15.こんにちは王都
「うおっ…ととっ……」
「おっと。大丈夫、アリエッタ?」
転移術による移動直後は、一瞬だが平衡感覚がおかしくなってしまうようだ。
フラフラとすっ転びそうになった
「ああ、助かったよエクス。………ただ、手の位置がちょっとやばいぞ?」
わざとでは無いのだろうが、俺を抱き留めたエクスの手のひらが、俺の貧しくも豊かでもない平均的なサイズの胸部をガッシリとホールドしていた。
「えっ………うわあっ!?ご、ごめん!そんなつもりじゃ………!」
エクスが俺の体から慌てて離れるが、俺は気にしていないと笑って自分の胸元に親指を向けた。
「大丈夫だよ。お前だったら胸揉まれる程度、別に気にしないから」
「………そこは、少しは気にしてほしいんだけどな」
………一応は女なのだから少しは慎みを持てという意味だろうか?今更な話である。
しかし、まるでラブコメの主人公みたいなラッキースケベイベントだったな。
こいつのメインヒロインは苦労してそうだぜ。
………そういえば、気になっていたのだが、結局エクスのメインヒロインは誰がやっているのだろうか?
もちろん、俺が全く知らない人間という可能性は十分あるが、やはり本命はパーティーメンバーの誰かだろう。
フィロメラか、それとも新キャラのレビィか………
パパとしては、しっかり者な感じのフィロメラが一押しである。あのおっぱいならエクスの足りない部分を陰になり日向になり支えてくれそうだ。
もちろん、エクスが選んだ娘なら誰であろうと俺は二人を全力で応援するつもりである。
………それとなく探りを入れてみるか………
「なあ、エクス。一つ聞いてもいいか?」
「ん、何だいアリエッタ?」
「お前の恋人ってフィロメラとレビィのどっちなんだ?」
「………はあっ!?」
あ、しまった。遠まわしに聞くつもりがド直球で聞いてしまった。
「な、ななな………何を言ってるのアリエッタ!?」
エクスが目をグルグルとさせながら取り乱している。
まあ、聞いてしまったものは仕方ない。このままストレートに問い詰めるか。
「まあまあ、落ち着けって。お前はあんな美女達と四六時中一緒に居るんだろ。俺も女だからそういう誰かの恋愛話には興味津々なんだよ」
嘘である。俺が興味津々なのはエクスのお嫁さん候補の事だけだ。
おおっと、エクスの奴が片手で顔を抑えながら、ふらふらとよろめいたぞ。
「う、嘘でしょ………昨日の夜、あんな話したのに何も分かってないのこの人………?どんだけ鈍感なの………?」
エクスが俺を信じられない生き物を見る目で見ながら、何やらボソボソ言っている。
顔色が凄いことになっているが、転移術の連発による疲労だろうか?
やっぱり勇者様をタクシー代わりにするのは不味かったかなー。俺は不安になってエクスの顔を覗き込んだ。
「エクス、大丈夫か?顔色が凄いことになってるぞ?」
「ははは…いや、いいんだよ…アリエッタがそうなのは、今に始まったことじゃないから………」
エクスが乾いた笑いを浮かべながら遠くを見つめた。
うーむ、よく分からんが何やら地雷を踏んでしまった気がするぞ。
エクスのお嫁さん候補については、とりあえず保留しておくことにしよう。
俺は咳払いをして、場を仕切り直した。
「…さてと、それじゃあ俺はそろそろ行くよ。落ち着いたら、今回のお礼は改めてさせてもらうから、フィロメラ達によろしく言っといてくれ」
「う、うん。それはいいんだけど、アリエッタはこれからどうするの?」
「父さんの知り合いの所でお世話になるのは明日からだから………とりあえずは今日の宿を探して、それからエイビスの所に金を返しに行くかな」
「本当に一人で大丈夫かい?やっぱり僕も一緒に………」
「大丈夫だって。お前だって暇じゃないだろ?ただでさえ、今回の件では世話になりっぱなしなんだから、これ以上お前を借りてたらフィロメラ達にも悪いよ」
