24."勇者"の条件



「ク………」




 "幻影"の口から抑えきれない声が漏れる。


 肉体を竜に変化させた"幻影"が飛翔して、上空から炎のブレスでエクスを狙い撃つ。

 鉄すら溶かす灼熱の息吹がエクスの退路を断つように地を舐めた。


 その攻撃に合わせて"煉武"が凄まじい速度でエクスの至近距離に踏み込み、拳を連続で叩きこむ。

 拳撃の一つ一つが大砲に匹敵する破壊力で、貧弱な人族の肉体を砕こうと襲い掛かる。



「クク………」



 "幻影"と"煉武"の隙をカバーするように、王都から遠く離れた丘から"魔弾"の援護射撃が届く。

 視認不可能な無色透明の魔力弾が、怒涛の如く連射されて戦場を撃ち貫いていく。



「ククッ………」



 "魔弾"の援護射撃によって、もうもうと舞い上がった土煙が破壊の激しさを表していた。


 戦場において、単独で人類軍の一個旅団すら殲滅し得る八大幹部達の猛攻を、単身で叩きこまれた人族は恐らくエクスが史上初となるだろう。



 土煙が収まり、戦場となった広場が再び姿を現した。




「ク、クク………クソォッ!どうなってる、3対1だぞ!?何故、奴はまだ死んでいないんだ!?」




 "幻影"が目の前の悪夢のような光景に激昂して叫び声を上げる。

 八大幹部が3人がかりで傷一つ負わせることが出来ない本物の"怪物エクス"が、そこには立っていた。




 **********




 クソッ、エクスは内心で現状に対する悪態をついた。


 3人目の八大幹部が現れてから、30、未だに一人も敵を倒せていない。

 こちらもダメージは負っていないが、敵は外にも居るのだ。一刻も早くフィロメラさん達の下へ駆け付けなければ状況は刻一刻と悪化していくばかりだ。

 傲慢な様だが、僕抜きで外の八大幹部達を倒すのは恐らくかなり厳しいだろう。

 このまま膠着状態が続けば、恐らく人類軍の損害は取り返しがつかないことになる。




 ………他に手は無い。僕はある決断をした。




「……何故、僕が"勇者"と呼ばれていると思う?」


 "この手"は発動までに時間がかかる。時間を稼ぐために僕は八大幹部達に言葉を投げかけた。

 向こうも決め手を欠いた状況に戸惑っているのだろう。僕の突然の行動に警戒して、すぐに襲い掛からずに様子を見ている。僕は口を回しながら、奴らに悟られないように精神を集中していく。


