16.エクスとリアクタ




「おお~。大通りまでこんな近かったのか」

「さっきまでアリエッタが居た辺りは、王都でも特に複雑な路地でしたから。迷ってしまうのも仕方ないですよ」


 アリエッタはリアクタの案内で、無事に迷宮じみた路地裏から脱出することに成功していた。

 あのまま王都遭難編を始めずに済んで、ほっとした俺は改めてリアクタにお礼を言った。


「本当に助かったよ。ありがとな、リアクタ」

「いえ、お礼を言われるほどのことは何も。アリエッタはこれからどうされるんですか?」

「ああ、明日から父親の知り合いがやってる店で修行をさせてもらうんだけど、急遽こっちに来ることになったから、今晩の宿を確保しないといけないんだ。ちなみに宿屋とかってどこら辺に有るのかな?」


 俺の言葉を聞くと、リアクタが少しだけ困ったような顔を浮かべた。


「うーん………これから、宿を探すのは少し難しいかもしれませんよ?」

「えっ、そうなの?」


 俺が驚いた顔をすると、リアクタが申し訳なさそうに事情を説明してくれた。


「先日、王都の近くの砦に魔王軍の大規模な侵攻が有ったんです。魔王軍自体は撃退出来たのですが、その戦闘の影響で王都と外の都市を繋いでいる街道の一つが塞がってしまいまして………その街道を使っている旅人や商人の人達が王都で立ち往生してしまっているんです」

「あ~………そういう人達で、王都の宿はみんな埋まってるってことか」

「そういう訳なんです。何か知り合いの伝手でも有れば話は別なんでしょうけど………」


 もちろんそんなものは無かった。

 俺が王都を訪れたのは、先日エイビスに拉致られた時が初めてなのだから、まあ当然である。


「…まあ、急だったし仕方ないか。いざとなったら、そこら辺の路地裏で野宿でも…」

「そ、そんなの駄目ですっ!アリエッタは女の子なんですよ!?」


 軽い冗談のつもりだったのだが、リアクタは本気にしたらしく俺にぷんすかと注意をしてきた。

 うわ~、怒ってるのに全然迫力が無い。むしろ可愛い。

 俺は思わず微笑みが零れそうになるのを、キュッと唇を引き締めてこらえていると、リアクタがパァッと名案を思い付いたといった感じの表情を浮かべた。


「あのっ、アリエッタが良ければ今晩は私が住んでいるお屋敷へ来ませんか?確か、空いている部屋が有ったと思うので、今から宿を探すよりは良いと思うんです」

「それは……有難い話だけど、会ったばかりの君にそこまで世話になるのは………」

「気にしないでください、私がそうしたいんです。それとも、ご迷惑でしたでしょうか……?」


 リアクタが俺に悲しそうな瞳を向けてきた。

 こ、これは……俺が前にエクスにやったやつ………!相手の罪悪感を煽って退路を断つやつだ………!

