11.惨劇の館
「………んむぅ…おっ、王都に着いたのか」
「…俺が言うのも何だが、この状況でよく寝れるなお前」
エイビスの突っ込みを無視しつつ、
馬車の旅は思いの外、快適であった。
この異世界ぐらいの文明レベルだと、馬車での長旅は地獄のような環境だと、前世での聞きかじりの知識が有ったのだが、金の力なのか魔法の力なのか、車内は大した揺れもなく、乗り心地は前世の自動車や新幹線と大して変わらないレベルであった。
おまけに目の前の誘拐クソ野郎と会話が弾む訳もなく、ぼんやりと窓の外を見ているだけでは眠くなるのも仕方ないというものだろう。
「あとどれくらいで目的地に着くんだ?」
俺は御者をしている意外と紳士的なごついおじさんに声をかけた。
「あと10分程です。アリエッタ様」
「様とか止めてくれよ。俺ただの平民だぞ?」
「エイビス様の妾とあらば、並の貴族よりも強い権力をお持ちになられるかと」
「…とりあえず"様"は止めてくれ。呼び捨てが無理なら、せめて"さん"とかで」
「申し訳ありませんが、出来かねますな」
「融通が利かないおじさんだなー」
だが、職務に忠実そうな感じで俺的に好印象である。渋い軍人キャラみたいだ。
そして、そんな俺とおじさんの会話を恨めしそうに見つめる馬鹿貴族が一人。
「…なんで、俺よりそいつの方と仲良さげなんだ」
「俺は年上趣味なんだ」
俺は適当なことを言った。
こいつとまともに会話する気など無いからだ。
目の前の馬鹿貴族に、直接的に手を出すことが出来ないので、腹いせとばかりに俺はおじさんといちゃつくことにした。
「なあなあ、おじさん。名前教えてよ名前」
「私の名前など、お聞かせする程のものでは」
「こっちは名前知られてんのに、俺はおじさんの名前知らないとか不公平だろー。なーなー教えてくれよー」
「もうすぐエイビス様のお屋敷です。お座りくださいアリエッタ様」
「なーおじさん、こっち向いてよー。なー」
俺はもう名前も知らないおじさんにメロメロである。
だが、そんな俺とおじさんの楽しいおしゃべりの時間は終わりのようだ。
馬車がアホみたいにデカイ屋敷の前で止まった。どうやら目的地に到着してしまったようだ。
「さあ、来いアリエッタ。今日からここがお前の暮らす場所だ」
先に馬車から降りたエイビスが、俺に手を差し出す。
当然のように俺はそれをスルーして馬車から一人で降りる。
「き…貴様………自分の立場というものを………」
「おお…」
俺は目の前の屋敷の壮観に思わず声を上げてしまう。
映画やゲームでしか見た事ないような豪奢なお屋敷だ。
ツボとかタンスを漁ったらきっとレアアイテムが出てくるだろう。
屋敷の外観に見惚れている俺に、エイビスが自慢げに語りかけてきた。
「ふふん、どうだ。これがこのエイビス=クベイラの屋敷だ。
外観の優美さでは、父上の屋敷にも劣らぬと思っている。中々のものだろう?」
「ああ、すげえな」
俺は素直に認めた。良いものは良いのだ。
すると、エイビスが意外そうな顔をした。
「…なんだ、そういう素直な態度も取れるんじゃないか」
「俺を何だと思ってるんだ。それよりも、ここに住んでるのってお前だけなのか?家族は?」
「………父上と兄上は別の屋敷で暮らしている。ここに住んでいるクベイラ家は俺だけだ」
…あっ。こいつ多分、家から見捨てられてるな?
