33.デートをしよう!







「デートをします」




 いつも以上に唐突な彼女アリエッタの発言に、エクスは思わず怪訝な顔をしてしまった。


「えーっと……誰が、誰と?」

「俺と、お前がです」

「……今してる"これ"はデートじゃないのかな?」


 現在、僕とアリエッタは喫茶店でお茶を飲みながら雑談をしている最中だった。

 彼女と恋人同士になってから、二人の時間が空いた時はこうやって彼女と一緒に過ごすのが恒例になっていたのだ。

 僕としては、こうして彼女と"恋人"として何気ない時間を過ごせるだけでも、震える程に幸せで頬が緩んでしまいそうなのだが……


「そうじゃなくて、もっと一日を潰すようなガッツリ濃厚な奴をやります」

「は、はぁ……えーっと、ひょっとして、今まで僕と一緒の時って退屈だったのかな……?」


 もしや、これまで僕ばかり楽しんでいて、彼女を失望させてしまっていたのではないかと不安になった僕は、思わず彼女に尋ねてしまった。しかし、その点に関してはどうやら杞憂だったようである。アリエッタは僕の言葉に何やらモジモジしながら俯いてしまった。


「べ、別にそんなことは無いぞ? 正直、あんまりデートデートした奴よりも、こういう軽めの奴の方が性に合っているというか、エクスと一緒ならそれだけで十分というか……」






 ―――キスしたら怒るだろうか? 






 頬を赤く染める彼女の愛らしさに、思わずそんな欲望が脳裏を過るが、僕は歯を食いしばって全力でそれを封じ込めた。


「と、とにかくっ! 明日は俺とデート! プランはこっちで練ってあるから、お前は身一つで来ればいいから! 分かったな!」

「う、うん。分かったよ」


 彼女の勢いに押されて、僕は思わず頷いてしまう。

 まあ、アリエッタからのお誘いを僕が断るなんてありえないのだが、欲を言えばそういう提案は男である僕の方からしたかったという気持ちはあった。

 その後、待ち合わせ場所や時間について打ち合わせをした僕はアリエッタを銀猫亭まで送っていくと、弾む足取りで帰路についた。


 先日は、ちょっとしたすれ違いから彼女を激怒させてしまったのだが、機嫌を直してくれたようで一安心である。

 明日のデートを思うと、頬が緩むのを抑えられない僕を不気味そうに見ているヴィラを尻目に、僕は万が一にも遅刻しないように早めに床に就くのだった。






 **********






「あっ、アリエッタ。おはよう」

「……俺、時間間違えてないよな?」




 待ち合わせ場所に予定よりも30分早くやって来たアリエッタが、予定よりも2時間先に来ていた僕を訝しそうに見つめていた。






 ―――そんなことよりも、僕は彼女の姿に目を奪われていた。




 いつもの肌の露出を極力抑えた清楚なアリエッタも最高だし天使だが、今日の彼女の服装はいつもとはまるで違っていた。


 足を大胆に見せている膝上丈のスカートに、ドレスの様に肩を露出したブラウスを纏った彼女を見て、僕は心停止を起こしそうになったが自分の心臓に雷撃の魔術を打ち込むことで事なきを得た。


「ふぅんっ!」

「突然どうしたエクスーッ!?」


 突如、雷撃の余波で全身を痙攣させた僕にアリエッタが駆け寄るが、僕は片手を上げて何でもないと彼女に伝えた。

 心配そうに僕の顔を覗き込むアリエッタに、僕はこれから始まる激しい戦いを予感せずにはいられなかった。




 か……可愛い……! 


 こんな可愛い女の子とデートをして、僕の身体は最後まで立っていられるのか……!? 






「……そ、それじゃあ行こうぜ」




 普段は手をつなぐことにもあまり積極的ではないアリエッタが、僕の腕を取ると自分の身体を絡ませるように僕に密着してきた。


 僕は気を失う前に自分の心臓に雷撃を打ち込んだ。


「ふぅんっ!」

「エ、エクスーッ!?」






 **********






 話はアリエッタがエクスをデートに誘う数日前に遡る。






 先日、エクスから「お前じゃシコれねえ」という最低な侮辱を受けた俺は奴に対して完全に頭に来ていた。よりにもよって恋人に言うかそれを!? 




