ツツジ並木の出逢い
大きな一枚板の立派な看板に、入り口から連なる上等な打掛、所作の行き届いた店員たち。一方で
「よ、用事があるんだった」
目的の呉服屋を前にして尻込みしたオトの、精いっぱいの虚栄だった。驚くアタラに「すぐ戻るから」と嘘を重ね、今は街中をあてもなくさまよっている。
慣れない人混みと喧騒に気疲れてしまったが、洒落た
(どこか、落ち着いて休める場所は……)
視線を彷徨わせていると、石造りの建物が並ぶ隙間から、白とピンクの群像に手招きされた。引き寄せられるようにそちらに足を向ける。猫が昼寝をしていた狭い路地を抜けた先には、川沿いに果てなく続くツツジ並木が広がっていた。
「綺麗……」
土手から河川敷までを埋め尽くす見頃のツツジに出迎えられ、それまでの緊張感や言葉にできない心細さがすっとほぐれていく。
花の甘い香りに
大陸の建築様式を模した大きな建物の、裏手のせせらぎ。赤と白の
「総領事館の裏に、こんな場所があったなんて……」
賑やかで忙しない街から突然違う世界に迷い込んだような、不思議な感覚だった。
そんな風に心を
「きゃっ……」
ドサッ、と派手な音を立てて、ぶつかった低木から花びらがいくつか舞う。
愚図で鈍臭いと言われ続けてきたが、まさかここまでとは。ツツジの枝葉で擦った腕や汚れた袴を見られたら、また皆に笑われてしまう。アタラから逃げて、勝手に心細くなって。本当に何をしているのだろう。
じんわりと滲んだ視界を瞬きで静め、服に着いた花びらや葉を払い落とす。泣いたら敏いアタラにすぐばれる。また無意識に下唇を噛み、気丈に立ち上がろうとしたその時。ふと後ろを振り返り、信じられない光景を目の当たりにした。
「ひ、人……!?」
花が咲き乱れる低木の間に、男が倒れていた。どうやらオトがつまずいた正体は、上等な革靴に包まれた彼の足らしい。
肩回りにケープがついた黒のインバネスコートを広げて仰向けに寝転がる男は、おそらく大陸人。日の光を透き通す淡い金髪と長い手足がそれを物語る。相貌は、よくわからない。というのも、寝息を立てる彼の顔面には、手のひらより大きな一頭の
島民や駐在する大陸人は、
オトは雑草が生い茂る河川敷に再び膝を着いて、小声で呼びかけてみた。
「あの……」
反応はない。その代わり、黒蝶の
赤
「今は献上もいないのに……」
倒れた男と膝をつくオトを、悠々と花開いたツツジがちょうど隠してくれる。オトは意を決して、背負っていた風呂敷からリラを取り出した。
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