灯台が照らす先
クレセンティアに置かれたリュクスの東部防衛本部は、高台の岬に灯台を兼ね備えた基地だ。
厳重な警備が敷かれた門の前で、ノアと屈強な軍人が相対してた。
『わざわざ献上を連れ歩いて散歩ですか? 良いご身分ですね』
『男と無駄なおしゃべりをする趣味はない。アルベルトと約束がある。通してもらおうか』
大陸語での応酬が続く。オトには聞き取れなくても、敵意に似た感情を向けられていることはわかった。
ベレー帽を被って日焼けした門番は、怯える雛鳥を見て鼻で笑う。
『今度は使える献上だといいですが』
『彼女は道具ではない。羽耳を持つだけの、俺たちと同じ
『さすが、魔獣に呪われた領事殿は心がお広い』
男はどこか侮辱するように笑い、門を開けた。
アスファルトで舗装された坂道へ踏み出す。自分たちへ向けられるチクチクとした視線を敏感に感じ取った。
「私、何か気に障るようなことをしてしまったのでしょうか?」
「オトのせいじゃない。彼らは
「でも、献上がいたんじゃ……」
「海上巡視中に集られて、港に戻って来た時には既に手遅れだったそうだ。雛鳥一人では荷が重かったんだろう」
一匹や二匹ならまだしも、身体を覆い尽くすような数になってしまったら
補足するため、二人の背後を歩いていたハンナが重い口を開いた。
「前任からの引継ぎによれば、三日三晩歌い通し、それでも
「そんな……」
「今は海が見渡せる丘に丁重に埋葬されております。オト様も、後日献花に参りましょう」
小さくうなずいて気落ちするオトの背中を大きな手のひらがさする。
「彼女は前任の領事を懇意にし、大陸人のためによく尽力してくれた。俺たちは雛鳥に感謝こそすれ、君が聞いていたような非道な凌辱はありえない」
「ご、ごめんなさい、私……!」
知らなかったとは言え、大陸人を自然と偏見の目で見ていた。そのことに気づいて自責の念に苛まれる。
「いいんだ。これからオトが自分の目で見て、少しずつ知っていけばいい」
「自分の、目で……」
厳重な門を抜け、長い坂を上った先。真白の灯台の下で、総司令官のアルベルトが待ち構えていた。
∞
「わざわざ献上を連れ回さなくても、こちらから迎えを送らせたのに」
基地内に建造された灯台の螺旋階段を上りながら、先導するアルベルトが言う。
「オトに大陸人のことを少しでも知ってもらいたくてな」
「と言うのは建前で、本当は自慢の小鳥を見せびらかしたかっただけだろう?」
「まぁ、それもある」
仲の良さがうかがえる二人の背中を追いながら、長く続く石の階段を草履がおずおずと踏みしめる。狭い石造りの内部はひんやりとしていて、少し湿っぽい。
しばらく上り続けると、空と海の青に視界が弾けた。
「すごい……!」
クレセンティアで最も高い場所からは、島を囲む海の全貌が見渡せた。
灯台をぐるりと囲む物見台のさらに上には、夜の海を照らす大きな光源装置がある。回転するレンズが光源を反射させ、導灯となるのだ。
初めて見る景色、初めて見る技術。高台の風に吹かれながら、オトの金色の瞳がいっそう輝く。
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