 ―――何が何でもあいつに手を出させてやる。


 エクスの頬に平手をカマした帰り道に、俺は固く決心していた。






 **********






 しかし、奴に手を出させるということは、当然ながらそういう展開・・・・・・になるという事でもある。


 俺は見たまんまの初心な小娘ではないので、性知識に関しては生き字引レベルではあるが、残念ながら実戦経験は前世でも今世でもゼロという悲しい状況なのが現実である。


 銀猫亭のカウンターで接客をしながら、俺はエクスとそういう展開・・・・・・になった時のシミュレーションをしていた。


 前世のうろ覚えの知識ではあるのだが、確か"アレ"の戦闘時のサイズって15cm前後だったっけ? この世界と前世での"アレ"の平均値が同じかは分からないが、まあどちらの世界でも同じホモサピっぽい種族だし、そこまで大きく違うってことは無いだろう。






 ふと、目をやった陳列棚に何かの建材なのか、ちょうどいいサイズ感の木の棒があった。






 ―――何の気なしに手に取った棒を下腹部の辺りに当ててみる。






 …………えっ、"アレ"ってこんな所まで入るの? 


 ほぼヘソまで来てるじゃん? 


 いや、怖い怖い怖い。


 こんなの刺さったら俺死ぬんじゃないの? 


 しかも、1回だけじゃなくて何回も入れたり出したりするんだろう? 






「ひえぇ~~~っ!?」

「いきなり何を叫びだしてんだアリエッタ!?」




 恐怖のあまり、悲鳴を上げてしまった俺にテイムがギョッとしていた。






 **********






「……という訳で、フィロメラとレビィに相談に乗ってほしいんだ」

「……何で私達なんですか?」

「いや、どう考えてもリアクタは無いだろう。後はこんなこと聞けそうなのが二人しかいなかったんだよォ~。助けておくれよォ~~~」



 俺は酒場でフィロメラとレビィに泣きついていた。ちなみに俺とエクスが交際しているのは勇者パーティー公認である。



「というか、エクスの奴まだアリエッタを抱いてなかったの? お互い両想いだったなら、さっさと行く所まで行っちゃえばいいのに」

「レビィ、あんまり品の無いことを言わないでちょうだい」



 …………これから、滅茶苦茶品の無い相談をするんだけどな。



「それで、その、初めてってやっぱり痛いのか?」



 俺は女子中学生みたいなことをフィロメラに質問した。



「……まあ、個人差はありますが、そうらしいですね」






 …………ん? 

