43.新婚旅行





「おお~~、海だ~~」

「アリエッタは海を見るのは初めてだよね? 大きくてビックリしたでしょ」




 馬車の小窓から見えた海にはしゃいでいるアリエッタの隣でエクスがドヤ顔で海について解説する。かわいい。


 まあ、前世で海を見た事はあるので正確には初めてでは無いのだが、それを言うのは野暮だし、今世で海を見るのは初めてなので細かい事は抜きにして楽しむことにしよう。




 という訳で俺とエクスは新婚旅行に、とある海辺の港町にやってきたのだった。


 エクスの転移術を使えば一瞬だけど、ちゃんと普通の交通手段で来たよ。こういうのは風情が大事だからね。






 **********




 宿泊する宿に荷物を預けると、俺達は早速街の散策へと繰り出した。


 王都も立派なものだったが、流通拠点として発達したこの港町も活気で言えば王都に負けていない。

 多種多様な文化が入り乱れた独特な雰囲気に、俺が興奮気味に視線を右往左往させていると、隣でエクスが小さく微笑んでいた。



「気に入った? この街には旅の最中に何度か立ち寄ったことがあったんだけど、その時からアリエッタを連れて来たいなって思ってたんだ」



 ……それっていつ頃の話だ? 


 転移術を覚えてからは移動手段として船を使うことなんて無かっただろうから、数年ぶりに故郷に帰ってくるより前の話だよな? 

 そんな昔から俺との新婚旅行の妄想プランを練っていたエクスにちょっとだけ恐怖してしまう。まあ、好きだから許すが。



「そういえば、旅で何回か立ち寄ったならエクスの顔って割れてるんだろ? 世界を救った英雄様が来てるなんて知れ渡ったら騒がれたりしないのかな」

「そこは認識阻害の術を使ったりしてるから大丈夫だよ。それに大半の人は僕の名前は知っていても顔までは覚えていないさ」

「何でもありだな魔法。その"認識阻害"って奴使ってれば俺達は透明人間みたいになってるってこと?」

「うーん……景色の一部みたいになるというか、"視界には入っているけど僕達を注目出来なくなる"みたいな感じかな」



 ほうほう。それじゃあ……



「エクスエクス、ちょっと屈んで」

「ん、こう?」

「もうちょい低く。そうそう、それぐらい」

「アリエッタ? 一体何を……」

「んっ……」



 俺はエクスの唇に軽く触れる程度にキスをした。



「むっ……!? ア、アリエッタ!?」

「えへへ、お前上背あるから急にしたくなっても不意打ち出来ないから困るんだよね」



 エクスが顔を真っ赤にしながら、自分の唇を抑える。キスぐらいでそんなに照れるなんてかわいいが過ぎるぞ。連日、夜には俺にもっと凄い事をしてる癖に。



「こ、こんな大通りでキスするのはちょっと……いや、嬉しいけど」

「認識阻害とやらで俺達は背景の一部になってるんだろ? まあ、流石に実家周辺じゃこんなの恥ずかしくて出来ないけど、折角旅行に来てるんだからさ。人目を気にせずにイチャついてみたいんだよ。新婚なんだし」



 そう言うと、俺はエクスの腕に自分の腕を絡める。



「ほらほら、行こうぜ。まずは飯? それとも砂浜で海水浴?」

「あはは、そんなに急がなくても大丈夫だから落ち着きなよアリエッタ」






 **********






 さて、王都で売られている服飾等で分かってはいたが、この世界は中世風世界にありがちな"足や肌を出す事"への忌避感が特に無い。ミニスカとかホットパンツとか普通に売ってたしな。




「さ、流石にこれはちょっと恥ずかしいな……」




 という訳で水着も普通にビキニ的なものがあったので、海水浴をするにあたって旅行のテンションでレンタルしたまでは良いのだが、着てみたら想像以上に恥ずかしかった。


 もう10年以上この女性の身体と付き合っているのだから、いい加減女性としてのアレコレに慣れてきたつもりだったのだが、どうやらそれとこれとは話が別であったらしい。普段から露出が控えめな服ばかり着ていたので衆目に肌を晒しまくることへの抵抗感が凄い。


