夜、来たる

 夜のとばりが下り、雛鳥たちは雪洞ぼんぼりが灯った本殿へ集められた。

 雅な舞台装束の隙間を縫いながら、サヨはオトを探した。部屋で別れて以来、姿を見ていない。てっきりリラを修理するのに集落の工房へ行ったと思っていたが、職人たちは来ていないと言うし。


(もうすぐ領事様が来てしまうのに……。オト姉様、どこにいるの……!?)


 女性用の長袴ながばかまや腰から末広がったを潜り抜ける幼鳥を邪魔そうに睨む者もいたが、今は皆、献上のことで頭がいっぱいだ。


 船の明かりが鳥居の外に見えたと見張り役が言っていた。間もなく回廊を抜けて領事が姿を現すだろう。そして楽徒がくとごとに夢喰採むしとりの演目を披露し、献上が選定される。その場に姿を見せないのは、クレセンティアとリュクスの双方に背を向けることに他ならない。オトの立場はどんどん悪くなってしまう。


「サヨ! オトは見つかったか!?」


 血相を変えたアタラに呼び止められ、俯いていた顔を上げた。

 彼もまた舞台に立つため、普段とは違う上質な絹の装束を着ていた。光沢のある花鳥の丸紋が白の生地に薄っすらと浮かび上がっている。


 オトの身を案じながらも、演目を疎かにはできない。自我と立場に板挟みになった苦悶の表情を浮かべるアタラに、サヨは力なく首を振った。


「いえ、集落にも来ていないって……」

「そんな……」

「も、もう一度探してきます!」


 再びカージュの中を探しに行こうとした羽耳を、鐘楼の音が揺さぶった。ついにその時が来てしまったのだ。


 行灯あんどんを持った告鳥三羽衆つげどりさんわしゅうに連なってまず現れたのは、クレセンティアの島主、ツキシマ・ミツル。三日月の家門が入った黒い羽織を着流しに合わせ、下駄を鳴らしながら堂々と歩く。

 天寿を全うした先代から島主を引き継いでまだ二年。年齢は三十歳になったばかり。整髪料を付けていない散切りの黒髪が夜風に揺れた。

 島の掟に厳しかった先代と違い、彼は新時代に寛容と聞く。垂れた目元は柔和に見えるが、人の良さそうな笑みも含めて腹の底を探らせない壁を感じる。


 そしてついに、その人が姿を現した。


「何よ、あれ……」


 一人が胡乱気な小声を上げた。

 それもそのはず。夜に溶けてしまいそうなインバネスコートの裾から視線を上げると、顔の上半分をくちばしのついた骸骨が覆っていたのだ。コートに合わせた黒の中折れ帽を被り、口元には不遜な笑みが浮かぶ。

 面妖なその男こそ、リュクスの新しい領事だった。


「カージュにくちばしをつけて踏み入るなんて……!」


 そんな憤りがどこからともなく飛び交う。

 骨の奥で影になった群青アズライト雪洞ぼんぼりの淡い明かりを反射するが、その全貌を見ることは叶わない。ただ、軽んじられている事実だけは手に取るようにわかった。無礼な男を前にして、雛鳥の心は一斉にさざ波立つ。


 演目を正面で見られるよう用意した貴賓席に二人が腰を下ろした。告鳥つげどりたちが檜舞台へ上がり、開幕の口上が始まる。



 朝の雲雀ヒバリ曰く。

「夜のほどろはかく遠く」


 昼の鳥鳩カラスバト曰く。

「日盛り焦がれて鳥は鳴き」


 夜のフクロウ曰く。

「夜のことごと歌うたう」



 ――夜明けは遠いが、真昼を求めて一晩歌い明かそう。



 カンッ! と拍子木ひょうしぎを叩く音が木霊こだました。横並びになった三羽が大振りな袖から羽根をこぼし、両手を大きく広げる。



「「「さあさ歌え、神鳥かんどりの雛」」」



 献上選定の幕が今、上がった。

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