07.夕暮れに君と

「は~、転移術ねえ…それはまた凄いものを覚えてきたな」

「まあ、移動出来るのはハッキリとイメージ出来る場所だけだから、町とかお城とか印象的な場所じゃないと難しいし、そこまで万能でも無いけどね」

「いや、十分凄いって。こいつはでかいシノギの匂いがするぜ………」




 アリエッタは少し見ない間にファストトラベルというチートスキルを習得していたエクスと喫茶店で向かい合っていた。

 まだ店番を切り上げるには早い時間だったのだが、騒ぎを聞きつけた母さんに『お店の事はもういいから、エクスくんとお茶でも飲んできなさい』と追い出されたのだ。

 どうも、母さんには『久しぶりの再会に感極まった俺がエクスを押し倒した』という風に認識されたらしい。誤解である。


「しかし、でかくなったなあ、お前。5年前はまだ俺の方が身長勝ってたのに」


 久しぶりに再会したエクスは、俺より頭一個分巨大化していた。

 全体的に筋肉も付いていて体格も立派になっている。息子の目覚ましい成長にパパ感激である。


「そりゃあ男なんだから、5年も経てば女の子の君よりは大きくなるさ。

 …えーっと、その、アリエッタは………綺麗になったね」

「ははは、ありがとよ。お前も中々の男前になったぜ。

 昔はカワイイ系だったが、今は正統派の白馬の王子様って感じだ」


 エクスの奴め、下手糞なお世辞を言いやがって。

 俺もそういうのは、あんまり得意じゃないが、エクスは普通に美男子に育ったので気を遣わなくて済む。


 あっ、エクスの奴。俺が直球で褒めたから照れてやがるな。愛い奴め。






 さて、5年前はあれだけこいつのヒロインルート入りを警戒していた俺が、その当人と和やかに歓談中な事には勿論理由がある。




 見ての通り、エクスは美形だ。

 この外見の平均レベルが異様に高い異世界においても、おれの贔屓目なしに、間違いなくハイレベルなルックスを持っている。


 そして、再会してからこれまでの俺に対する態度から察するに、5年前と変わらず礼儀正しく紳士的な男である。


 オマケにこいつは人類の希望。救世の英雄である勇者様だ。

 子供がチラシの裏に描いたラクガキみたいな『僕の考えた最強の主人公』を地で行く存在である。




 そんな超優良物件を世の女達が放っておくか?否である。


 この5年間でエクスは間違いなく恋人を作っている。

 何なら、その相手はパーティーの仲間達の誰かかもしれない。


 俺が直接面識があるのは、悪いおっぱいことフィロメラだけだが、他の勇者一行の仲間達も美男美女揃いであるらしい。新聞に書いてあった。

 こんな最強主人公と長い時間を一緒に過ごしているのだ。さぞや好感度が上昇するイベントも盛り沢山だったことだろう。

 やはりヒロインはパーティーメンバーの中から選ぶのが王道である。




 つまり、俺はもうエクスのヒロイン対象外であるということだ。


 唯一、俺が再びヒロイン化させられる可能性といえば、こいつが出会った女を全て食い散らかすハーレム野郎だった場合だが、まあそれは無いだろう。


 エクスは誠実な奴だ。複数のヒロインの間で優柔不断に揺れ動くラブコメ野郎じゃないことは、幼い頃から後方父親面をしてきた俺には分かる。


 自分が愛すべき人間を決めたら脇目も振らずに、その一人にだけ愛を注ぐはずだ。






 自分で言ってて、俺はこいつのヒロインに選ばれかけたことに恐怖した。

 こんなん一回乗ったらエンディングか死まで途中下車出来ないジェットコースターじゃねえか。




 …まあ、今の俺には関係ない話である。

 俺は元々、エクスの事を嫌って距離を置こうとしていた訳ではない。

 こいつの勇者とかいう主人公特性が、俺が望むモブキャラライフと致命的に相性が悪かったから、止むを得ず対処していただけなのだ。

 ヒロインフラグが完全に折れた今は、パパとして勇者という超ブラックな職業に就いてしまった息子を思う存分甘やかす所存である。

 5年間もの間、エクス不在で行き場を失っていた俺の父性は爆発寸前だった。




「それで、どれくらいこっちに居られるんだ?転移術とやらで移動時間はかからないんだし、ゆっくりしていけるんだろ?」

「いや、それが明日の朝には帰らないといけないんだ」

「おいおい、もう夕方だぞ?ハードスケジュール過ぎないか?」


 久しぶりの再会だというのに、俺とエクスが一緒に過ごせる残り時間は半日も無かった。

 これでは積もる話は積もりっぱなしだ。俺が不満げに唇を尖らせると、エクスは困ったように苦笑した。


「ごめんねアリエッタ。でも、今日も本当だったら王城へ冒険の報告をしに行かなきゃいけなかったんだけど、仲間に丸投げして村に来ちゃったんだ」

「そうなのか?まあ、お前も立場が有るだろうから無理にとは言えないが…」


 考えてみれば、平民出の英雄なんて、こんな中世ファンタジー世界では貴族だの政治家だのに最も嫌われる存在じゃないか。

 俺が引き留めることで、王都でのエクスの立場が悪くなってしまったら大変だ。今回は大人しく引き下がることにしよう。




 ………ん?俺は妙な事に気づいた。




「お前、そんだけ忙しいのに、今日はどうして村に来たんだ?」


 考えてみれば妙な話である。

 この村に家族や恋人が居るならともかく、エクスの一家は今は全員王都で暮らしているし、恋人だって向こうに居るはずだ。

 それが、何で急に5年ぶりにこの村を訪ねて来たんだ?


