32.下ネタ回







 まあ、そんなこんなでアレコレが有った結果、アリエッタとエクスは恋人同士ということになった。




 ……正直なところ、想いを伝えあったとはいえ、自分の性自認やら何やらで、俺にはまだ割り切れていない所は幾らかある。


 しかし、お互いに好き合っている以上、俺だけ変に意地を張っても仕方あるまい。そういうモヤモヤもエクスと二人で乗り越えていけばいいのだ。




 ……さて、今まで十年弱に渡って、エクスからの好き好きムーブに対して鈍感系難聴ヒロインを気取ってきた俺だったが、冷静になって振り返ってみれば色々と無理が有ったのを再確認している。ごめんねエクス。


 しかし、あれだけ俺のクソみてえな鈍感ラブコメ主人公ムーブに振り回されておいて、よくもまあ途中でフィロメラやリアクタにルート変更しなかったものだ。普通、脈が無いと思って別の女に行くだろう。アイツどんだけ俺のことが好きなの? 




 ……自分で言っててちょっと恥ずかしくなってきた。


 まあ、そんな両片想いペアが両想いカップルに進化した以上、さぞや性の乱れたバカップルになるかと思っている奴もいることだろう。しかし現実はその真逆を突き進んでいたのである。






 **********






「や、やあ。アリエッタ。……その、元気?」

「う、うん。めっちゃ元気。エクスは元気?」

「僕も元気だよ。……あー、今日は良い天気だね」

「ああ、めっちゃ良い天気だな。青空、大好き」




 銀猫亭のカウンターを挟んで、馬鹿の英会話教室みたいになっている俺とエクスを、テイムが怪訝な眼差しで見つめていた。




 要するに、俺とエクスはお互いを意識し過ぎるあまりに、滅茶苦茶ぎこちなくなっていたのである。


 前世では、所構わずイチャつくバカップル達を見ては爆発系呪文を唱えていた俺だったが、今となっては彼らを尊敬してしまう。恋人とイチャつくって一体どうやるんだ? 何でアイツら平気で腕組んだり人前で抱き合ったり出来るの? 前世では恋人が居なかったし、そもそも今世では性別が逆になっているから、俺にはもう何も分からなかった。


 お互いに気まずい苦笑いを浮かべながら固まっていた俺とエクスに、とうとう痺れを切らしたテイムが横から突っ込んできた。


「おい、そこの馬鹿二人。一応今は営業時間ってのを忘れてねえか。アリエッタはさっさと仕事に戻れ。エクスは冷やかしなら出ていけ」

「んあっ!? お、おう。悪い、テイム……」

「ひ、冷やかしという訳では……えーっと、解毒ポーションと疲労回復ポーションを10個ずつ貰えるかな、アリエッタ」


 エクスからの注文に、陳列棚から慌ただしくポーションを用意する俺を見ながら、テイムが深い溜息を吐いた。




「……お前らさあ、ガキじゃないんだから、付き合ってるならもっと堂々としてろよな」

「んなっ……!?」




 テイムの発言に動揺して、俺の手からすっぽ抜けたポーションをエクスが難なくキャッチした。



「はい、アリエッタ」

「お、おう。悪いなエクス……って、違う! テイム! な、何で知って……」



 俺は抱えたポーションをエクスに押し付けると、頬が熱くなるのを感じながらテイムに詰め寄った。



「態度があからさま過ぎて、横で見てれば誰でも分かるっての。…………まあ、良かったんじゃねえの? 二人ともお幸せにな」

「うっ……あ、ありがと……」



 優しげに笑うテイムに、俺はそれ以上何も言えずに素直に祝福されてしまう。

 すると、エクスが何だか申し訳なさそうな顔をテイムに向けていた。


「テイム……その、君もアリエッタのことを……」

「おっと、余計なことは言うなよ。今のお前から何言われても嫌味にしか聞こえねえしな」

「む、そんなことは……」

「……いいんだよ。外野の事なんざ気にすんな。お前はアリエッタのことだけ考えてろ。…………但し、お前がアイツを悲しませるようなら、俺が横から掻っ攫うからな。肝に銘じとけよ?」

「……ああ、それは油断出来ないな」


 エクスとテイムが何やら男同士でボソボソと話している。内容までは聞き取れないが、嫌な雰囲気は感じないので、まあ大丈夫だろう。きっと仲の良い男友達に先に彼女が出来てしまった事に内心複雑なのだろう。前世で俺も似たような経験が有るから分かるぜテイム。男同士の話し合いが終わったのか、エクスがこちらに向き直った。


「そうだ。前にも言ったけど、明日から僕達は遠征で一週間ぐらい王都を離れるから」

「おう、気を付けてな」

「うん。それと、君のお願いだったから、一応屋敷の鍵は君でも開けられるようにしておいたけど……本当に掃除とかそういうのは別にしなくてもいいんだよ? 僕達が不在の間は定期的に屋敷を維持管理してくれる人が来ることになっているから……」

