小鳥を探して

 楽徒がくとにはそれぞれ特徴がある。


玲瓏れいろう』は歌姫たるメルヴィの声を主軸にし、彼女の歌声を極限まで引き立たせた曲目を得意とする。


天地あめつち』もアタラが主旋律で率いるが、調和を重んじ、音の重なりを追求した耳馴染みの良い歌が多い。


繚乱りょうらん』は目と耳で楽しむ総合芸能を目指し、特に舞踏はカージュ一の迫力を誇る。率いるのは薄水色の髪を高い位置で一つにまとめて溌溂はつらつと踊る雌鳥めんどり、ナナセ。


 それぞれの演目を余すところなく特等席で堪能した領事は、骨の奥に潜んだ青の宝石を妖艶に細めた。


「これが夢喰採むしとりか。なるほど、興味深い」


 カージュへ踏み入って初めて声を発した領事に、演目を終えた雛鳥たちの敏い羽耳がぴくりと反応する。明朗でよく澄んだその声に、誰もが年若い青年を思い浮かべた。


 領事は一段高い貴賓席から立ち上がると、楽徒がくとごとに整列した雛鳥を見渡す。選別されている居心地の悪さを感じて、誰ひとり目を合わせようとしない。


「芸事で悪魔祓いをする民族は大陸にも多いが、君たちの歌は群を抜いて素晴らしい。前任の領事も褒め称えていたよ。カージュの文化は、リュクスが国を上げて保護するに値すると」


 サヨは集団の端から領事をこっそり見つめる。そして一人一人を確実に捉える目の動きを見て、気づいた。


(まるで、誰かを探しているみたい……)


 不意に鳥の骸骨がこちらを向いた。バチッと目が合って、その疑念は確信に変わる。献上を選ぶだけなら、幼鳥のため舞台に上がっていないサヨをわざわざ見る必要がないからだ。


「時に告鳥つげどり殿。雛鳥が一羽足りないようだが」


 確信を持って問いかける領事に、そばに控えていた三羽は総じて口を閉ざす。


が見当たらない。どこへ隠した?」


 ここにいない雛鳥を、ここにいる誰もが知っている。特にメルヴィはそのことにずっと苛立っていた。大事な舞台に穴を空けるなんて非常識だと。自分が楽器を壊したことは棚に上げて。


「小鳥とは、まさかあの片羽のことですか?」


 話題がオトへ向く。たったそれだけのことが我慢ならず、メルヴィは立ち上がった。


「あれは歌えない出来損ないです。雛鳥の役目を果たすことができない半端者のお荷物でしかありません。お連れになっても、あの醜い見た目では慰み者にもならないでしょう」


 意地の悪い取り巻きが、それに同調するようにクスッと笑う。

 すると領事は貴賓席から中庭へひらりと飛び降り、不遜な歌姫の元へ向かった。白骨化したくちばしに上から突き刺すように覗き込まれ、メルヴィの背筋を悪寒が駆け抜ける。


「なら君にしようか」

「は……?」

「君の歌声は確かに素晴らしかった。大陸中を、いや、世界中を探し回っても君以上の歌い手を見つけることは困難だろう。優秀な者を献上に選ぶなら、真っ先に君を連れ去るべきだ」

「なっ……! 玲瓏れいろうの歌姫たるこのあたくしが、なぜ大陸人などのために歌わなければならないのです!」

「リュクスは長らく数多の国を支配する側にいた。君が毛嫌いする大陸人は、気が強い者を組み敷くことに何よりそそられる性分でね。そう言う意味でも、君は慰み者にぴったりだ」

「っ……!」

「だが俺は、そんなものを探しに来たんじゃない」


 身のほど知らずの籠の鳥を食らうような、息もできないほどの凄みだった。圧倒されたメルヴィは血の気が引いてふらりと後退する。その弱々しい様子に、わざとらしい脅しをかけていた領事はすっかり興味を失ったようだ。


 彼は歌姫に背を向けると、回廊が巡る本殿をぐるりと見渡す。そして視界の隅にネズミを捉えた。ネズミはその場で二周回り、本殿の奥へと走り去っていく。骨に隠された相貌に小さく笑みを浮かべ、その後を追った。


 勝手をする領事を追いかけようと立ち上がった告鳥つげどりたちの前に、それまでの経緯を黙って見ていた島主が立ち塞がる。


「退かれよ、ツキシマ殿。クレセンティアの島主たるあなたが我々を止める道理がどこにあるのです」

「私は今朝ちゃんと報せたじゃないか。集めるように、と。それを無視した挙句、先の歌姫の暴言。あの領事が国に戻って事をおおげさに吹聴したらどうなる? 桟橋に停まっているような黒船が何隻も押し寄せて来るぞ」

「…………」


 押し黙ったフクロウは、島主がどんな立場で大陸の脅威を口にしているのか思考した。純粋に島の安全を憂いて言っているのか。それとも領事の手駒にされ、この場で自分たちを引き止めるため画策しているのか。島と同じ三日月を描く口元はそれを語らない。セレニティの熱心な信者だった先代と違い、扱いにくいことこの上なかった。


「それに、あの領事は私ごときでは止められないほど愚かな男でね。今は諦めてみそぎを受けた方が穏便に済む。なに、すぐにでも威光は取り戻せる。あなた方の歌声は、神鳥かんどり様からの授かりものなのだから」


 腹の中が読めない島主と、何も知らない雛鳥に挟まれた告鳥つげどり。領事を追いかける道は、すでに断たれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る