「うっ…いや、その………それは………」


 俺の当然の疑問に、エクスは言葉を詰まらせた。

 しかし、数秒の間の後に何かを決心したような真剣な眼差しで俺を見つめる。


 そのただならぬ雰囲気に、俺は居住まいを正した。




「………アリエッタに逢いたかった。それだけじゃ、理由にならないかな?」






 何言ってんだこいつ。


 突然、意味不明なことを言い出したエクスに、俺は胡乱な目をしてしまう。




 ………あっ。俺は全てを悟った。


「…察しが悪くてすまん、エクス。もっと早く気づいてやるべきだったな」

「アリエッタ…」


 俺は椅子から立ち上がると、テーブルの向かいに座っていたエクスの隣に立った。


「アリエッタ…?」


 椅子に座っていることで、ちょうどいい高さにあったエクスの頭を俺は胸に抱きいれた。


「わぷっ!ア…アリエッタ!?」

「大丈夫だ。パパは全部分かっているからな…!」


 突然のスキンシップに慌てるエクスを、俺は赤子をあやすように優しく背中をトントンしてやる。




 俺がエクスという父性の発散先に飢えていたように、エクスもまた俺という父性に飢えていたのだ。


 俺より体がでかくなったとはいえ、エクスはまだ17歳。

 前世分の人生経験が有る俺から見れば、まだまだお子様である。

 そんな子供が世界の命運をかけて、日夜命がけの戦いをしているのだ。

 精神的な重圧から、俺という第二の父に愛情を求めてしまうのも仕方ないというものだろう。


「よーしよしよしよし」


 久しぶりの親子の触れ合いにテンションが上がってしまった俺は、ワシャワシャとエクスの頭を撫でくり回した。


「ア…アリエッタ!これ違う!君は絶対に何か勘違いしてる!」


 流石に照れくさいのだろう。エクスはパパの愛情を素直に受け取ってくれない。

 だが、俺は知っている。エクスが本当に嫌だったら、貧弱なモブ村娘の俺の抱擁など簡単に引き剥がせることを。

 つまり、この拒絶はポーズだ。ククク、口では嫌がっていても身体は正直だなァ~?

 俺のスキンシップは更に白熱していく。


「ア、アリエッタ!人っ!人が見てるから…!やめっ………やめろォーーー!!」






 **********






「出てけ」


 俺とエクスはひとしきり馬鹿騒ぎをした後に、喫茶店の店主に追い出された。

 ついでに俺はエクスからも説教をされてしまった。しゅん。


「全く………まさかとは思うけど、アリエッタは誰に対してもあんな感じなの?」

「そんな訳あるか。あんな事するのはエクスだけに決まってるだろうが」


 俺はエクスのパパではあるが聖人ではない。

 見ず知らずの他人にまで愛情を注ぐつもりは無いのだ。


「そ、そっか。僕だけか。ふーん」

「なあ、それよりも何処に向かって歩いてるんだ?」


 店を追い出されてから、流れでエクスの隣を歩いていたが、こいつは今どこに向かってるんだ?


「ああ、帰るのは明日の朝だから宿で部屋を取らないと」

「ちょっと待て。お前、宿に泊まるの?」

「まあ、転移術を使えばすぐに王都には帰れるけど、折角だから明日の朝まで村に居ようかと思って…」

「そうじゃなくて、うちに泊まってけよ。さっきは店を開けてたからゆっくり話せなかったけど、母さんもエクスの話を聞ければ喜ぶからさ」

「ア、アリエッタの家に…?いや、急だったし…おばさんも迷惑じゃないかな…」


 何を遠慮してるんだこいつは。

 昔はよくお互いの家にお泊りしたというのに。


「迷惑なんかじゃ無いって。ちょうど今、父さんは仕入れで村に居ないからベッドも空いてるし。

 ………それとも、嫌だったか?」

「うっ………」


 俺は情に訴えることにした。

 エクスは昔からパパ想いなので、俺がちょっと悲しそうな顔をするとすぐに折れるのだ。


「…分かったよ。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

「よっしゃ。それじゃあ、帰りがてら夕食の材料も買ってくから、商店街寄ってくぞ」

「…アリエッタって料理出来たっけ?」

「母さんに『立ち振る舞いはもう諦めたけど、女なんだからせめて料理ぐらい出来るようになれ』って、無理やり修行させられたよ。食えない物は出さないから安心しろ」


 そういえば、この世界の飯は文明レベルに合った感じの比較的質素な食事なのだが、特に味に不満を感じたことは無かったな。

 転生した際に味覚も現地人ナイズされたのだろうか。






 夕暮れの道をエクスと二人で歩いていく。

 何だか5年前に戻ったようで、俺は懐かしさと同時に、隣を歩くエクスの成長にほんの少しの寂しさを感じていた。




「あっ………」


 俺は見覚えのある光景に、思わず足を止めてしまった。


 そうだ。ここは5年前にエクスが俺に白い花の髪飾りをプレゼントしてくれた場所だ。




「5年後に俺よりも身長が大きくなってたら、か………」


 幼かった頃の、他愛もない約束の記憶。

 多分、エクスはもう忘れているだろう。


 不意に立ち止まった俺に、エクスが振り返る。


「…アリエッタ?どうしたの?」

「………いーや、なんでもねえよ」


 俺は再び、エクスの隣を並んで歩いた。

 5年前は俺がエクスの顔を見下ろしていた筈なのに、今は見上げないとエクスの横顔が見えなかった。




「………身長、抜かれちまったな」




 呟くような言葉に、どんな感情が込められていたのか。


 それは俺自身にも分からなかった。



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