 しかし、いつまでもエクスを一人で待たせる訳にもいくまい。俺は意を決して更衣室から外へと踏み出した。






「おにーさん一人なんですかぁ~? 私達と遊びましょうよ~」

「いや、僕は人を待っていて……」

「えぇ~? 見てましたけど、さっきからずーっと一人で待ちぼうけしてたじゃないですかぁ。お連れさんが来るまでの間だけでいいですから~」






 エクスは何やら派手めな女性二人組に言い寄られていた。


 あの野郎、こんな可愛い奥さんを差し置いて何を逆ナンされてやがるんだ。



 一瞬で羞恥心が何処かへ吹き飛んだ俺はズンズンとエクスの隣まで歩み寄ると、彼の腕にピタリと身体を引っ付けた。



「すいません。"これエクス"、私のなんで」



 エクスが既に売約済みだと知ると、逆ナンガールズはそそくさと退却していった。フッ、口ほどにもない。



「わり、待たせちゃったな」

「ア、アリエッタ。その、あー……よく、似合ってるよ」



 エクスがマジマジと俺の水着姿を見て、たどたどしくそう言った。


 ……うーん、こいつには既にもっと凄い姿を見られているとはいえ、水着なんて普段着てない姿をじっくりと見られるのは何か照れるな。



「ん、あー、うん。ありがと。……変じゃない?」

「う、うん。その、すごく綺麗だよ」

「……そっか。よかった」



 ……ああ、俺って本当に単純だな。

 エクスにそう言われるだけで、恥ずかしいけど無理して着て良かったなんて思ってしまうんだから。



「さっ、早く泳ごうぜ。俺の平泳ぎ3級の泳法を見せてやんよ」



 俺はそう言うと、エクスを引っ張って波打ち際へ歩き出そうとしたのだが……



「……すまない、アリエッタ。5分だけ時間が欲しい」



 エクスは真顔でそう言うと、その場に体育座りをしてしまった。




 ……あ~、アレか。男の子の事情か。


 えっ、あの程度のスキンシップで? いや、確かに旅行に備えてここ数日は"夜"を控えてたけど、それにしても過剰反応じゃね? 


 男を辞めて20年近く経過してるから、そういう感覚が分かんなくなってんのかな俺。


 そんな事を考えながら、俺は真顔で水平線を見つめるエクスの隣で一緒に体育座りをするのだった。



「……あっ、そうだ。どうせなら座ってる間に日焼け止め塗ってくれない? 背中が上手く塗れなかったんだよね」

「えっ」




 結局エクスが立ちあがるまでに10分以上かかった。






 **********






「あー、楽しかった」

「うん。僕も楽しかったよ、アリエッタ」



 宿での夕食と入浴を済ませると、俺とエクスは二人用のベッドで天井を見ながら一日を振り返っていた。



「夕食のお魚美味しかったな。やっぱり新鮮な奴は違うわ」

「故郷や王都だと、干物か冷凍した奴が多いからね」


「海水浴も楽しかった。全力で泳いじゃったから明日、筋肉痛にならないといいけど……」

「そういえば、アリエッタって泳げたんだね。故郷じゃ浅い湖ぐらいしか無いけど、どこで練習したの?」

「まあ色々有ったんだよ。ミステリアスな奥さんもいいだろ?」

「あはは、なにそれ」


「明日はどうしよっか?」

「市場に行ってみない? 色んな船が来てるから珍しい物が有って面白いと思うよ」


「ねえ、エクス」

「なんだい、アリエッタ」



 俺は布団の中でモゾモゾと身体を動かすと、きゅっとエクスの手を握った。



「したいな」

「…………えっ、いや、でも、した次の日は動くの辛いって前に言ってなかった?」

「大分慣れたから大丈夫。その、最近はちょっとよくなってきたし。それに……」

「……それに?」






 ああ、クソ。


 口に出すのは恥ずかしいけど。


 でも、大事な事だからちゃんと言おう。


 一度、ゆっくりと深呼吸をしてから告げた。






「それに、早くエクスの赤ちゃん欲しいから」




「……うん、僕も欲しいな。アリエッタとの赤ちゃん」






 お互いの気持ちを確認すると、エクスが軽くキスをした後で、こちらの服に手をかけた。




「あっ、で、でも一回だけな? 流石にいつもみたいに朝までされると明日キツイから。ちゃんと新婚旅行もしたいし」

「………………好きだよ。アリエッタ」

「待って待って! そこ誤魔化さないで! ちゃんと返事しろ! 一回ねっ!? 一回っ!」






 二回された。






 **********











 そんな新婚旅行から数ヶ月の時が流れた。



 たまたま近くを通りがかったというレビィが村を訪ねてきてくれた。

 彼女は何やら手のひら程の大きさの虹色に光る円盤をアリエッタに手渡してくる。



「はい、これお土産。竜の鱗。滋養強壮に良いから、弱ってる時にすりおろして飲んでね」

「……レビィの?」

「いいや、里の長老からこっそり一枚剥いで……まあ、それはともかく大事な時期なんだから栄養付けないとね。いつ頃になるの?」

「半年後ぐらいかな。エクスが毎日難しい顔して名前考えてるよ」



 レビィにそう伝えると、俺は新しい命・・・・が宿っているお腹を軽く撫でた。






「早く会いたいなあ」






 まだ見ぬ新しい家族との生活に、胸が高鳴るのを感じる。


 男の子かな。女の子かな。


 自分とエクスのどっちに似てるかな。


 いっぱい遊んであげよう。いっぱいキスをしよう。いっぱい愛してあげよう。


 そんな事を考えるのが楽しくて仕方なかった。




 ああ、早く会いたいなあ。





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