「大丈夫だって、本職の人達の邪魔にはならないようにするからさ。……それに、エクスに何かしてやりたいんだよ。その、こ、恋人なんだし……」



 うぅ、普段通りにしようとしても、やっぱりエクスと"そういう関係"だという事を意識してしまうと途端に心と体が動作不良を起こしてしまう。



 …………げっ。エクスが俺の"恋人"という言葉に反応したのか、めっちゃ真面目な顔で見つめてきやがったぞ。




「アリエッタ…………」

「エ、エクス…………」






 見つめ合う俺達二人の後頭部をテイムがはたきで引っ叩いてきた。


「そこの糞馬鹿二匹。そういうのは営業時間外にやれって言ってんだろうが」






 **********






「よっ。待たせたか、エクス?」

「ううん、僕も今来たところだから」

「……ううむ、こんなベタなやりとりを異世界で、しかも女側でやるとは思わなかったなあ……」




 という訳で、エクスと夜の公園での逢瀬である。一応言っておくが、いかがわしい事が目的ではないぞ。俺とエクスはキスもまだの非常に健全な関係だ。

 俺は仕事の関係で、明日はエクス達の見送りには行けないので、今日の内に別れを済ませておくことにしたのだ。


「今度は何処へ行くんだっけ?」

「北の大陸での都市解放作戦。八大幹部の残党が占領している地域の攻略だね」

「は~~、転移術様様だな。普通だったら船旅で1か月以上かかる場所だろ?」

「うん、おかげでアリエッタと離れ離れになる時間も短くて済むね」

「……う、うん。そう、だな……」


 ……エクスの野郎、全く照れてないということは素で言ってるなこいつ。

 意識して俺を口説こうとしている時は露骨に挙動不審になる癖に、たまに素面でこういう事をサラッと言うのだから恐ろしい。これが無自覚天然たらしという奴か…………


 俺は月明りに照らされたエクスの横顔を見上げて呟く。


「ちくしょー……やっぱカッコイイな……」

「ん、何か言ったかい?」

「……何でもねえよ」


 クソッ、何でも無い顔しやがって。俺ばっかりエクスの事を変に意識しているみたいで非常に気に食わない。


 …………俺だって、エクスをドキドキさせたい。








『好きな子とエッチなことをしたいと思って何が悪いんだっ!!』








 ……あんな事を叫んでいたのだから、こいつにだって性欲はある筈だし、俺にそういう事をしたいという欲求はある筈なんだ。




 ―――ならば、俺がエロイ感じの誘惑をしたならば、この朴念仁も俺にドキドキするのでは? 








「結論がおかしいっ!!」


 俺は全力で頭を木に打ち付けた。


「突然どうしたのアリエッタ!?」






 **********






「お邪魔しまーす……って言っても、誰も居ないんだけどな」




 エクス達が北の大陸へ遠征に出てから数日が経ったある日のこと。

 俺は休日を利用してエクス達の屋敷を掃除しようと訪れていたのだが……


「……まあ、そんなに汚れてる訳ねえよなあ。やる事がねえぞ」


 エクスから聞いてはいたが、彼らが不在の間に屋敷をメンテしている人間はちゃんと居るらしく、屋敷の状態を見た感じだと素人が掃除をする必要なんて殆ど感じられなかった。


 軽く埃を払ったり、窓を開けて空気の入れ替えをする程度で俺の仕事は終わってしまった。


「……あっ、そういえば個室はプライベートの関係で管理の手が入ってないって言ってたっけ……」


 俺はいつかのエクスとの雑談の内容を反芻すると、トコトコとエクスの部屋へと足を運んだ。扉のドアノブに手をかけると、ガチャリと鍵が外れる音が響く。例の魔術的オートロックという奴だろう。ちなみに他の部屋は入室が許可されていないのか、俺が扉に触れてもうんともすんとも言わなかった。


「そういえば、エクスの部屋に入るのって実は初めてか……?」


 物珍しさにジロジロと部屋を見回してしまうが、まあ整理整頓されていて何の面白みも無い部屋である。


 特に掃除の必要は感じなかったのだが、とりあえず部屋の換気だけでもしておくかと、室内に足を踏み入れた時に目に入ってしまったエクスのベッドに、ちょっとした悪戯心が芽生えてしまう。




「こういうシチュエーションだと、ベッドの下からいやらしいグッズが出てくるのが定番だよな~。まあ、ヴィラとかならともかく、エクスはそういうキャラじゃないけど」




 そんな独り言を呟きながらエクスのベッドの下を覗き込んだ。

 エロ本が有った。

 えぇ…………






 **********






「えっ。お前エクス、アリエッタが部屋に入れるようにしたのか?」

「うん。ああ、僕の部屋以外はちゃんとロックが掛かってるから心配しないでいいよ、ヴィラ」


 北の大陸での作戦を無事に完了したエクス達は、現地の人類軍との戦後処理も終えて、王都の入口へと帰還していた。思ったよりも早く王都へ帰ってこれた僕は、愛しい人アリエッタの顔を思い浮かべながら、弾む足取りで屋敷への帰路を歩いていた。


