02.さよならモブキャラ生活

 さて、それでは状況を整理しようか。


 話は俺がオークの返り血でスプラッタになったエクスに手を差し伸べられた日の朝まで遡ることになる。





 **********




 早朝、小鳥の鳴き声で目を覚ますというベタな形でその一日は始まった。




 鏡に映っている少女の名前はアリエッタ(12歳)。


 つまり、俺こと山田太郎(享年30歳)である。


 特殊な能力も持っていなければ、ステータス画面の閲覧等も出来ない、360度どこから見ても極々平凡な一般村娘である。


 初期ボーナスと言えば、前世である現代日本での記憶がまるっと残っている点ぐらいか。

 まあ、余計なスキルは揉め事の種なので要らんとタコさんに言ったのは俺なので、そこは別に構わない。


 前世とは性別が変わっているが…まあ、もう一回男をやる事になるかは50%の確率だった訳だし、そういう事も有るだろう。





 顔の造りは、まあ悪くない。

 というか美少女である。

 前世の現代日本だったなら、アイドルとかやっていても何もおかしくない程度には高レベルな顔面偏差値だろう。


 だからといって、俺が周囲から蝶よ花よと愛でられたり、男からの求愛が絶えないとか、そういった事は一切ない。

 何故なら、俺が転生したこの異世界は基本的に美男美女しか存在しない、外見の平均レベルが異様に高い世界だからだ。

 村を歩いていてすれ違う一般人ですら、前世の世界でいうアイドルに勝るとも劣らないルックスを持っているのだ。

 ベテラン俳優みたいな激シブなおっさんが田んぼの世話をしているのを見た時は、ちょっと笑ってしまった。


 この世界基準での美形となると、おそらく常に背景に華が咲き乱れてたり、後光が差してたりするのだろう。

 俺程度の外見は普通に十人並である。


 強いて俺の外見的な特徴を挙げるとしたら、その髪だろうか。

 金髪や栗毛の人間が多い中で、俺は燃えるような赤毛を肩まで伸ばしていた。

 まあ、どピンクとかよりはマシだろうと思う程度で大して気にはしていない。

 幸いにも、それを理由に迫害してくるような人間も周囲に居なかったしな。


 寝起きで腑抜けた顔と寝ぐせを冷水でパパっと整えたら、俺は今世の母親から弁当を受け取った。


「はい、お弁当よ。中にクッキーも入っているから、おやつにエクス君と分けて食べなさいね」

「おう、サンキュー母さん。エクスの奴も喜ぶよ」

「アリエッタ………貴方も今年で12歳なんだから、その男の子みたいな口の利き方は…」

「分かってるって。そんじゃ、いってきまーす」


 母親の小言が長くなりそうな雰囲気を察して、俺は逃げるように家を出発した。

 少女として、この世界に転生してから10年以上の年月が経過したが、立ち振る舞いやらを女性らしくするのは、やはり抵抗感があった。

 四半世紀以上も男として生きた記憶がハッキリと頭に残っているのだから、仕方ない部分もあるだろう。

 性的な嗜好だって、未だに普通に女が好きだしな。


 すれ違う村人達に適当に朝の挨拶をしながら歩いていると、10分程度で目的地である教会に到着した。


 人類の勢力圏の中心地から少し離れた、所謂田舎である俺の故郷では学校などの施設が無い代わりに、教会で子供に読み書きやらを教えているのだ。

 この世界では、当然ながら日本語でも英語でもない不思議言語が一般的だったので、数学的な勉学等はともかく、こちらの方は一から勉強し直しである。


「おはようアリエッタ」

「おはようございます神父様」


 教会の中に入ると既に何人かの子供が椅子に座っていた。

 俺は最前列の定位置。あいつの横の席にカバンを置いた。


「よっ、エクス」

「お、おはよう。アリエッタ………」


 内気そうな少年が俯いて小さな返事をする。

 触り心地の良さそうなサラサラの金髪に、吸い込まれるようなエメラルドグリーンの瞳を持つ美少年。

 彼の名前はエクス。俺のお隣さんで今世の幼馴染である。


「こんにゃろ。挨拶する時は相手の顔を見るもんだろーが」

「あわわ、や、やめてよアリエッタ…!」


 俺はエクスの両頬をホールドすると、無理やり顔をこちらに向けさせた。


 少年の顔は林檎のように真っ赤になっていた。


 言っておくが、これはいじめの現場ではない。

 俺とエクスの関係は極めて良好だ。生まれつき内気で引っ込み思案だったエクスを、俺は何かにつけて遊びに誘ったり、買い物に連れ出したりしたものだ。


 多分、これは父性というものなのだろう。

