34.予兆





 色々あったので詳細は省くが、結論だけ言うとアリエッタとエクスのデートは、まあ成功だったと言えるだろう。



 最初は"デート"だということを変に意識していたせいか、お互いにぎこちなかった俺達だったが1時間もすれば、まるで子供の頃に戻ったかのようにお互いに無邪気にはしゃいでいたと思う。




 ―――そういえば、エクスとこうして純粋に遊ぶのは久しぶりだったかもしれない。




 そんなノスタルジーな感傷と祭りの活気にあてられた事もあり、妙なテンションになってしまった俺は、当初の目的・・・・・も忘れてエクスとはしゃいでいたのだろう。




 夕焼けに眩しさを感じる時刻に、ようやく当初の目的を思い出した俺は、エクスを人気の無い路地に引っ張っていく。




「アリエッタ、一体何処に行くんだい?」

「……いいから。黙って付いて来い」


 怪訝な顔をしているエクスの言葉を無視して、俺はズンズンと路地を突き進むと程なくして目的地へと到着した。




「えーっと、アリエッタ? ここは、その……」



 人気の無い路地にポツンと存在している質素な宿屋の前で、エクスが照れてるような、困惑しているような何とも言えない顔で俺を見てくる。多分、俺もエクスと似たような顔をしていることだろう。




 ―――逢引宿。まあ、要するにラブホである。






 **********




「……アリエッタ。その、ここがどういう所なのか分かってる?」


 ダブルサイズのベッドが置かれただけのシンプルな部屋で立ち尽くしている俺に、エクスが子供に「赤ちゃんが何処から来るのか」聞かれた時のような困った顔をしながら聞いてきた。


「お前は一体、俺を何歳だと思ってるんだ。……糞エロイことをする場所に決まってるだろうが」

「もうちょっと言い方考えよう?」

「あ゛あ゛ーーー! やかましい! さっさと抱かせろやオラァッ!」

「もうちょっと言い方考えよう!?」


 駄々っ子パンチで襲い掛かった俺の頭をエクスが片手であっさりと押さえ付ける。クソッ、リーチの差が残酷すぎる。


「ていっ」

「ぎゃばー」


 ぺいっと俺をベッドにうっちゃったエクスが、ベッドの縁に腰かけると困ったような顔で俺に語り掛けた。


「アリエッタ。何か無理してない? 今日の君は朝から何だか変だよ?」

「はぁー? アリエッタちゃんは別に無理なんてしてませんしぃー?」

「アリエッタ」

「うっ……」


 エクスにじぃっと見つめられた俺は、観念するように奴に本心を吐露した。


「……だって、お前さあ、俺に全然手を出さないじゃん? 恋人なのに。そういうの、正直不安になる。やっぱりエクスは俺のこと別に好きじゃないんじゃないかって」


 俺が自分でも糞面倒臭いことを自覚している弱音を吐くと、エクスは慌てて俺の発言を否定してきた。


「い、いや、それは誤解だよアリエッタ。その、僕は君が好きだから、大事にしたいと思ってるだけであって……」

「分かってる。エクスがそういう真面目な奴だってのは分かってるよ。でもさあ、仕方ないじゃん。不安になるんだもん」


 俺はむくりと起き上がると、エクスにべたっと引っ付いた。


 いやらしい気持ちではなく、純粋に不安になってしまったから。


 エクスと少しでも距離を縮めたくて。


「……前に言ったじゃん。俺、普通の女とは少し違うって」

「君の"前世"のこと?」

「そう。俺って弱っちいからさ。あれだけエクスに言ってもらっても、すぐに不安になっちゃうんだよ。やっぱり俺の事、嫌になっちゃったんじゃないかって。…………だから、何か繋がりが欲しいんだ。俺はエクスのものだっていう繋がりが」






 不意に、エクスの唇が俺の唇に重ねられた。



「―――ん」



 一瞬、身体が強張ったが、すぐに脱力して彼を受け入れる姿勢を取る。


 しかし、俺が望んだ"続き"は訪れなかった。

 エクスの身体が俺から離れると、彼の真剣な眼差しが俺を見つめる。


「アリエッタ。僕は、戦いの中でいつ死んでもおかしくないってことは分かるよね?」

「あっ……うん……」


 忘れていた訳ではないが、改めてエクス自身の口から聞かされると、想像以上の重みが身体にのしかかるのを感じた。


「僕は、君の重荷になりたくない。たとえ僕がいなくなっても、君には幸せになってほしい」

「……やだ。聞きたくない」

「駄目だ。アリエッタ、聞いて」



 そっぽを向いてしまった俺の顔に、エクスは手を添えるともう一度、軽く口づけをした。

 唇を離すと、彼は照れたような笑顔を浮かべた。



「隣に居るのが僕じゃなくても、君には幸せになってほしい…………そう思っていたんだ。君と恋人になるまでは」



 エクスがもう一回キスをしてきた。

 ……こ、こいつ、キスし過ぎじゃね? べ、別に嫌じゃないけど、話が頭に入ってこないので程々にしてほしい。



「でも、僕は自分で思っていたよりもずっと欲張りだったらしい。僕は君と幸せになりたい。それまでは絶対に死にたくない。腕が飛んでも、胸に穴が開いても、何が何でも僕は君の居る場所へ必ず帰るよ。だから、僕達の戦いにケリがつくまで、こういう事・・・・・は待っていてほしいんだ。……駄目、かな?」




