12.脱出!エイビス邸




「…フィ、フィロメラ!これはどういう事だ!?」


 エクスの狂気を浴びてフリーズしていたエイビスが再起動した。

 エイビスはフィロメラと面識があったらしく、床で爆睡しているエクスを指差しながら彼女に向かって叫んでいる。


「申し訳ありませんエイビス様。ご無事で何よりです」

「無事!?無事だと!一体どこに目を付けているんだ!この俺にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」


 キャンキャンと騒ぎ立てているエイビスに向かって、フィロメラがまあまあと両手を前に突き出して宥めすかす。


「お怒りはごもっともです。ですが、今回の件は無かったことにするのがよろしいかと」

「はあ!?ふざけるなよ!貴様ら全員、牢屋にぶち込んで…」

「私や仲間達はともかくとして、暴走したエクスを…人類軍最大戦力を止められる人間がこの国に居るとでも?」

「うぐっ………」

「それに、魔王軍と戦争中の状況下でドヴァリ卿……エイビス様の御父上が、人類軍と勇者の対立を望んでいると思いますか?」


 フィロメラの言葉にエイビスがハッとした顔をする。


「き、貴様……既に父上に根回しを………?」

「…さあ、どうでしょうか?ご自身とクベイラ家との関係を悪化させてまで、エクスと対立してもエイビス様が損をされるばかりかと」

「………そ、それは………」

「ドヴァリ卿がエイビス様とエクス、どちらを選ぶか気になるのでしたら、この場で我々を捕らえていただいても構いませんよ?」

「………」


 あっ、父親の名前を出されたら、露骨に静かになったぞこいつ。

 何やら複雑な家庭環境を感じさせるが、そう言う伏線っぽい話は俺と関係ないところでやってほしい。


「そもそも、今回の一件はそこの彼女…アリエッタさんを無理やり連れ去ったことが原因だということはお分かりでしょう?」


 えっ、そうなの?何で俺がエイビスに拉致られたら、エクスが冬のホテル管理人みたいになるんだ?

 突然、話題を振られて俺は困惑してしまう。


「エクスへの嫌がらせのつもりだったのでしょうが…逆鱗に触れてしまいましたね」

「………くそっ!」

「アリエッタさんは私達が連れて帰ります。ここに残しておくと、本当にエイビス様の命が危ういですから。命が惜しければ、今後は彼女に関わらないことをお勧めします」


 俺、なんか呪いのアイテムみたいな扱いになってない?




「おーい、フィロメラ。話は終わったか?」

「ええ、そっちはどうでしたかレビィ?」


 おっと、奥から新キャラが出てきたぞ。

 動きやすさを重視したような軽装鎧を身に着けた、金髪ポニーテールのスレンダーな美女だ。へそやら太ももやら肌色部分が多くて実に良い。

 隣に立っている露出少な目な黒髪巨乳のフィロメラとは要素が対照的で、二人とも俺の目を楽しませてくれる。眼福である。


「問題無し。ぶっ倒れてるのは全員気絶しているだけだったから、1時間もすれば目を覚ますよ」

「それは良かった。流石に死者が出ていたら不味かったですからね」

「…おっ、あんたがアリエッタ?私はレビィって言うんだ。フィロメラと同じエクスのパーティーメンバー。よろしくな」


 片手を上げてこちらに挨拶してきた彼女に、俺はぺこりと軽くお辞儀をする。

 どうやら彼女もエクスの仲間のようだ。


 …この野郎、本当に美女に囲まれてやがるな。羨ましい奴だ。

 俺は床で爆睡しているエクスを、軽く嫉妬を込めて睨み付けた。

 そんな俺の様子を見て、レビィが意味ありげにニヤニヤと笑った。


「あー、心配しなくていいよ。私とエクスは変な関係じゃないから。フィロメラはどうか知らないけど…」

「レビィッ!」


 ………何の話だ?