 前世の俺は三十路のサラリーマン。エクスぐらいの年齢の子供が居てもおかしくは無かったのだ。


 では、良好な関係を築けているエクスが何故、俺にこのような態度をとるのかというと、理由は明白だ。






 この少年は昨日、俺にプロポーズをしてきたのだ。




 **********




 いつも通り、エクスを買い物に連れ出した帰り道。

 奴は俺に髪飾りをプレゼントしてきた。

 ちゃちな細工の玩具みたいな物ではあったが、決して多くはないであろう小遣いをやりくりして俺に買ってくれたのだ。

 俺は泣いた。もちろん嬉し泣きだ。

 ああ、息子が父の日にプレゼントを用意してくれた時の父親の気持ちはきっと、こんな感じなのだろうなあ………


 突然、泣き出した俺に慌てふためくエクスに、俺は涙をぬぐって精一杯の笑顔を作って感謝の言葉を告げた。


「ありがとうエクス…これ、一生大事にするから………」


 俺は息子からプレゼントされたネクタイを身に着けるように、万感の思いを込めて、白い小さな花を象った髪飾りを装着した。


「どう?似合うかな?」


 俺はエクス………いや、精神的には息子のコメントを待った。

 すると我が息子はガッと俺の両肩を掴んできた。

 そして、真剣な眼差しでこう言ってきたのだ。




「ア…アリエッタ…!僕と結婚してください………!」




 んん~~~?何かおかしなことになってきたぞ?




 これは何かの冗談か?いや、エクスはそういうキャラじゃない。

 ということはガチの奴かこれ。


 うーむ。参ったな………

 確かにエクスは良い奴だ。見た目だって悪くない。

 きっとショタキャラが好きなお姉さまかホモだったら星五つのレビューは間違いなしだろう。

 だが俺はお姉さまでも無ければ、ホモでもない。

 何より俺にとってのエクスは愛すべき息子キャラなのだ。

 俺の息子を、見た目は女だが中身が三十路のオッサンというキワモノ(俺)にくれてやる訳にはいかんのだ。


 しかし、ここでバッサリと断ってしまっても良いのだろうか?


 恐らくは、これがエクスの人生で初めての告白だろう。

 それを大失敗で終わらせては、今後の長い人生での消えないトラウマになりかねない。


 ならば、俺が息子の為にしてやれること………

 そう!曖昧な感じで返事を先延ばしにしてうやむやに自然消滅を狙うことだ!!


「ていっ」

「あたっ!ア、アリエッタ………?」


 俺はエクスにデコピンを喰らわせた。


「エクスは先走り過ぎ。俺もお前もまだ12歳なんだぞ?結婚なんて早すぎるっての」

「うう………」

「………だから、五年後」

「えっ?」

「五年後にエクスの身長が俺よりも大きくなってたら、さっきの話考えてあげる」

「そ、それって………」


 俺の言葉をどう解釈していいのか混乱しているエクスに、もう一発デコピンを喰らわせると、俺はエクスの前を歩き出す。


「さあ、早く帰ろうぜ?あんまり遅いと母さんにエクスに迷惑かけんなって叱られるからな」

「う、うん………」




 必殺、五年殺し………!


 子供の恋心なんてものは移ろいやすいもの。

 明確に返事をすることは避けて長期間、間を空けることで、いい感じにうやむやにしてしまう奥義である………!




 5年も経つ頃には、エクスもきっと今の約束なんて忘れて彼女でも作っていることだろう。

 お互い爺と婆になった時にでも縁側で思い出して、笑い話の一つにでもすればいいさ。




 **********




 ………とまあ、こんな感じの出来事が有ったのである。回想終わり。


 俺は何も気にしてはいないが、純情少年であるエクスとしては、愛の告白の返答がふわふわしている状態の俺に対して、どう接していいか分からなくて混乱しているのだろう。


「………あっ、アリエッタ。その髪飾り………」

「ん?どうだ、イカしてるだろ?」


 俺は昨日、愛すべき息子からプレゼントされた髪飾りを自慢げに見せつけた。

 もう毎日身に着けるし、ボロボロになってしまったら装飾職人に修理の依頼をするつもりである。


「アリエッタ。その…昨日のことは………」

「はい、ストップ。五年後って言っただろ?それまで、その話はしない事。オッケー?」


 俺はエクスの言葉を封殺すると同時に授業が始まる時間となった。

 エクスはまだ何か言いたそうだったが、神父様が話し始めると、大人しく授業を受けるのだった。


 すまんエクス………だが、パパはお前ならもっと素敵な女性を見つけられるって信じてるからな………!