「いや、そこは心配してないんだが……お前、部屋で見られて困るような物とかちゃんと隠したのか?」

「ん? 軍事機密に関わるような物は部屋に置いていないし、特に見られて不味い物は無かった筈だけど……」


 僕の返答にヴィラが呆れた顔をしながら、後ろを歩く女性陣達に聞こえないように声のボリュームを落として僕に囁いた。


「いや、そういうのじゃなくて。あるだろう? この間、俺がプレゼントしてやった、アリエッタとそういう事・・・・・になった時の参考書とかさあ」


 ……そういえば、アリエッタと交際を始めてから、何処からか話を聞きつけたヴィラに押し付けられた卑猥な本が有ったことを思い出した。



「その本なら、正直あまり興味を持てなかったし、今度の休みにこっそり処分しようと……ベッドの……下、に……」



 自分の言葉が脳に染み入ると同時に、顔から血の気が引いていくのを感じた。ヴィラが両手で顔を覆っている。




「……何でよりにもよって、そんなベタな所に隠すんだよお前……」

「フィロメラさん、すいません! ちょっと先に屋敷に戻ってますね!」


 僕は魔力で脚力を強化すると、全力で屋敷へと駆け出した。






 **********






「うぅむ……異世界のエロ本ってこんな感じなのか……」


 アリエッタはエクスのベッドに腰かけて、奴のコレクションを熟読していた。

 当然ながら写真とかが無い世界なので、内容としては前世で言う官能小説が近いのだろうか。

 とりあえず、本の内容から奴にSMとかヤバめの趣味が無くて一安心である。鞭で叩くのも、叩かれるのも御免だからな。


「……さて、どうするかね。これ」


 一通り内容を改めた後、俺は手元のエロ本をどうするか思案していた。


 まあ、普通に見なかったことにして、元の場所へ戻しておくのが武士の情けというものなのだが……






「…………あいつ、俺には全然手を出さない癖に、エロ本は読むのな…………」






 俺は目の前のエロ本に嫉妬していた。



 ……いや、エクスだって男なのだから性欲が有るのは当然だし、それを発散する為にこういった物を所持するのも分かる。俺だって男だったのだから。



 そして、エクスが俺を大事に想ってくれているからこそ、安易に俺に手を出してこないという事だって分かっている。…………分かっているのだが。



 それでも暗に『俺の女としての魅力はエロ本以下』と言われているようで、正直かなりムカついている自分が居るのも否定出来ないのだ。




 そんな事を悶々と考えていると、荒々しく玄関の扉が開かれる音が聞こえた。そのままドタドタと廊下を駆ける足音が響いた後に部屋の扉が開かれる。エロ本オーナーエクス様のご登場である。






 **********






 エクスが息を切らしながら扉を開けると、アリエッタが僕のベッドに腰かけながら、ヴィラから押し付けられた卑猥な本を手に持っていた。



「……おかえり、エクス」



 彼女の声に、底冷えするような冷たい何かを感じたのは、僕の気のせいであってほしい。



「た、ただいま、アリエッタ。……その、誤解なんだ。それは、僕のじゃなくて……」

「……別に、隠さなくてもいいじゃん。エクスぐらいの年齢の男なら、こういうの持っててもおかしくないだろ」




 彼女は手に持った本をベッドに放り投げると、何やらモジモジとしながら僕の前に立った。






「……というか、その、エ、エクスがそういう事したいんだったら、言ってくれれば、別に、嫌じゃないというか……」











 ―――試されている!? 






 一瞬、まだ昼間だとか、もうすぐフィロメラさん達が帰ってくるとか、そういった何もかもを放り投げて彼女をベッドに押し倒したいという獣欲が鎌首をもたげたが、僕は我ながら驚異的な精神力でそれを封じ込んだ。


 ……これは彼女からのテストに違いない。僕が簡単に性欲に屈してしまうような情けない男かどうかを見極めようとしているのだろう。


 そりゃあ、僕だって男だ。

 アリエッタの前でカッコつけてはいるが、常に彼女とエッチなことが出来るチャンスを伺っていないと言えば嘘になる。






 だけど、それは愛情の先に有るべきものであって、その場の勢いでの情欲で彼女を求めるのは違うと僕は思っている。


 僕はそんな性欲処理の道具の様に彼女を扱いたくは無かったのだ。


 だから、僕はこの気持ちを隠さずに彼女に伝えることにした。






 僕は彼女の両肩にそっと手を置いた。



「アリエッタ。よく聞いて欲しい」

「は、はいっ……」



 怯える彼女を安心させるように、僕は優しい声色で彼女に告げた。











「君じゃヌけないんだ」

「ぶっ殺すぞテメエ!?」




 どうやら言葉の選択を壮絶に間違えたようである。




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