 美少女にこんな顔をされては、男として断る選択肢など選べる訳が無い。俺はリアクタの提案を受け入れた。


「…それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとう、リアクタ」

「お礼なんていいですよ。さあ、行きましょうか。少しだけ歩きますよ」


 リアクタに先導されて、俺は大通りを歩き出した。


「ところで、お屋敷に住んでるって言ってたけど……ひょっとして、リアクタってお嬢様だったりするの?」


 俺の質問にリアクタが笑いながら顔の前で手を振って否定した。


「あはは、そんなじゃないですよ。ただ、ちょっと事情が有って譲っていただいたお屋敷に友人達と一緒に暮らしてるんです」


 ………ん?何か、つい最近どこかで聞いたような設定だな………


「あっ、心配しないでくださいね。皆さん、とても良い人達ですから。きっとアリエッタのことを歓迎してくれると思います」

「ん?ああ、そこは心配してないんだけど……」


 俺が首をかしげていると、リアクタはまだ見ぬ同居人に対して、俺が不安に思っていると勘違いしたのか、慌てて説明を付け加えた。

 まあ、この子の友達なら大丈夫だろう。それに一晩部屋を借りるだけなのだ。そんな大きなトラブルなんて起きることは無いだろう。


 そんなことを呑気に考えながら、俺はリアクタとのお喋りと街歩きを楽しむのだった。






 **********




「アリエッタ、ここが私と仲間達が暮らしているお屋敷です」


 そういって、リアクタは背後の立派なお屋敷を指し示した。


 うーん、立派なお屋敷だけど不思議と親しみを感じさせるなあ。初めて見た気がしないぜ。

 まあ、今朝までお世話になっていたエクスのアジトなのだから当たり前である。




 ………うん、まあ、途中から薄々そんな気はしてたよ?

 数時間前にエクスと歩いた道を逆走していれば、いくら察しの悪い俺でも気づく。

 ついでに、リアクタの名前に覚えがある理由も分かった。

 エクス達の活躍が書かれた新聞に、勇者一行の一員として彼女の名前も載っていたのだ。

 この異世界において最大の宗教集団である『聖天教』。

 その聖天教で天才的な神聖魔法の才能を持ち、史上最年少にして名誉ある"大神官"の位に就いた少女がリアクタだったのだ。


「皆さーん、リアクタです。ただいま戻りましたー」


 俺がそんな物思いにふけっていると、リアクタが入口の扉を開けて邸内に声をかける。

 彼女の声を聞きつけて、奥からフィロメラが姿を見せた。


「お帰りなさいリアクタさん。聖天教本部での修行、お疲れさまでした………あら?どうしてアリエッタさんが………?」


 あっ、ども。

 俺は若干、気まずいものを感じながらフィロメラに軽く挨拶をした。


「………んん?」


 そんな微妙な空気を醸し出している俺とフィロメラを、リアクタがきょとんとした顔で見つめていた。






 **********




「ええっ。アリエッタは皆さんとお知り合いだったんですか!?」

「まあ、そうだな。というかエイビスと絡んでる時にエクスの名前を何回か出してたじゃん俺」

「それはそうなんですけど……でも、そんな偶然が有るとは思わないじゃないですかぁ」


 俺とフィロメラとリアクタの3人はリビングでお茶を飲みながら、情報交換をしていた。

 リアクタは勇者一行の中では実力が劣っていた自分を鍛え直す為に、一度パーティーを離脱して聖天教の本部で修行を積んでいたらしい。

 そして修行を終えて、一年ぶりに王都に戻ってきた所をエイビスに捕まって絡まれていたようだ。やっぱり暇なのかアイツ?

 ちなみに、エクスとレビィは魔王軍の動きが沈静化している間の任務として、人類軍の兵士達を王宮の訓練所で指南役としてシゴいているので不在とのことだ。


「…という訳で、今晩はアリエッタをお屋敷に泊めてあげたいのですが…」

「ええ、構いませんよ。それでしたらアリエッタさんは昨日と同じ客間でいいでしょうか?」

「ああ、すまない。本当に助かるよフィロメラ」


 うーむ、ここ数日でフィロメラ達には世話になりっぱなしだ。

 何か恩返しの一つでも出来ればいいのだが………


「さて、今晩の夕食は賑やかになりそうですね。エクスくん達が戻る前に準備を始めないと……」

「それだっ!」

「えっ?どれですか?」

「フィロメラ達が良ければ、食事の支度は俺にやらせてくれないか?ここ最近で世話になりっぱなしだから、俺にも何かさせてほしいんだよ」


 俺の頼みにフィロメラとリアクタが困ったような顔を浮かべる。まあ、いきなりこんな事言われたらそうなるか。しかし、このままではフィロメラ達への借りが雪だるま式である。何とか返せるチャンスを掴み取っていかなければ。