 そして、教会での授業が終わった帰り道。

 俺とエクスは帰ったら、何をして遊ぼうか等と話しながら歩いていた。


「…ん?」

「どうしたの、アリエッタ?」

「泣き声、聞こえなかったか?」


 俺は微かに聞こえた子供の泣き声の発生源を探す。

 すると、古びた小屋の裏手で幼女がうずくまって泣いていた。

 広くない村なので、大抵の人間は顔見知りだ。

 この幼女の名前は確かミラちゃん。

 村で唯一の本屋を経営している一家の娘さんだ。


「ミラちゃん。どうしたんだい?」


 俺はしゃがみ込んで、幼女と目線の高さを合わせて話しかける。


「うえっ…ぐすっ…ペスが…ペスがいないの………」

「ペス?」


 泣きじゃくる幼女から何とか話を聞き出すと、小屋で世話をしていた子犬がここ数日間に渡り、幼女の前に姿を見せていないとのことだった。


「分かった分かった。お姉ちゃんがペスを探してきてやるから。な?」


 俺が安請け合いをすると、エクスが慌てた様子で割って入る。


「ちょ、ちょっとアリエッタ。大丈夫なの?」

「仕方ないだろ。ギャン泣きしてる幼女から無理やり話を聞いといて、そのまま無視して帰る訳にはいかないだろ」

「でも、探すって言ったって…」

「多分、村の中にはいないだろうな。となると………あっちだろ」


 俺は小屋の裏手にある森林を指差した。


「大丈夫だって。この辺りは俺の庭みたいなもんだし、少し探してみて、手に負えないと思ったら戻って大人に相談するから。エクスはここでミラちゃんと待ってて………」

「アリエッタに何かあったらどうするつもりなんだ!どうしても行くって言うなら僕も一緒に行くからね!」

「お、おう………わ、分かった。それじゃあエクスも付いてきてくれ」


 突然、怒鳴るように声をぶつけられた俺は、エクスの同行に思わず頷いてしまった。

 うーん、本当に一人で大丈夫なんだがな………仲間外れみたいで嫌だったのか?