見るからに才覚とか無さそうだもんな。
俺は急に、こいつに少しだけ優しくなれそうな気がした。
まあ、俺を拉致した事実は変わらないので、許すつもりはないが。
「ついてこいアリエッタ。お前の部屋へ案内しよう」
**********
「それでは、アリエッタ様。何か有ればいつでもお声掛けくださいませ」
俺は本格派のメイドさんで目の保養を済ませると、広々とした個室に一人取り残された。
「…さて、どうしたものかな」
多分、警備はそこまで厳重ではない。逃げようと思えば不可能では無いが…
「逃げた後に何処へ行くのかって話だよなあ…」
こんな屋敷を持っているんだ。エイビスがとんでもない権力を持っているというのは多分本当だろう。
ここを逃げ出して何とか故郷に帰れたとしても、すぐに連れ戻されてしまうだろう。
故郷ではない何処かへ逃げたとしても、俺に逃げられた腹いせに両親が何をされるかなんて想像したくもない。
…薄々分かっていたが、目を付けられた時点で俺は詰んでいたのだ。
「…こんなことになるんだったら…」
よく知らない好きでもない男の愛人にされるぐらいなら、エクスの好意を素直に受け入れておくべきだったのだろうか。
夕焼けの中で見上げた、逞しく成長したエクスの横顔が脳裏をよぎった。
俺は全力で頭を壁に打ち付けた。
「違う違う違う!俺はノーマルだ!そもそも男に貞操を奪われるという時点でありえねェーーー!!」
精神が肉体に引っ張られている現状に俺は恐怖した。
前世の半分程度しか生きてないのに思考回路がメスに塗りつぶされていくのは屈辱的である。
「うるさいぞ!一体何をやっている!」
俺の慟哭を聞きつけたのかエイビスが部屋にやってきた。ノックぐらいしろ。
そして、奴は俺の姿を見て固まった。あんだよ。
「………いいじゃないか」
エイビスの視線が俺を爪先から頭まで舐めまわした。おぞましい。俺は鳥肌が立った。
「女というのは恐ろしい。少し手を加えるだけでここまで変わるのだからな」
…ああ、今の俺の格好の事を言っているのか。
屋敷に通された俺は本格派のメイドさん達の手によって、改造手術を受けたのだ。
化粧にヘアメイク、THE・モブキャラといった風情の村娘服は剥ぎ取られて、肩がガバッてなってるドレスなんぞを着せられてしまったのだ。動きづれぇ。
「…ふむ、夜まで待つつもりだったが…気が変わった」
エイビスが部屋のドアを閉めた。
やめろやめろ、後ろ手で鍵をかけるんじゃない。
奴は俺に近づくと、腰に手を回して抱き寄せてきた。
「まだ外は明るいが、その方がお前の顔と髪を楽しめるというものだ」
「ひぃぃ~~~鳥肌がァーーー」
臭いセリフと男の顔が至近距離にある状況が嫌すぎて俺は涙目になる。
しかし、エイビスはそんな俺を大層お気に召したご様子で、俺のことをヒョイと抱えるとベッドへとリリースした。
「待て待て待て!夜にしよう!夜がいい!」
俺はベッドの上をズリズリと後退しながら、引き延ばし工作を謀った。駄目だった。
「無駄な抵抗はよせ。初めてというわけでもあるまい、エクスよりも楽しませてやるから安心して………」
「アホかー!こんなこと初めてに決まってんだろうがァーーー!」
俺の初めて宣言にエイビスが固まった。おや、効果アリ?
「…初めてなのか?エクスと一夜を共にしたことはまだ無いと?」
「有る訳ねえだろ!エクスどころか他の誰とも………その………アレだ………とにかく何もしたことはねえよ!」
しばしの間、エイビスは固まっていたが、やがてその顔に深い笑みが刻まれる。
「最高じゃないか!エクスの女の初めてを俺が奪うんだ。あの勇者よりも先に!この俺が!」
「お前もうそこまで行ったらホモだよ!屈折したホモだよ!」
俺は目の前のホモに悲鳴を上げるが、テンションマックスになったホモは止まらない。
ベッドの端に追い詰められて逃げ場を失った俺にエイビスが唇を近づけてくる。
俺は現実とホモから目を背ける為にギュッと瞼を閉じた。
「………エクスッ………!」
俺が小さく呟いたその時、部屋の扉が激しく叩かれた。
えっ。もしかして、本当にエクスが…?
