14.ただいま故郷



「―――という訳だったんですよ」

「ふーん。エクス達も色々苦労してるんだなあ」




 エイビス邸から脱出した翌朝、アリエッタは豪奢なドレスから、貸してもらったモブキャラ服に着替えると、エクス達の拠点のリビングでフィロメラから今回の騒動の経緯を説明された。


 あの馬鹿貴族エイビスは、平民出でありながら魔王軍との戦いによる功績で、国内での影響力を増しつつあったエクス達のことを以前から良く思っていなかったらしく、嫌がらせとしてエクスと親しい人間であった俺が目を付けられたという事らしい。


 ………なんで俺?

 まあ、他の勇者パーティーの一員に手を出すのは難しかったから、適当なところで妥協したのだろう。


 そして、それを知ったエクスが暴走して、エイビス邸の惨劇を引き起こしたというのが事の顛末らしい。


 うーむ、拗らせてるなエクス。

 パパへの行き過ぎた愛情にファザコンを越えて、若干のヤンデレを感じるぜ。


「とりあえず、エイビス様がアリエッタさんに手を出すことはもう無いと思われますので、安心してください」

「まあ、あんな目に遭ったらな。これでまだ俺にちょっかい出してくるなら、ただの自殺志願者だろ」

「………それから、エクスくんのことなんですが………」


 フィロメラが言いにくそうに言葉を濁した。


 その様子を見て、俺は手のひらを突き出してフィロメラの言葉を遮った。


「あー、その話はいいんだ」

「どういうことですか?」

「言いにくいことなら無理に聞き出そうとは思わないよ。昨日エクスとも、そうやって話し合ったからさ」

「…そういうことでしたか。お二人がそれで構わないというなら私からは何も………」




 そうして、俺とフィロメラは横で居心地悪そうに体を小さくしているエクスに目をやった。


「しかしですね、エクスくん。深夜に就寝中の女性の部屋に押しかけて、あまつさえアリエッタさんが眠った後も退室せずに一緒の部屋で夜を明かすというのは勇者として……いえ、紳士として如何なものかと」