俺がそう言うと、エクスは渋々といった感じで納得してくれた。
「…うん、分かった。でも、何か有ったらすぐに僕を呼んでね。どこでも駆け付けるから」
「過保護すぎだって。
別れ際に、俺はエクスの厚い胸板に軽く拳をぶつけた。
「それじゃあな。元気でやれよ」
「………うん、アリエッタも」
エクスに背を向けると、後は振り返らずに片手をひらひらとさせて、俺はその場を立ち去った。
少しばかりカッコつけすぎな気もするが、息子の前でぐらい見栄を張っておかないとな。
未練は少し残るぐらいでちょうどいいのだ。
**********
迷った。
「何処ここ」
俺は路地裏でしょんぼりとして小さくなっていた。
なんだこの糞マップ。新宿駅かよ。
俺は予想以上に性根の曲がった構造の王都マップに立ち往生していた。
人を捕まえて道を尋ねようにも、気が付けば通行人すらいない寂しい路地に迷い込んでいたので、どうしようもねえ。
見るからに浮浪者やらゴロツキがたむろしているような治安の悪い場所に迷い込まなかったのは不幸中の幸いか。
「はぁ~~~………どうすっかねえ………」
俺は弁当代わりに持ってきていたパンをボソボソと食べながら遠い目をしていた。
こんなことなら、エクスに宿の場所ぐらい聞いておけば良かった。
「は、離してください…っ」
「おいおい、俺に逆らう気か?いいから、少し話を聞かせろと言っているんだ」
むむっ、近くで人の声が聞こえたぞォ~。
俺は数時間ぶりに感じた人の温もりに惹かれるように、路地裏をスイスイと進んだ。
周囲に都会の喧騒を一切感じないので、数分で声の発信源まで迷わずに辿り着く事が出来た。
「わ、私は何も知りません…本部での修行を終えて、一年ぶりに王都に戻ってきたばかりなんです」
「何も知らないなら、何故そんな怯えた顔をしている?隠し事をしているからじゃないのか?」
少し開けた小さな広場のような場所で、小柄な可愛らしい少女が馬鹿っぽい貴族に絡まれていた。
というか馬鹿っぽい方はエイビスだった。
「どーんっ」
「おわっ!?」
俺はエイビスの背後に忍び寄ると、奴を軽く突き飛ばしてやった。
つんのめったエイビスが、顔を赤くしてこちらに向き直る。
「誰だっ!この俺にふざけた真似をす…る………奴は………」
俺の顔を確認すると、見る見るうちにエイビスの顔がドブ色になった。
「ぎゃあーーー!!エクスの地雷女ーーー!?」
「誰が地雷女だ。それはそうと、この間はドレスありがとうございました。エクスのアジトに置いてきちゃったけど」
俺は一応ぺこりと頭を下げてドレスのお礼を言うと、エイビスに絡まれて怯えていた少女を守護るように、奴の前に立ち塞がった。
「というか、お前暇なの?こんな昼間から女の子に恐喝まがいのナンパとか。顔は悪くないんだから、せめて普通にナンパしろよ」
「う、うるさい!お前には関係ないだろ。引っ込んでろ!」
「まあ、確かに関係は無いんだが………目の前でまた誘拐みたいなことやろうとしてる男をスルーは出来ないでしょ」
クイクイと背後の少女に服を引っ張られたので振り返ると、少女が不安そうな顔で俺を見上げていた。
「あ、あの…私は大丈夫ですから、早く逃げてください………その方はクベイラ家の人なんです。抵抗すれば貴方まで巻き添えに………」
「大丈夫。任せといて」
俺は不安げな少女に、ニッと笑顔でサムズアップを返すとエイビスに向き直る。
先日の惨劇の館事件が尾を引いているのか、エイビスは俺に対して弱腰だ。
ジャイアンの後ろで威張ってるスネ夫みたいで非常にカッコ悪いが、ここはエクスの存在を利用させてもらおう。
………はっ、騒ぎを聞きつけたのか、エイビスの部下の知らないおじさんがやってきた。
知らないおじさーん!