 俺たちはミラちゃんにすぐ戻るから待っているように告げると、森の中へと足を踏み入れた。




 森とはいっても、真っすぐ歩いていれば30分もせずに反対側に抜けてしまうような小さな奴だ。

 間違っても遭難なんてしないし、子犬が見つからなくても日暮れ前には撤退するつもりだったので、俺は何の心配もしていなかった。






 その認識がどれほど甘かったのか。

 俺はすぐに知ることになる。

 ここは前世の日本とは違うということを本当の意味では理解していなかったのだと。




 **********




 子犬を探し始めてから一時間程度が経った頃だろうか。


 嫌な臭いを感じた。前世では嗅いだことの無い臭いだった。


「アリエッタ…?」

「エクス、静かにしろ。嫌な感じがする………」


 視線の先にある大岩の影。臭いの元は恐らくそこだ。

 耳をすませば、ピチャピチャと水っぽい音も聞こえる。


「エクス………ゆっくりでいい。村に戻るぞ。絶対に音を立てるな」

「う、うん………」


 何かを見た訳では無いが、確信がある。

 あそこにいる"何か"に俺達の存在を感づかれれば命は無いと。


 俺達は細心の注意を払って、ゆっくりと大岩から離れていく。






 この期に及んで、俺の認識は未だに甘かったのだ。

 今なら、まだ逃げられると本気で思っていたのだから。





 轟音。

 大地を揺らす振動と、突風が目の前を駆け抜けたかと思うような衝撃。

 気が付くと、俺達の退路を塞ぐようにして"それ"は立ち塞がっていた。

 奴はとっくの昔に俺達の存在に気づいていたのだ。




 5m以上はある見上げるほどの巨躯。

 悪意をもって改造された豚のような醜悪な外見。

 吐き気を催すような臭気。


 一目見ただけで分かる。これは人類の敵だ。

 これが、魔物か。




 奴の口の端に何かぶら下がっているのが見える。

 それは、子犬の―――




 俺は腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。

 本能が察してしまったのだ。もう助からないと。


「エ、エク…エクス………に、逃げ………逃げろ………」


 辛うじて動く口は、意味をなさない音しか発せなかった。


 俺は救いようのない大馬鹿だ。


 この世界と安全な現代日本の違いを理解せず、挙句の果てに何の罪もない少年まで巻き添えで死なせようとしている。


 魔物が腕を振り上げる。

 筋肉で膨れ上がって、丸太のようになったそれは、子供二人の命など簡単に踏みにじれるであろう暴力の権化だ。






 死の恐怖に震える俺をエクスが抱きしめてくれた。


 馬鹿野郎、さっさと逃げろよ。俺は実質30+12歳のオッサンだけど、お前はまだ子供じゃねえか。俺なんかと一緒に死んでいい訳無いだろ。


 本当にお前ときたら、呆れ返るぐらい良い奴だよ。エクス。






 ああ、こんなことならタコさんから戦闘能力ぐらいは貰っておくべきだっただろうか。


 何の特殊能力も持たない村娘を選んで死ぬのは俺の責任だが、それでエクスが死ぬのは耐え難かった。


 風切り音と共に魔物の腕が振り下ろされる。


 死の間際、懺悔するように俺は一言だけ呟いた。






「エクス…死なないで………」






 目を閉じて最期の瞬間を待った。




 だが、いつまで経っても、その瞬間は訪れなかった。


 俺は恐る恐る目を開けた。


「えっ………」


 目の前には正中線に沿って、右半身と左半身が綺麗に切り分けられた魔物の死骸。

 そして、その返り血で血まみれになっているエクスが立っていた。


「アリエッタ…」


 エクスは腰を抜かして地面に座り込んでいる俺に手を差し伸べた。


「声が聞こえたんだ。大事なものを守れって。

 ………僕の大事なものは一つだけだから、迷わなかった。

 アリエッタ。僕は君を守りたい。

 きっと、僕はその為に生まれてきたんだ」











 どうしよう。息子が毒電波を受信してしまったようだ。






 待て待て待て。冷静になれ俺。

 まずは、この状況を分析するんだ。






 1.平凡な少年が絶体絶命のピンチに怪しげな力を覚醒させた。

 2.少年には何やら胡散臭い天の声が聞こえるらしい。

 3.少年は覚醒した力で好いている女性(俺)を守ると宣言した。






 あっ、やばい。こいつ多分、勇者ポジションの存在だ。


 そして、あろうことかエクスは俺をヒロインに仕立て上げようとしてやがるぞ。

 一生モブキャラとして平穏に暮らそうとしているこの俺を………!!


 俺はこれまでの自分の行動を、脳内のスクロールバーを上に動かして振り返ってみた。






 うーん、これはヒロインですね。間違いありません。






 アホか!知らなかったとは言え何をやってるんだ俺は!?

 勇者のヒロインなんて平穏から一番遠いポジションの一つだわ!

 俺の灰色の脳細胞がフル回転して、今後予想される展開の一部を垣間見せた。



 ◆パターンA

 勇者への人質として敵に囚われる。最悪、変な生き物に改造されたりする。


 ◆パターンB

 パーティーメンバーに組み込まれて激戦区に駆り出される。最悪、途中で死ぬ。


 ◆パターンC

 勇者への見せしめとして村ごと敵に滅ぼされる。死ぬ。




 駄目っ………!

 一つも無い………!平穏に暮らせる可能性………!




 エクスにヒロインとして扱われる=俺の平和な日常が崩れ去るという図式はほぼ間違いないだろう。

 ならば、解決策は一つ………




 エクスのヒロイン対象から俺が外れること………!それが勝利条件………!






 残念だよ。エクス………

 俺は、お前のことを本当の息子のように思っていたのに、こんなことになるなんて………


 だが、俺は俺の目的に為に、お前と対峙することを厭うつもりは無い。

 俺は何が何でもモブキャラを貫き通して見せる…!

 そして、お前には俺以外のヒロインを見つけて添い遂げてもらうぞ………!




 俺はエクスに見えないように俯きながら、ニチャアと邪悪な笑みを浮かべた。




 この瞬間から、俺を物語のヒロインにしようとするエクスと、死ぬまでモブキャラを貫きたい俺の熾烈な戦いが始まるのだった………!






 あっ、すいません。

 それはそうと腰が抜けて立てないので、おんぶして貰ってもいいですか?



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