「エイビス様!緊急事態です!」
知らないおじさんだった。
…まあ、知らないおじさんでもいいか。
知らないおじさんの妨害にエイビスは露骨に苛立った声を上げる。
「取り込み中だ!後にしろ!」
「侵入者です!何者か分かりませんが、警備の者達が次々と襲われています!」
「なに…」
何やら物騒な事になっているようだ。
流石にエイビスも冷静になって、一旦俺の上から退いてくれた。
「どういうことだ。賊か?それとも魔王軍か?」
「詳細は掴めておりませんが、とりあえず死傷者は出ておりません。皆、一撃で気絶させられたようで…相当な手練れです」
「ただの強盗では無さそうだな…」
「とりあえずエイビス様とアリエッタ様は、部屋に鍵をかけて外に出ないように………な、何っ!?貴様は………!」
おおっと、扉の外で何やらイベントが発生したようだぞ。
「ぐわあああーーー!」
し、知らないおじさーーーん!
扉の外で人間が倒れたような音がした。多分、人間が倒れたんだろう。
「ど、どうした!何があった!?」
焦った様子で、エイビスが扉の外にいたおじさんに声をかけるが、返事は無い。
…つまり、扉の外におじさんを倒した侵入者が居るということだ。
ごくり、とエイビスが生唾を飲む音が静かな室内に響く。
「…だ、誰だ…?」
エイビスが扉の向こうに居る侵入者に声をかけた。
バガンッ!!
次の瞬間、頑丈そうな扉の板が剣によって引き裂かれた。
「エイビスくぅ~~~ん………」
扉に出来た裂け目から、にゅっ、と一人の男が顔を出してきた。
「お客様だよ!!」
「ぎゃーーー!シャイニング!?」
俺とエイビスは恐怖のあまりお互いに抱きついてしまった。
…っていうかエクスじゃん!何やってんのこいつ!?
はっ、エクスがこっちに気づいたぞ。
「ア、アリエッタ………」
「お、おう。俺だ………」
「………綺麗だ………」
いや、今はそういうのいいから。
エクスは扉の裂け目からじっとこちらを見つめてくる。怖い。
「ざ、残念だったなエクス!アリエッタは俺のものになったんだ!もうお前の出る幕は…」
おおっと、止めときゃいいのに馬鹿が突っ込んでいったぞ。
ヒュッと馬鹿の横を何かが通り抜けた。
多分、馬鹿の背後に突き立ったナイフがその正体だろう。
「僕は今アリエッタと話しているんだ。どうして邪魔をするんだ?どうすれば君は静かにしてくれるんだ?僕はナイフをあまり使わないから手持ちが少ないんだ。出来れば全部使い切る前に静かにしてくれると助かるんだけど出来るかな?出来るよね?ああ、返事はしなくていいよ。ただ黙っていてくれればそれでいいんだ。お喋りな君にはちょっと難しいかもしれないけど頑張ってみてほしい。君なら出来る」
エイビスは完全に沈黙した。
…さて、俺はこの
あの目はどう見ても正気じゃない。
混乱とかそういう系の状態異常にでもかかっているのだろうか?
だとしたら俺には打つ手なしだ。モブ村娘の俺には治癒魔法のスキルなんて無いからな。
緊張感溢れる対峙が続く。
どうする………どうすれば、俺は生き残れる………?
おや、エクスの様子が………?
ゆっくりと瞼を閉じて………?
「………ぐぅ」
眠った………?
ええぇ~………この状況で寝るのぉ?
エクスは扉の裂け目に顔を挟んだまま、器用に眠っていた。
「はぁ…はぁ…な、なんとか間に合いましたね………」
誰かがエクスの顔面を扉からベリッと引き剥がした。
エクスがぶち開けた穴から女の細い手が伸びてきて、扉の鍵を開錠する。
「あれ、お前は確か………」
開いた扉の向こうには見覚えのあるおっぱいが立っていた。
「フィロメラ…だっけ?」
「お久しぶりです、アリエッタさん。
ああ、エクスくんは睡眠の魔法が入ってるので、当分は目覚めないからご心配なく」
どうやら、当面の危機は去ったようである。
俺は生還の喜びに打ち震えるのだった。
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