俺は知らないおじさんにメロメロなので、人懐っこいチワワの様におじさんに駆け寄った。
「アリエッタ様。お元気そうで何よりです」
「いや、もうエイビスの愛人でも何でも無いんだし"様"は要らないってば。それよりも、昨日のエクスの件で怪我とかしてない?大丈夫?」
「お気遣いいただきありがとうございます。流石は勇者エクスです。一撃で私を気絶させつつも、後遺症が残るような傷は負わせませんでした。彼の力量には只々圧倒されてしまうばかりです」
「………だから!何でお前らそんなに仲が良いんだよ!?」
ちっ、うるせえなァ~。俺と知らないおじさんの楽しいおしゃべりはエイビスの横槍で中断させられてしまった。
「エイビス様。アリエッタ様と問題を起こすのはよろしくないかと。再びエクス殿に襲撃された場合、私達は貴方をお守り出来る自信がありません」
「………くそっ!つまらん!俺は帰るぞ!」
おう、帰れ帰れ。いや待て帰るな。俺はエイビスを呼び止めて、結納金が入った箱を押し付けた。
「何だこれは………ああ、貴様の両親にくれてやった端金か………」
………それ、うちの店の売上の数十年分相当なんだけどな。金持ちってすごい。
「………黙って受け取ってしまえばいいものを。そもそも、あんな目に遭わせた張本人に金を返しに来るなんて、どういう神経をしてるんだ貴様は?」
「ふん、知るかよ。経緯はどうあれ、それは俺と引き換えに渡したつもりの金なんだろ?だったら俺がお前の所から出ていったなら返すのが筋ってもんだろうが」
俺の物言いに、エイビスはきょとんとした後で苦笑を浮かべた。あんだよ。
「………変な女だ。エクスの奴も女を見る目が無いな」
「最初から言ってるけど、そもそも俺はエクスの女じゃねえからな?」
「………おまけに鈍感と来ている。まったく、女などいくらでも選べる立場だというのに趣味の悪い男だよアイツは」
何やら意味不明な事を言いながら、勝手に何かを納得した様子でエイビスは去っていった。
俺はブンブンと知らないおじさんの背に全力で手を振って別れを惜しんでいると、エイビスに絡まれていた女の子がおずおずと声をかけてきた。
「あ、あの……助けていただいて、ありがとうございました」
「ああ、いいのいいの。気にしないで」
俺は振り返って、改めて少女の姿を確認する。
年齢は俺より一つか二つ年下だろうか。白を基調としたローブを纏い、ふんわりとした柔らかそうな栗毛を肩の辺りまで伸ばした、内気そうな雰囲気の守ってあげたい系美少女である。
控えめに言って俺の嗜好にドストライクだった。お近づきになりてェ~。
「………すごいですね。あのクベイラ家のエイビス様と正面から言い合えるなんて………」
「そうか?家柄は知らないけど、あいつ自身は別にちょっと抜けてる普通の人間だろ」
俺の物言いがツボにはまったのか、目の前の少女は小さく噴き出していた。
「おっ、やっと笑った。うーん…さっきまでの憂い顔も良かったけど、笑った顔も滅茶苦茶可愛いな………」
「え、ええっ!?あ、あの…ありがとう、ございます………」
歯の浮くような台詞がスイと出てしまった。
前世だったら変質者として通報されてもおかしくない所業だが、現在の俺は女だし同性にちょろっと気障な軽口を言う程度はセーフだろう。
「…あ~、それで実は君にちょっとお願いがあるんだけど……俺、実は道に迷っちゃって。
人通りの有る所まで案内して貰えると助かるんだけど」
「あっ、はいっ。その程度でしたらお安い御用です」
「助かるよ。王都には慣れてなくてさ」
少女は俺の頼みを快く引き受けてくれた。女の子とのファーストコンタクトとしては上々である。かませ犬になってくれたエイビスにちょっとだけ感謝しておこう。
「あ、あの………お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「おっと、そういえば自己紹介がまだだっけ。俺はアリエッタ、肩書は商人見習いってところかな」
「アリエッタ………?どこかで聞いたことが有るような………」
少女は俺の名前を聞いて、小首をかしげた。
まあ、この世界ではよくある感じの名前らしいし、そういうこともあるだろう。
「それじゃあ、君の名前も教えてもらっていいかな」
「あっ、はいっ。名乗るのが遅れてしまってごめんなさい」
少女は背筋をピンと伸ばすと、俺に向かって恭しく一礼をした。
「リアクタといいます。よろしくお願いしますね、アリエッタさん」
リアクタ………?
俺も彼女の名前に引っかかるものを感じていた。どこかで聞いたことがあるような………
「アリエッタさん?どうかされましたか?」
「………いや、俺もリアクタちゃんの名前をどこかで聞いたことが有るような気がして………」
俺がそう言うと、リアクタは少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふ、二人で同じ事を思ったなんて、何だか少しロマンチックですね。
………それと、私のことは呼び捨てで結構ですよ。アリエッタさん」
「あ、ああ。分かったよリアクタ。それじゃあ俺の事もアリエッタでお願い」
「はいっ。それじゃあ大通りまでご案内しますね、アリエッタ」
お互いの自己紹介が終わると、リアクタは嬉しそうに道案内を再開した。
俺はリアクタの後ろを歩きながら、首をかしげる。
「う~~~ん………リアクタ、リアクタ………絶対に、どこかで聞いた名前なんだよな。何だっけ………」
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