 意図が読めない会話に、俺がでかいはてなマークを浮かべていると、フィロメラは咳払いをして場を仕切り直した。


「さあ、行きましょうかアリエッタさん。とりあえずは私達が拠点としている屋敷へご案内します。それからの事は落ち着いてからで」

「あ、ああ。分かった」

「レビィはエクスくんをお願いします」

「あいよ」


 レビィが爆睡しているエクスを、ひょいっと荷物を担ぐように肩に乗せた。

 …流石、勇者様御一行の一員だ。細身の見た目からは想像出来ない筋力である。


「………あっ」

「どうしましたか、アリエッタさん」

「俺、この格好で行かないといけないの?」


 俺の服装は未だにエイビスの屋敷のメイドさん達によって着せられたヒラヒラのドレスである。

 出来れば、いつもの着慣れたモブキャラ服に着替えたいのだが…


「………そんな物くれてやる。いいから、さっさと出ていけ」


 床に座り込んで項垂れているエイビスからドレスを贈呈されてしまった。

 いや、要らんから俺の服を返してくれ。


「エイビス様もこう言ってくれていることですし、そのままで行きましょうかアリエッタさん」

「ええ~………」


 嫌そうな顔をする俺に、フィロメラがそっと耳打ちをしてきた。


「………さっきエイビス様に言ったこと、殆どハッタリなんです。彼が冷静になる前に早くここを出ましょう」

「ええ~………」


 俺は仕方なく心底動き辛いヒラヒラのドレスのまま、エイビスの屋敷を後にすることになった。

 さらば馬鹿貴族よ。もう会うことはないでしょう。






 **********






 エイビスの屋敷を出てから数十分後、俺はエクス達が拠点としている屋敷に到着した。


「へえ、ここがエクス達のアジトか」


 エイビスの屋敷と比べると流石に見劣りするが、それでも十分立派なお屋敷である。


「私達以外にも何人かの仲間達とここで一緒に暮らしてるんだけど、今は出払っててね。他に誰も居ないから楽にしてちょうだい」


 レビィがアジト事情を伝えながら屋敷の扉を開ける。

 彼女が扉に手を触れただけで、扉の鍵が開錠される音が聞こえた。

 おおう、ハイテク…じゃなくて魔法すげえ。


「それじゃあ、私はエクスを部屋に放り投げてくるからフィロメラはアリエッタをお願いね」


 レビィはそう告げると、エクスを抱えたまま屋敷の奥へと消えていった。

 取り残されてしまった俺とフィロメラがお互いに見つめ合う。


「…さて、アリエッタさんには何から話せばいいものか………」

「ああ、俺も何から聞けばいいのか全然分からん」


 お互いに似たような発言が重なってしまい、苦笑を浮かべあってしまう。


「とりあえず、お茶でも淹れましょうか?」

「ああ、それはありがたいな。今日一日で色々有り過ぎてヘトヘトなんだ」







 **********







 フィロメラは台所でお湯を沸かすと、茶葉を入れたポットにお湯を注いだ。


「はぁ、どうしたものでしょうね………」


 私の彼女に対する感情は複雑だった。


 私達が守るべき無辜の民であり、エクスくんと関わりが有った為にエイビスに目を付けられてしまった被害者であり、私の………恋敵でもある。


 今回の一件や、エクスくんの彼女恋しさによる精神面の問題など、私はどれくらい話してもいいものなのだろうか。


 デリケートな問題なだけに、当事者以外が口を出すのは躊躇いがある。


「とりあえず、エクスくんと直接話してもらうのが一番なんですかね…」


 私は結論を先送りにすると、カップとポットを持って彼女の元へと戻った。





「アリエッタさん、お待たせしま………」

「しぃー………」


 居間へ戻った私に、レビィが人差し指を口に当てて沈黙を促した。

 レビィがソファに身を預けて眠っているアリエッタさんを指差す。


「色々有って疲れてたんだろうな。寝かせてあげな」

「そうですね…空いてる客間まで彼女を運んでもらってもいいですか?」