「味なら心配しないでくれ。一流シェフとまでは行かないけど、普段から料理はしてるしエクスに食ってもらった事も有るからさ。変な物は出さないから、なっ?」


 俺が頼み込むと、フィロメラは苦笑を浮かべつつも、俺の提案を受け入れてくれた。


「……はぁ、分かりました。本当はお客様にさせることでは無いのですが……お願いしてもいいですか?」

「ああ、宿代の代わりって訳じゃないけど、気合入れて作らせてもらうよ」

「材料は置いてあるものを好きに使ってください。今日の夕食で使う予定のものだったので遠慮しなくていいですよ」


 俺が立ち上がると、リアクタが元気よく挙手してきた。


「アリエッタ、私も何かお手伝いします!」

「いや、リアクタは帰ってきたばかりなんだろ。こっちは俺に任せてくれよ」

「そ、それじゃあキッチンの案内をさせてください。食器とか調味料の場所とか教えますから」

「ああ、それはお願いしたいな。頼むよリアクタ」


 俺はリアクタと一緒にキッチンへ向かおうとしたが、その前にフィロメラの方へ向き直る。


「えーっと、用意するのはエクスとフィロメラ、レビィにリアクタと俺の5人分でいいのかな?」

「はい。よろしくお願いしますね」


 フィロメラの返事にリアクタが怪訝な顔をした。


「あれ?フィロメラさん、"彼"は………」

「………あの人はいつもの夜遊びで、今日は戻らないだろうからいいのよ」

「ああ…変わってないですね、あの人………」


 フィロメラとリアクタが遠い目をしている。

 どうやら勇者パーティーの内部事情の話のようだが、部外者の俺には何の話かさっぱり分からなかった。





 **********




「………んっ、まあこんなもんだろ」


 俺はテーブルに並べた料理の出来栄えを確認した。エクス達が帰ってくる前に間に合って一安心である。

 俺の様子を見に来たリアクタが並べられた料理を見てはしゃいでいる。


「美味しそう!アリエッタは料理がお上手なんですね」

「ただの家庭料理だから、あんまハードル上げないでくれよリアクタ。そういえば、エクス達って王都に居る間の食事はどうしてたんだ?」

「厳密に決めていた訳ではないんですけど、週ごとに当番制で………」


 話の途中で玄関の扉が開いた音が聞こえる。エクスとレビィが帰ってきたのだろう。


「全員揃ったみたいだしスープの用意でもするか。すぐ出来るから、リアクタはダイニングに皆を集めといてくれるか?」

「はい、皆で食事をするのは久しぶりなんで楽しみですっ」


 リアクタが玄関の方へ向かったのを確認すると、俺はキッチンに戻って鍋を火にかける。


「レビィさん、エクスさん。おかえりなさい!」

「おー、リアクタじゃん。元気にしてた?」

「ただいま、リアクタちゃん。一年で何だか大人っぽくなったね」


 玄関の方から再会を喜ぶ声が聞こえる。微笑ましい空気に頬を僅かに緩めつつ、人数分の皿にスープをよそっていく。


「おっ、美味そう。今日の料理当番はフィロメラだっけ?」

「そうだったんだけど、今日は別の人に作ってもらってるのよ」

「それじゃあリアクタが?料理の腕前上げたね~」

「えーと、ごめんなさい。私でも無いんです」

「……えっ、まさか"アイツ"か?あの槍馬鹿、料理なんて出来たのか?」

「それもハズレです。うふふ、きっとエクスさん驚きますよ?」

「えっ?僕?」



 ………なんかサプライズゲストみたいな扱いになっているぞ俺。こんな思わせぶりな前振りでモブキャラが出てきても、向こうも反応に困るだろうから止めてほしい。


「あっ!エクスさん、つまみ食いなんてお行儀が悪いですよっ」

「………この香り。味付け。そして食器の並べ方……法則性が彼女と79%以上一致している…いや、まさか……」


 怖い怖い怖い。勝手に人の料理でプロファイリングを始めるんじゃねえよ。

 新たな境地へと踏み出そうとしているエクスを止めるべく、俺はスープ皿を持ってダイニングへと躍り出た。


「はいどーも俺デェース!思わせぶりな前振りだったのに、出てきたのがモブキャラでゴメンネー!」

「ア、アリエッタ!?」