 何か歯切れの悪い返事だな…………




「……えーっと、"アレ"ってこれぐらいの大きさらしいじゃん? ほぼヘソまで来るけど苦しくないの?」


 俺が"アレ"のサイズを手で表現すると、フィロメラがめっちゃ食いついてきた。


「ええっ!? お、男の人のってそんなに大きいんですか!?」








 ―――あっ、フィロメラ処女だわ。



 俺の白けた視線に気づいたのか、フィロメラが逆ギレした。



「な、なんですかその目はっ! 私、アリエッタさんが相談したいことが有るって言うから来ただけなのに、なんでそんな目で見られなくちゃいけないんですかっ!?」



 レビィがフィロメラに死体蹴りを始めた。



「ええ……フィロメラ処女なのに、エクスにあんなお色気お姉さんみたいなポジションに立とうとしてたの……?」

「やめてぇっ! 私の恥ずかしい過去を掘り返さないでぇっ!」



 耳まで赤くして机に突っ伏してしまった処女フィロメラに、俺は黙祷を捧げた。


 ……仕方ない、レビィの方に相談しよう。この反応を見るに普通に経験有りそうだし。




「えーっと、それじゃあレビィに相談に乗ってもらいたいんだけど……」

「別にいいけど、私のは多分あんまり参考にならないよ? 竜族って卵生だし」

「ヘソあるのに!?」



 なんてこった。相談相手に選んだ二人とも全く参考にならないことが判明してしまった。

 俺が頭を抱えているとアズラーンとターレスさんが空いている席に勝手に座ってきた。


「やあ、麗しき赤髪の君よ」

「帰れぇ」


 唐突に現れた王都の貴族様・・・・・・に俺は素っ気なく対応したが、全く人の話を聞いていないアズラーンはにっこりと俺に微笑みを向けるばかりだった。






「……ねえ、レビィ。やっぱり王都の貴族で押し通すって無理があるんじゃないかしら?」

「……仕方ないだろ。王都に侵入してくるのを防げないなら、馬鹿正直に正体を説明したら大混乱だぞ」






 何やらレビィとフィロメラがアズラーンを見ながらヒソヒソと話をしている。

 まあ多分、この貴族様は相当に面倒臭い立場の人なのだろう。大方、どうやって穏便にお引き取り願うか作戦会議中といったところだろうか。



「さて、話は聞かせてもらったが、エクスの"愛"を受け入れる心構えについて悩んでいるようだね」

「上品な感じの隠語なのかもしれないけど、単語が本質的過ぎて却って下品に聞こえるな」

「確かに、純潔を捧げるという行為は女性にとって期待よりも恐怖の方が大きいのかもしれない」


 アズラーンは俺のツッコミを完全に無視して続けた。エイビスもそういう所有ったけど、貴族って人の話を聞くと死ぬの? 


「だが、敢えて言おう。アリエッタ、君は何も不安に思う必要など無いんだ」

「……その心は?」


 俺はアズラーンに続きを促した。









「エクスが、君の嫌がることをすると思うのかね?」

「…………」




 ―――なんというか、本質を突かれた気分だった。




「必要なのは、愛して、信じることだよ。アリエッタ」




 結局、痛かったらどうしようとか、上手く出来なかったらどうしようなんて不安は初めから必要無かったのだ。


 どんな結果だろうと、エクスと二人で進んだ道なら最後には良い思い出として笑い合える。

 そんな風に根拠も無く信じることが出来る自分が居たのが驚きで、少し誇らしかった。




「……ああ、そうだな。ありがとうアズラーン。何かスッキリした」

「それは良かった」









 にっこりと端正な顔を無邪気に綻ばせたアズラーンが指をパチンと鳴らすと、傍に控えていたターレスさんが山の様な資料をテーブルに置いてきた。




「では、これからエクスとアリエッタがロマンチックな初夜を迎えるデートプランについて作戦会議を始めようと思う」

「…………はあ?」

「ターレス」

「はい、アズラーン様」



 アズラーンに促されたターレスさんが山の様な資料から、いくつかピックアップすると解説を始め出した。



「まずはデートの日時ですが、明後日がよろしいかと。アリエッタ様はお休みの日ですし、この日は六番通りにて小規模な祭りが開催されるようですので、露店を巡るだけでも御二人の共通の話題の入手や、距離の接近が望めるかと」

「ふむ、本当は演劇なども有れば良かったのだが、まあ仕方あるまい。悪くないチョイスだ、ターレス」

「恐縮です、アズラーン様」

「待って待って待って」



 勝手に話を進めるアズラーンとターレスさんに俺は待ったをかけた。



「どうしたのかね、アリエッタ?」

「いや、俺ってそういうのは一人でじっくり考えたいタイプというか、ハッキリ言って有難迷惑というかだな……」




 俺の言葉にアズラーンがテーブルに軽く拳を叩きつけて、上品に声を荒げた。



「我儘を言うんじゃないっ!」

「ええっ!? 俺が悪いのっ!?」






 **********






 その後、アズラーンとターレスさんにみっちりとデートプランを叩きこまれた俺は、以前にミラちゃんとリアクタが選んでくれた洋服に身を包んで、こうしてエクスとのデートに臨んだという訳である。回想終わり。




 まあ、何か紆余曲折というか縦横無尽に議論が飛躍してしまった感はあるが、俺の目的は最初から変わっていない。






 ―――エクスには何が何でも俺に手を出させてやる! 






 揺るぎない決意を胸に、俺はエクスの腕に引っ付きながら、俺史上最高に可愛い上目遣いを奴へと向けた。






「ふぅんっ!」


 エクスが突然、何やら電撃を自分の胸にぶち込んでいた。




「エ、エクスーッ!?」






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