片羽のオト
クレセンティアは三日月の形をした島。
月で言う欠けた部分に、
月が天辺まで昇った頃、本島と繋ぐ連絡船で海に建つ
波打ち際の桟橋から
ほとんどの雛鳥たちは、船を降りてすぐ東の居住区へ向かった。巻き込まれては堪ったものではないからだ。
居住区とは反対側の練習場に、鼓膜を引き裂くような金切声が鳴り響く。
「本っ当に憎らしい
「申し訳ありま、」
「誰が喋っていいって言ったのよ、この愚図!」
歌姫ことメルヴィは、薄桃色のたっぷりとした髪を逆立て、畳んだ扇子でオトの横面を思いきり殴打した。
衝撃で硬い板間に倒れ込んだ無様な姿を見て、数人の熱心な取り巻きが嘲笑する。
彼女たちが見下ろすオトと言えば、飾り気のない藍色の着物は慎ましやかで、言葉を選ばなければ地味で古臭い。茶色がかった黒髪は少し癖があって、栄養不足で艶もなく、
「醜い片羽はそうやって地べたに這いつくばってるのがお似合いよ」
「歌えない雛鳥なんて、メルヴィ様の
「
セレニティの眷属である三羽の
「右の羽耳もお揃いになるように切り落としてあげましょうか」
「本島の花街にでも置き去りにしたら、こんなのでも雄が引っかかるんじゃない?」
「歌えないなら要らないわよね、こんな醜い片羽」
「それ、は……」
いやです、その一言がか細い喉から出てこない。
セレニティは純潔と癒しを司る神獣。雛鳥は純潔を失うと、
オトは誓って清い身体だったが、訳あって左の羽耳を失っていた。
過去のトラウマで歌うことができず、不揃いな片羽であるオトを、周囲は簡単に軽んじた。男に純潔を奪わせて残された羽耳を切ってしまおうと、そんな恐ろしい提案を平気でするくらい。
するとそこへ、小柄な影が俊敏に舞い込んだ。
「やめて! オト姉様をいじめないで!」
それは
利発な少女は結んだ前髪をぴょんと揺らして立ち塞がると、年の離れた姉鳥たちを果敢に睨み上げる。
取り巻きたちは子どもに見られて罰が悪くなったのか、扇子で口元を隠し一歩
「幼鳥のくせに、いつあたくしが舞台に上がって良いと言ったの? 勝手をする
オトの時と同じように、畳んだ扇子が振り上げられる。子どもだろうが容赦なく駆除しようと言うのだ、この冷酷な歌姫は。
「――だめ!」
扇子が振り切られる瞬間。オトがとっさにサヨを抱き込み、背中をぶたれた。着物の上からでも素肌に鞭打ちされたような痛みが突き抜け、サヨを抱えたまま力なく倒れ込む。
「オト姉様……!」
「サヨ、じっとして、喋っちゃだめ……!」
一度では済まない。今までの経験から痛いほど理解している。
せめてサヨが傷を負わないように、オトはひりつく背中を差し出すことしかできなかった。
「弱いくせにそうやって正義ぶるところが、本当に気に食わないのよ」
氷点下の声色と無情な手の平を鉄扇で叩く冷たい音に、四肢が震える。
次に襲って来るであろう痛みを想像して目をつむった、その時――。
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