡す。


「無論、こちらから船は出しません。しかし船を持つのは我々だけではない。西の港から大陸の蒸気船を回してくるそうです。大砲を大量に積んだ新型船を」


 つまり、脅しだ。船着場の近くには先祖代々続く由緒正しき信者の集落があるが、高齢化が著しく無力に等しい。歌い奏でることしか知らぬ雛鳥を外の悪意から守ってきたのは、ひとえに島民の信仰心だ。


 ――カージュは神鳥かんどり様の巣。只人ただびとが足を踏み入ることは許されぬ。


 この教えに準じてきた友好国が手のひらを返すように船を寄せるのは、どうにも強引に思えた。


「ですが来るものは仕方ありません。遅かれ早かれ新しい献上を捧げるのも決まりきったことでした。ならば我々のやり方で盛大にもてなして差し上げましょう。アタラ、雛鳥の本分は何です?」


 表情を強ばらせていたアタラへ、まるで自覚を促すように言葉を強要する。


「……歌い、奏で、音を捧げることです」

「その通り。今宵は領事殿の前で夢喰採むしとりの儀と同じ演目を披露してもらいます。皆それぞれ励みなさい。領事殿のお気に召すように……」


 告鳥つげどりに争う意思はない。そもそもカージュはまつりごととは無縁の神域。一羽の雛鳥を捧げて嵐が過ぎ去れば、それでいいのだ。


 冠羽のついた雲雀ヒバリの面が舞台を降りる。歩いた後をたどるように、淡い黄褐色おうかっしょくの羽根が袖からはらはらと舞い落ちた。


 すると、残された雛鳥たちが一斉に騒めき出す。


「セレニティ様の御許に不躾な大砲を向けるなんて、信じられない」

「献上なんて絶対に嫌!」

「でも雲雀ヒバリ様は仕方がないって……」


 安寧の籠の中で飼い慣らされた雛鳥は、迫り来る恐怖に震え上がった。拭いきれない不安はやがて執拗な悪意に変わり、たった一人へ向かう。


「あんたが行きなさいよ、役立たず」

「え……?」


 誰が言ったのか、集団の視線がオトの一身に集まった。


「歌えない片羽がいてもいなくても、夢喰採むしとりに支障はないもの」

「突っ立ってるだけでも夢喰除むしよけくらいにはなるんじゃない?」

「大陸人のために鳴いて差し上げなさいな、しとねの中で」


 歌を捧げることを誇りとする雛鳥にとって、歌えないオトの価値は無に等しい。自分たちに火の粉が降りかからなければ、オトや大陸人がどうなろうと知ったことではない。


 身勝手な大勢に辱められる姉鳥を心配したサヨが顔を覗き込み、目を見開く。ひどく悲しんでいるだろうと思ったオトは、感情が死んだようなのっぺらな表情をしていた。


「私だって、叶うことなら選ばれたい」


 その声は全ての音を静めるほど虚しく、冷たく、寂しく、その場を駆け抜ける。


 傷跡がない部分がないほど傷だらけにされて、心が死んでしまったのかもしれない。サヨはオトの代わりに涙ぐんで、そっと袖を引く。小さな背中を震わせながら、静まり返った回廊を二人で逃げるように歩いた。

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