 ああ、こいつは本当にずるい奴だ。



 そんな風に言われたら、俺は頷くしかないじゃないか。




「……はぁ、仕方ねえなあ。待っててやるから、俺が浮気する前に終わらせてこいよ?」

「……うん。ありがとう、アリエッタ。全部終わって、君の所へ戻ったら……」



 エクスの細身ながらもガッシリとした腕が俺を少し苦しいぐらいに抱擁する。

 僅かに感じる息苦しさが、彼から俺に向けられる"愛"の強さのようで。

 その苦しさに幸福感のようなものを感じながら俺はエクスの言葉に耳を傾けた。













「君の所へ戻ったら、朝から晩まで一日中セックスしようね」

「途中まで良かったのにシメが最悪だよ」


 一瞬で色々と醒めた。






 **********





 その後、適当にいちゃついて時間を潰した俺達は逢引宿を後にした。もちろんエロイことはしてねえぞ。



 まあ、紆余曲折は有ったがエクスの……その……お、俺に対する愛情の深さは理解出来たし、ちゃんと俺に欲情していた事が分かったので、まあ色々と良しとしよう。

 考えてみれば、戦いの前にアレして子供を作ったりするのってもろに死亡フラグっぽいしな。つまり俺は間接的にエクスの死亡フラグをブチ折ったということになる。やったぜ。






「やあ、我が愛よ。今日は楽しかったかな?」

「それ、どっちに言ってんの?」


 もう段々慣れてきたが、今回のデートプランのプロデューサー達アズラーンとターレスの唐突な登場である。


「まさかとは思うが、俺達の動向を見張ってたりしてねえよな?」

「そんな無粋な事はしないさ。君達から感じる"愛"で大体のことは察せるからね」

「キモイよぉ~」


 俺はキモがった。

 しかし、アズラーンはキモがる俺とエクスに悲しそうな眼差しを向ける。


「……だが、悲しいよ。楽しい時間というのはいつもあっという間だ。どうやら俺も責務を果たさなければいけない時が来たようだ」

「あん? 何を言って……」


 要領を得ないアズラーンの言葉に、何かを察したのかエクスが俺を庇うように前へ踏み出た。


「……ここで始めるつもりか?」

「いいや、俺もこの街には愛着が湧いている。無意味に破壊するには忍びないし、そもそも総司令殿に王都での戦闘は固く禁じられている。ターレス」

「はい、アズラーン様」


 ターレスさんがエクスに何やら便箋を手渡した。

 エクスがそれを受け取ったのを確認するとアズラーンが続ける。


「場所と日時が書いてある。俺は一人で待っているが、君も一人で来いとは言わない。君達の用意出来る最大戦力で来るといい」

「それでは失礼します。エクス様、アリエッタ様」


 用事が済んだのか、アズラーンとターレスさんは通りへと消えていった。

 さっぱり意味が分からない俺は間抜けな面をしていたが、対照的にエクスは険しい顔をしていた。


「あー、大丈夫か。エクス? 何か不味いことでもあったのか?」

「……いや、大丈夫だよ。僕のやる事は変わらない。何があろうと、君の場所へ帰るだけさ」






 **********






 常闇の空間に浮かぶ魔王城。


 その最深部に、2人の魔族が立っていた。




「やあ、戻ったよ。総司令殿」

「……アズラーン。随分と長い間、人界で遊んでいたようだな」

「そう責めないでくれ。たった今、勇者との決戦の日取りを決めてきたところさ。彼には俺の眷属となってもらうつもりだが、構わないかな?」

「……好きにするといい。勇者を排除出来るならば、仔細は問わない」


 仮面で素顔を隠した魔族――総司令の言葉に、金色の美丈夫アズラーンは優美な笑みを浮かべた。





「……ところで、他の神将はまだ目覚めないのかね?」


 アズラーンは魔王城最深部の広間に並んだ、巨大な肉の繭を見つめて総司令に尋ねた。


「……ああ、八大幹部が想定よりも早く敗れた影響なのか、魔力が足りていないのかもしれん。何しろ初めての事態だ。原因が分からん」

「まあ、いいさ。いざとなれば俺さえいれば他の神将は不要だろう。彼らが目覚めない原因は後でゆっくりと調べればいい。前回の戦いの時のように俺と総司令殿さえいれば―――」






 ―――瞬間、アズラーンの思考にノイズが走った。






「…………ん? おかしいな…………?」

「どうした、アズラーン」


 怪訝な顔を浮かべているアズラーンに総司令が声をかけると、アズラーンは申し訳なさそうに総司令に質問をした。




「すまない。気を悪くしないで欲しいのだが……君の名前・・・・を教えてもらえないか?」

「…………」




 総司令の沈黙を"怒り"と捉えたのか、アズラーンは照れ臭そうに頬を掻いた。


「いやあ、すまない。長く眠っていたせいなのか、どうも記憶が朧気なんだ。総司令殿の名前がどうしても思い出せなくてね」

「……僕の名などどうでもいいことだ。魔王様の繭を確認してくる。お前は勇者との決戦とやらに備えておけ」

「おや、怒らせてしまったかな?」




 足早に去っていく総司令を、アズラーンは困った様な顔で見送った。










「……流石は十六神将といったところか。警戒する必要があるな……」


 総司令の呟いた言葉は、誰に届くこともなく闇へと消えた。





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