「はい………」

「そうだぞエクス。椅子なんかで寝て風邪でもひいたらどうするんだ」

「アリエッタさん、少し問題点がズレてます」


 俺とフィロメラから十字砲火を受けて、エクスはますます小さくなっていく。



「まあまあ、二人ともそれぐらいにしてやりなよ」

 その様子をニヤニヤと楽し気に見つめていたレビィだったが、満足したのかエクスに助け船を出してきた。


「それよりも、アリエッタはエイビスに無理やりこっちに連れてこられたんだろ?親御さんも心配してるだろうし、早く顔を見せてやらないと」

「あっ!それもそうだな………その、頼みにくいんだけど、転移術で俺を村まで送ってもらえないかな…?」


 勇者様をタクシー代わりに使うのは非常に心苦しかったのだが、王都から故郷までの移動時間を考えると、少しでも早く両親を安心させてやりたかった。

 そもそも、着の身着のままでエイビスに連れ去られた俺は無一文である。馬車に乗ろうにも金が無い。


「ええ、それは構いませんよ。というよりも初めからそのつもりでしたので」

「本当か?ありがとうフィロメラ。でも、大丈夫なのか?エクスがそんな簡単に王都を離れても…」

「移動だけなら転移術で一瞬ですし、しばらくは魔王軍も大きな動きを見せない筈ですから心配しないでください」


 そう言って、フィロメラは俺を安心させるようにニコッと微笑んだ。

 うーむ。5年前の第一印象はあまり良くなかったが、こうしてちゃんと話してみると中々良いおっぱいじゃないか。

 エクスは結構ぽややんとしている所が有るので、こういうしっかりした娘がエクスの隣に居てくれるとパパとしても安心である。

 俺はフィロメラの手をガッと握った。


息子エクスをよろしくお願いします…!」

「えっ?は、はあ………お任せください………?」

「あまり気にしないでくださいフィロメラさん。アリエッタはたまにちょっとアレになるんです」


 俺はエクスにぐいっとフィロメラから引き剥がされた。


「それじゃあ僕はアリエッタを送ってきますね」

「フィロメラもレビィも元気でな。縁が有ったらまた会おうぜ」


 俺は二人に軽く別れの挨拶を済ませると、エクス達の屋敷を後にするのだった。






 **********






「中々面白そうな奴だったじゃん。時間が有れば、もう少し色々と話したかったんだけどな」


 エクスくんとアリエッタさんを見送ると、レビィがフィロメラにそんな風に話しかけてきた。


「…しかし、あの感じだと二人の仲は大して進展してなさそうだな。一晩一緒に居たっていうのにエクスの奴、本当にヘタレだな」

「ええ、本当にそうね」


 レビィのあんまりな物言いに、私は思わず失笑してしまう。


「あんな調子で大丈夫なのかねえ。また遠征中に心を病んだエクスの妄想に付き合うとか勘弁してほしいんだけど」

「それは……多分、大丈夫じゃないかしら」


 私は今朝の二人の様子を思い出していた。

 エクスくんとアリエッタさんの、二人にしか分からない何かを感じさせるその空気に、ほんの少し胸の痛みを感じながら。


「二人とも、何か吹っ切れたようなスッキリした顔をしていたもの」

「えっ、マジで?私の部屋、客間の下だけど別に何も聞こえなかったんだけどなあ」

「下品」


 品の無い事を言うレビィの頭を、私は杖で軽く小突いた。






 **********




「えーっと、ただいまー…」


 お通夜ムードの我が家への帰宅である。

 アリエッタの顔を見るなり、沈み込んでいた両親が駆け寄ってきた。


「ア、アリエッタ!無事だったのね!」

「この馬鹿娘が!し、心配したんだぞ~~~………!」

「ご、ごめんって。でも今回のは不可抗力でしょ」






 父と母に一通り揉みくちゃにされた後、俺とエクスは事情を説明した。


「おじさん、おばさん。本当に申し訳ありませんでした。僕のせいでアリエッタが………」

「いや、エクスは悪くないだろ。俺も何もされなかったんだし気にするなって」

「アリエッタの言う通りだ。むしろ君は娘を助けてくれたんだろう?君にアリエッタを助けてもらったのは、これで二度目だ。本当にありがとうエクス君………」


 話の分かる両親で助かる。

 ここでエクスを責め立てるような人達じゃなくて本当に良かった。

 転生先の人間関係に恵まれていることだけは、あのタコさんに感謝しておこう。





「………でも、そうなるとこれはどうしようかしら?」


 母さんが何やら重そうな箱を持ってきた。やたらと金ぴかで趣味の悪い箱だ。


「母さん、この箱は?」

「貴方が王都に連れ出されてから、男の人が持ってきたのよ。結納金…ってことになるのかしら」


 母さんが箱を開けると、中には大量の金貨が詰まっていた。

 おおう、この店の売上の何十年分相当になるのだろうか………


「もちろん中身に手は付けていないわ。娘をお金で売ったつもりなんてないもの」

「ああ、こんなもの突き返してお前を返してもらうつもりだったからな」


 びっくりするぐらいモラル高いなウチの両親。

 ちょっと目が『¥』マークになりかけてた自分が恥ずかしいぜ。


「まあ、こうして俺は無事に帰ってきたわけだし、これを受け取る訳にはいかないよな」

「それなら、僕が彼に返しておこうか?」

「いや、流石に人任せにする訳にはいかないだろ。俺がアイツに直接返すのが筋なんじゃないのか?」

「アリエッタが…?だ、大丈夫なのかい?また、彼に何か酷いことをされたら………」


 エクスが不安そうな顔をして俺を見つめる。

 パパのことを心配してくれているのだろう。気持ちはすごく嬉しい。




 ………しかし、俺はそれよりもエイビスの話になってから、腰に下げた剣を握りしめているエクスの方がよっぽど不安である。


 こいつは一体何をやらかす気なんだ。

 少なくともエイビスに関する事はこいつに任せるとヤバイ気がする。


「大丈夫だって。あんな目に遭った後に俺をどうこうしようとする程、向こうも馬鹿じゃないってフィロメラも言ってただろ?」