「あいよ」


 レビィは彼女をそっと抱きあげると、二階の客間へと歩き出した。









『アリエッタさんへ

 お疲れの様子だったので、話は翌朝にしましょう。

 今日はゆっくりとやすんでください。

 ―――フィロメラ』


 目につく場所に書置きを残して、アリエッタさんを客間のベッドへ寝かせると、私とレビィはリビングで少しぬるくなったお茶で喉を潤した。


「お話はエクスくんとアリエッタさんが起きてからですね」

「どう説明するつもりなんだ?」

「…色々考えましたが、結局は当人同士で話し合ってもらうのが一番かと」

「要はエクスに告白させるってことか」

「…まあ、そうなるかもしれませんね」


 というか、それが一番なのだ。

 エクスくんと彼女が恋人関係になるにせよ、ハッキリと脈が無いとフラれるにせよ、恐らくは今の中途半端な状態がエクスくんには一番良くないのだと思う。


「それ、大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。恋人関係になるならそれは構いませんし、玉砕したとしても、その程度で駄目になってしまうような弱い子じゃありませんよ。エクスくんは」

「私が言ってるのは、フィロメラはそれで大丈夫なのかって話」


 …レビィはどうも私贔屓な考え方をしてしまう所があるようだ。


「…この間、好きにすればいいと言ったのはレビィでしょう」

「そんな事言ったっけ?………ああ、言ってたわ。でも、気が変わった。フィロメラは本当にそれでいいのか?私にはやせ我慢してるようにしか見えねえぞ」

「………嫌ですねえ、竜族というのは。無駄に長生きしてるから、20年ちょっとしか生きてない私が子供に見えて、お節介を焼きたくなってしまうんでしょうか?」


 彼女の余計なお世話に苛立ってしまった私は、見た目ほど若くない彼女に憎まれ口を叩いてしまう。

 しかし、そんな私の態度を彼女は微笑みを浮かべて見つめていた。


「そうだよ、私から見たらエクスもお前も子供さ。私の半分も生きてないんだから。なのに、お前ときたらエクスの前では"大人"をやりたがる。背伸びしてる子供みたいで、可愛らしくて放っておけないんだよ」

「………それはどうも、ご心配をおかけしましたね」


 口では勝てそうにないことを悟った私は、ため息交じりにカップに残ったお茶を飲みほした。


「…負い目があるんですよ。私はエクスくんに」


 私は5年前のあの日を思い出す。

 彼を故郷から半ば無理やりに王都へ連れて行ったあの日を。


 ………アリエッタさんと彼を引き離した日を。


「仕方の無かったことだとは思っています。事実、エクスくんがいなければ、どうにもならない場面はいくらでもありました。私達だけでは八大幹部どころか四天王だって倒せていなかった」

「長生きしか取り柄が無くてすまんね」

「…茶化さないで。だから、人類の為にもエクスくんを勇者に仕立て上げた事は後悔していません。………でも、それならせめて、私がどうにか出来る範囲では彼に幸せになってほしい。そうじゃなければ、私が納得出来ない」


 少年時代を犠牲にして、命がけの戦いに身を捧げた人間が報われないなんて認められないし、認めてはいけない。


 結局は私のちっぽけな自己満足なのだ。




「難儀な性格してるよ、お前」

「ええ、でも嫌じゃないのよ?この性格」


 お互いに苦笑を浮かべてしまう。


 気づけば、ポットに入っていたお茶はすっかり冷めてしまっていた。


「冷めちゃったわね。新しいのを淹れてくるわ」

「私はお茶よりも酒の方がいいな」

「駄目。アリエッタさんにベロベロの二日酔いになってるレビィを見せるわけにはいかないもの」




 不服そうに唇を尖らせるレビィを見て、私は少しだけ先ほどの仕返しが出来たことに、小さく笑みを浮かべるのだった。



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