憧れの群青色
男が羽耳の根元の髪を撫でながら言うものだから、オトは勘違いしてしまいそうになる。
「綺麗じゃ、ない……」
「どうして? なぜそう思う?」
「だって、みんなが醜い片羽だって……」
アタラやメルヴィのように淡く柔らかな色のの羽耳の方がセレニティに近しく、神通力も強いとされている。オトの焦げ茶色はその辺を飛ぶ野鳥と同じだ。しかも片方を失ったせいか、他より小ぶりでみすぼらしい。「綺麗」は、自分とは無縁の賛辞だ。そう信じて止まないオトは、自分とは正反対な美しい男から視線を外した。
「片方しかないから何だって言うんだ。こんなに綺麗で神秘的なのに。クレセンティアに生息する小鳥……
羽耳のすぐ近くに置かれた唇に褒め殺され、身体中の熱が頬に集まった。身の丈に合わない言葉の数々に「そんなことない」と身をよじる。
「周りのくだらない
「っ……!」
歌を歌ってお礼を言われたのは、生まれて初めてだった。意思とは関係なく湧き上がる喜びで頬がじゅわっと染まる。冷たい指先が小さな下顎を掬い、噛み癖の痕が残る下唇を意味深になぞった。その一挙一動から目が離せない。
「それより、
善意の申し出だったが、オトは弱々しく首を振る。雛鳥に勝手は許されない。信徒ではない大陸人と積極的に関わろうとするなんて、もっての外だ。
すると、土手の上からオトを呼ぶ声がした。アタラだ。飛び立った
ハッとしてツツジ並木から立ち上がり、リラと菅笠を抱えて男に背を向ける。
「すみません、もう行かないと……」
「待って」
立ち上がった男に肩を掴まれ、ぎくりと足を止める。後ろから回された腕につけられたのは、金属の紐に指輪を通した首飾りだった。余計な装飾がない金の指輪はよく磨かれていて、普段から大切に手入れされていることがわかる。
「俺の大切なお守りなんだ。今度会いに行くから、それまで持っていてくれないか」
思わぬ提案に、つい背後を振り返ってしまう。
カージュは禁足地だ。島民でさえ踏み入ることはできない。羽耳を見たのだから、素性はとっくにわかっているだろうに。
受け取れない。とっさに外そうとしたオトの手を、アタラとは違う骨ばった男の手が包んだ。
「会いに行く、必ず」
澄んだ青の宝石にどこまでも真っ直ぐ見つめられて。オトは切なげに目を細め、無言で
初対面の大陸人。しかも横暴な態度かと思えば、急に優しくしてきたり。彼が何をしたいのか、よくわからない。
(待ってもどうせ来ないもの。だから期待なんてしないわ、絶対に)
日頃から虐げられることより、期待して傷つく方がずっと辛い。
なのに。オトが憧れる空と海の群青色を思い出しては、頬が熱くなった。首元で揺れる指輪を襟の中にしまい心を落ち着かせようとするが、鼓動は早まるばかり。おかしい。こんなのおかしい。
煩悩を振り払うように早足で土手を上がり、息を切らしたアタラと合流した。
「オト、無事か!? ……顔が赤いけど、何かあった?」
「な、何でもない、大丈夫」
オトの言う「大丈夫」ほど信用ならないものはない。痛々しいほど潰れた声に、アタラは眉を寄せる。
「
「そう、みたい……」
カージュにいる
「心配しないで」
「でも……」
「大丈夫だから。街中ちょっとした騒ぎになってるし、とにかくいったん帰ろう」
「……うん」
結局、雛鳥は鳥籠に帰るしかない。
東の船着き場を目指し、二人は重い足取りで歩き出した。
∞
連絡船から降りた二人を待っていたのは、真白の水干を着た小柄な童子たちだった。カージュを率いる
セレニティの加護を授かり人間の腹から生まれてくる雛鳥と違い、
「なぜ我々が集まっているのか、わかっていますね?」
中央にいた
「セレニティ様に無断で歌いましたね、アタラ」
「本島上空で
次いで左の
三羽はオトに目もくれない。最初からアタラが歌ったと思い込んでいる。普段のオトを見ていれば、それも致し方ないことなのだが……。
「その力はセレニティ様の物です」
「勝手は許されません」
「来なさい、アタラ」
左から順番に粛々と告げる
胸の前で合わせた手を震わせるオトを背に隠して、アタラは一歩前へ出た。
(アタラ、どうして……?)
真実を隠し、オトに降りかかるべき災難を被ろうとしている。彼が言っていた「大丈夫」とは、こういうことか。オトは考えが及ばなかった愚鈍な自分を恨んだ。
いくら縋るように見つめても、しゃんと伸びた背は振り返らない。従順な態度に満足したのか、
苦しい時にいつも手を差し伸べてくれた優しいアタラが、自分のせいで連れて行かれてしまう。
気づけば、オトは彼らを追いかけていた。
「私が……!」
先導する三羽が振り返り、鳥の面がギョロリと向く。委縮してしまいそうなほどの威圧に、胸の前で組んだ手が震えた。
最後尾のアタラが小さく首を振る。「よせ、やめろ」と語りかける瞳に気づいていたが、そんなことできるはずない。
「――私が、歌いました」
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