「アリエッタがそう言うなら………」


 エクスは不承不承といった感じで俺の提案を飲み込んでくれた。

 俺は箱を抱えて、両親に向き直る。


「それじゃあ、俺はちょっとこの金を向こうに返してくるよ。エクス、何回も悪いけど王都に戻るなら俺も連れて行ってくれないか?」

「王都か………アリエッタ。ちょっと待ちなさい」


 父さんが俺を引き留めた。やっぱりあんな事が有った後だから心配しているのかな?違った。


「以前、父さんが話したことは覚えているか?」

「範囲指定がふわっとし過ぎだよ父さん。どの話?」

「王都で父さんの知り合いが店を構えているから、そこで商人として少し修行をしてきなさいと前に言っただろう?」

「あぁ~~~…そんな話してたっけ………」


 俺はぼんやりと記憶を掘り返していた。確かエクスが村に帰ってくる以前にそんなことを言われたような気がする。


「………その様子だと、いつ向こうに行くかも忘れているようだな」

「いやあ、最近色々有ったからさ。それで、いつなんだっけ?」

「明日だ」

「おおう………」


 俺は両手で顔を覆った。


「…こんな状況だったし、先方にはもちろん断りの手紙とか送ってくれたんだよな?」

「娘が攫われたのに、俺がそんな冷静に状況判断出来るわけないだろう?」

「んいいぃ~~~………」


 俺は両手で顔を覆った。


「まあ、そういう訳だ。王都に行くならちょうどいいから、ついでに向こうで修行してきなさい」

「ファイトよ、アリエッタ」

「アンタ達切り替え早くない?一日ぐらい感動の再会シーンやっておこうよ」




 ………まあ、そういう訳で、俺は再び王都へとんぼ返りする事になったのだった。






 *********




「すまん、エクス。急いで準備したんだが待たせちまったか?」

「大丈夫だよ。それよりも忘れ物が無いかちゃんと確認した?」


 俺は大慌てで着替えやら何やらを鞄に詰め込んで旅支度を済ませた。


「それじゃあ、行ってくるよ。店は任せたよ父さん」

「生意気な。お前こそ向こうで迷惑かけるんじゃないぞ」

「エクスくんにも迷惑かけちゃ駄目よ?」


 俺は両親に別れを告げて、家を後にした。


 ………あっ、俺は一つだけ大事な事を思い出してしまった。




「あー………すまん、エクス。少しだけ寄り道してもいいか?」

「それは構わないけど、何処に行くんだい?」




 *********



「お姉ちゃ~~~ん!!」

「ミラちゃん、ごめんな。デートの約束すっぽかしちゃって…」

「ううん、お姉ちゃんが戻ってきてくれたなら、それだけでいいのっ」


 俺はミラちゃんの家に寄り道していた。

 彼女には心配をかけてしまったし、エクスを俺の元へ呼んでくれた恩人でもある。



 ………それだけに、再び別れを告げなければいけないのは、少し気が重い。



「ミラちゃん………実は、お姉ちゃんはまたすぐに王都に行かないといけないんだ」

「えっ…そうなの………?」

「うん…向こうで、お仕事の勉強をしに行かなきゃいけないんだ」


 ミラちゃんの大きな瞳が悲しげに揺れる。ううっ、胸が痛い。


「…いつ、帰ってこれるの?」

「半年後ぐらいかな………大丈夫だよ。きっと、あっという間だから」

「うぅ………分かった。私、我慢する………」

「そっか、偉いぞ~」


 俺が今にも泣きそうなミラちゃんの頭を撫でていると、横からにゅっとエクスが出てきた。




「大丈夫だよミラちゃん。アリエッタにはお兄ちゃんも付いているから安心して」


「………は?」




 んん~~~?

 エクスの言葉を聞いた瞬間、ミラちゃんの顔から全ての感情が消え失せたぞ。

 こんな氷の様な冷たい瞳をする子だったっけ?


「………お兄ちゃんも一緒なの?お姉ちゃんと?」

「ああ、お兄ちゃんは王都に住んでるんだ。だからアリエッタの事はお兄ちゃんに任せて…」


 ミラちゃんがぐいっとエクスの服を引っ張って、自分の口元にエクスの耳を寄せた。




「お姉ちゃんに何かしたらコロス」




 ミラちゃんが何やらエクスにボソッと呟いた。

 内容はよく聞き取れなかったが、エクスの冷や汗がやばい。何を言われたのだろうか。


「お姉ちゃん、お仕事頑張ってね!私、お姉ちゃんが帰ってくるの待ってるから!」


 ミラちゃんはこちらに向き直ると、にぱっと向日葵の様な笑顔を見せてくれた。

 ………うん、さっきのは何かの見間違いだな。俺は先ほどのミラちゃんから感じた凍てつくようなプレッシャーを無かったことにした。






 俺とエクスはミラちゃんに別れを告げると、転移術を発動する為に開けた場所へと移動を始めた。


「なあ、さっきミラちゃんに何を言われたんだ?」

「えーっと………アリエッタには言えないこと、かな………」


 むむっ、ひょっとして愛の告白か?

 確かにエクス程の美男子だったら、ミラちゃんが一目惚れしてしまう可能性は十分にある。

 さっきの冷や汗の理由はそれかー。俺は納得した。


「言っておくが、ミラちゃんは駄目だぞ。児ポだからな。児ポ。どうしてもって言うなら、あと五年は待てよ?」

「………ジポって何?それよりも、転移術を起動するから僕の近くに来てくれるかい?」

「はいよ」


 俺はエクスの隣に立って、奴の腰に手を回した。


「よっしゃ来い」

「…ア、アリエッタ…来るときも言ったけど、そんなに近くなくても大丈夫だってば………」

「離れてるよりは近い方が確実だろ?ほら、早く行こうぜ」

「うう………集中、集中………っ」





 転移術が発動したのは、それから10分後だった。


 ………前に見た時はもっと簡単に発動していた気がするんだが、そのことをエクスに聞いてみても曖昧な返事ではぐらかされてしまうのだった。



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