「アリエッタじゃん。何となく予想はしてたけど、まさかこんなに早く再会するとは思わなかったわ」


 半ばヤケクソ気味なハイテンションで俺登場である。エクスとレビィの反応は対照的であった。


「という訳で、本日の夕食はアリエッタに作っていただきました!エクスさんの幼馴染なんですよね?すっごい偶然!」


 リアクタが俺の登場を盛り上げてくれた。ありがとね。

 俺がスープ皿を並べていると、リアクタがエクスとレビィに事情を説明していた。


「カッコよかったんですよ、エイビス様から私を助けてくれた時のアリエッタ!皆さんにも見せてあげたかったですっ」

「はぁ……アリエッタ?君はまた危なっかしいことをして………」


 リアクタから俺の武勇伝を聞かされたエクスが深い溜息をつきながら小言を言ってくる。

 俺はメンゴと軽く舌を出して誤魔化した。


「初めてアリエッタに名前を教えてもらった時に、何処かで聞いた名前だな~とは思ってたんですよ。まさかエクスさんがたまに話していた幼馴染の………もがっ」

「リ、リアクタちゃんストップ!僕、君に何を話してたか思い出すからちょっと待って……!」


 エクスが唐突にリアクタの口を手で塞いだ。仲良しさんだな~。

 エクスとリアクタの年齢は近そうだし、見た感じだとフィロメラやレビィよりも、二人は気安い関係なのかもしれない。




 ………はっ。俺は唐突に気づいてしまった。

 スススと音もなく俺はフィロメラの横に立つ。


「……なあ、フィロメラ。ちょっと聞きたいことが有るんだけど…」

「なんですか?アリエッタさん」

「フィロメラはエクスの恋人って誰か知ってる?」


 俺の質問にフィロメラが信じられない生き物を見るような目で俺を見つめた。


「えっ……あ~……恋人というか……好いている子なら誰か知ってますよ」


 んん?何か引っかかる言い方だな……まあ、いいか。俺は質問を続けた。


「そいつって、ひょっとしてつい最近まで(修行で)エクスの傍には居なかった?」

「ええ、エクスくんとその子が再会したのは最近ですね……ついでに言えばその人は今、目の前に居ますよ」


 そういってフィロメラは呆れたような視線を俺に………いや、恐らくは俺の背後に立つリアクタに向けていた………!




 なんてことだ………エクスのメインヒロインはリアクタだったのか!




 先日のエイビス邸襲撃事件時のエクスが不安定な精神状態だったのも『恋人であるリアクタと離れ離れだったから』という事なら説明がつく。


「そうか…そういうことだったのか……!」

「あの……アリエッタさん、今まで気づいてなかったんですか?」

「まあな、お恥ずかしながら」


 だが、そうと分かれば俺のやるべき事は決まったな。

 エクスとリアクタの関係を全力でサポートすること……それがパパとしての俺の役目!




「別に隠すことないじゃないですか。エクスさん、あんまりお話してくれませんでしたけど、アリエッタの事を話す時はいつも凄く嬉しそうで……」

「リアクタちゃん…いや、リアクタさん…お願いだからちょっと黙って………!」




 まあ、俺のサポートなんて必要ないかもしれんがな。

 仲睦まじい様子のエクスとリアクタを俺は微笑ましく………




「………あれ?」


 俺は無意識に何かに耐えるように片手で胸を押さえていた。


 何だろう……胸が、むかむかする………?




「アリエッタ?どうかしたんですか?」

「どこか体調でも悪いのかい?」


 エクスとリアクタが心配そうな顔でこちらを見ている。

 いかんいかん。リアクタが一年ぶりに王都に帰ってきた目出度い席なのだ。

 部外者の俺が辛気臭い顔をして、水を差してはいけない。


「ん、なんでもないよ。それより全員座った座った。アリエッタちゃんが気合入れて作ったんだから冷める前に食ってくれよな」


 俺は二人の気のせいだと主張するように、殊更明るく笑ってエクスとリアクタの言葉を否定した。



 胸は、まだ微かに疼いていた。





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