「人格?血筋?戦闘能力?………どれも違う。"勇者"という肩書はそんな些細な事が判断基準にはならない」


 僕は首にかけたペンダントに繋がれている三つの細工の中から、一つをちぎり取って握りしめた。


「"聖剣"に選ばれること。勇者の条件はその一つだけだ」


 僕は握りしめた手に力を込めると、水晶のようなもので造られた細工が粉々に砕け散った。





「―――聖剣展開」





 次の瞬間、砕け散った水晶の破片が僕の周囲を取り囲む。

 粉々になった筈の水晶がこぶし大の大きさに膨れ上がり、僕の体に向かって突き刺さった。


「……ッ!」


 皮膚を食い破られる痛みに、噛み締めた奥歯から火花が散るような錯覚を覚える。

 やがて水晶の破片は僕の全身を覆いつくす甲冑のような姿となった。



「な、なんだ……?何が起きている……貴様のその姿は……?」



 上空を飛ぶ"幻影"の問い掛けを無視して、僕は"煉武"に一足で距離を詰めて剣を振るった。

 "煉武"は僕の突然の豹変にも動揺せずに、これまで幾合も僕の剣を防いだ時と同じように、拳で斬撃を弾こうとする。



「受けるな"煉武"!避けろッ!」



 "幻影"が叫ぶが遅い。


 僕の剣が奴の拳と接触した次の瞬間、"煉武"の上半身が消し飛んでいた。




 半身を失い、バランスを崩した"煉武"の下半身がどうと地面に倒れる。


「き、貴様ァーーー!!」


 "幻影"が上空から僕に向けてブレスを放つ。

 僕は後方へ跳んでそれを回避しつつ、投擲用のナイフを取り出した。


強化付与エンチャント倍化ダブル


 僕は魔力を付与したナイフを前方へ向けて投擲した。空気が破裂するような音と衝撃を発して放たれたナイフを"幻影"は翼を羽ばたかせて回避する。


「ハッ!どこを狙っている!」

「いや、ちゃんと命中しているよ」

「何を言って………」


 王都外縁の遥か向こう側で、地響きのような轟音と共に小さな山のような丘が崩れ落ちていた。

 それが何を意味するか理解した"幻影"が驚愕に目を見開いた。


「"魔弾"!聞こえているか、返事をしろ!僕ごとでいい!早く奴を撃つんだ!」

「無駄だよ。残っているのは君だけだ、"幻影"」


 僕は上空を羽ばたく"幻影"に剣を向けて告げた。


「あ、ありえない……そんな力があるなら、何故今まで使おうとしなかった?」

「君が知る必要は無い。時間が無いんだ。さようなら"幻影"」


 僕は剣に魔力を込めると、上空に向けて振り上げる。

 轟音と共に剣から放たれた極大の光芒が飛翔する竜を灼き尽くし、雲を貫いた。




「ば、化物めェェェーーー………!!」




 光が霧散すると、そこに"幻影"の姿は塵一つ残っていなかった。




「……ぐぅっ!」


 敵の消滅を確認して気が緩んだのか、全身を襲う疲労感に僕は膝をついてしまった。それと同時に全身を覆っていた水晶がボロボロと剥がれ落ちて塵となっていく。




 ―――これが、聖剣の力か。




 話だけは聞いていたが、ここまで凄まじいものとは思わなかった。

 あの八大幹部達をまるで寄せ付けないほどの絶大な魔力強化。

 "勇者"と呼ばれる適応者にしか使用出来ない強力な魔術兵装、それが"聖剣"である。


「……残り二つか」


 僕は首にかけたペンダントに繋がれた水晶細工の数を確認して呻く。

 この力を、こうも追い詰められるまで使わなかったことには勿論理由がある。


 それは強烈な回数制限。


 聖剣は一度使用すれば、塵となって消えてしまう。そして、この世界に現存する聖剣は僕の持つ残り二本だけだ。


 来るべき魔王との決戦を考えれば、実質的に使えるのは残り一本だけだろう。


 本来であれば、国王の許可なく使用することは禁じられていたのだが、それについて悔やむのはこの局面を乗り切ってからだ。

 僕は聖剣展開の反動で悲鳴を上げている肉体を、気力で無理やり奮い立たせると王都外縁部へと駆け出した。未だ王都内部に戦火が及んでいないのは、仲間達と人類軍が決死の覚悟で戦ってくれているからだ。



「アリエッタと約束したんだ。総て護ってみせるって……!」



 不思議だ。彼女のことを想うだけで、身体の奥底から力が湧いてくる。


 こんな状況なのに口の端に笑みが浮かんでしまう。


 向かう先は更なる戦場。それでも僕は何一つ絶望などしていない。




 彼女アリエッタの為なら、僕は誰にも負けない―――!




 **********




「ふんっ、この程度か人族!やはり"勇者"を除けば烏合の衆だったようだな!」

「ぐうっ!まだまだァ!!」



 ヴィラの槍が巨大な人狼――八大幹部"獣王"の胸を貫く。

 普通の魔物であれば、間違いなく致命傷だ。しかし、"獣王"は胸を貫く槍を何事も無かったように力任せに引き抜いた。


「無駄だァ!剣だろうと魔術だろうと、俺の肉体の"超再生"を破ることなど不可能よ!」


 "獣王"の言葉を裏付けるように、胸に空いた穴が恐ろしい勢いで再生していく。


「クソッ!情けねえ……エクスが来るまで時間稼ぎをするしかねえのかよ……!」


 俺は肩で息をしながら悪態をついた。フィロメラ達は他の場所で八大幹部達の侵攻を抑えている。"獣王"の相手を出来るのは俺だけだ。

 しかし、俺の言葉に"獣王"がニタリと狂暴な笑みを浮かべた。


「ククク……残念だが、勇者がここに来ることは無い。奴なら今頃、王都で八大幹部3人を相手にしているからなぁ」

「なっ……!?」


 "獣王"の言葉に俺は目を見開いた。

 エクスを狙っていたのは"幻影"だけじゃなかったのか……!?

 いくらエクスといえど、一人で八大幹部3人を相手にして無事でいられる筈が無い。




 あの時、人類軍の援護よりもエクスを助けることを優先していれば……!




 絶望と後悔が胸中に広がる。


 だが、それでも諦める訳にはいかない。


 たとえ、この命が尽きようとも。最後まで足掻いてみせる……!




「ククク、無駄なことを………んんっ?」

「おい、何処を見てやが………んんっ?」


 俺が再び槍を構えたその時だった。

 "獣王"が何か察知したのか上空を見上げた。俺も釣られて上空を見上げると、何かが物凄い勢いで"獣王"に向けて突っ込んできた。


「うおおおおっ!?」


 "獣王"が突っ込んでくる何かに向けて、手に持った斧を振るった。

 激しい金属音が鳴り響き、弾かれた何かが"獣王"の眼前に降り立つ。


「ば、馬鹿な……貴様は……!?」

「エ、エクスッ!……ったく。お前、来るのが遅いんだよっ!」


 俺と"獣王"の間に、王都で八大幹部達を相手にしている筈のエクスが立ちはだかった。

 救世の英雄にして人類軍最大戦力の加勢に、周囲の兵卒達も歓声を上げてエクスを迎える。


「何故だ!?"幻影"、"煉武"、"魔弾"の3人を相手にどうやって……!?」

「………」


 狼狽える"獣王"を前にエクスは黙して語らず、ただ幽鬼のような眼をしてゆらりと"獣王"に剣を向けた。






 ……あれ、こいつ何か様子が変じゃね?






 戦いのそれとはまた違う、嫌な予感が俺の胸中を満たしていくのを感じる。


 突然のエクスの登場に動揺していた"獣王"だったが、落ち着きを取り戻すと手に持った斧をエクスに突きつけた。


「……ハッ!大方、何とか"幻影"達の隙を突いて命からがら逃げ出してきたといったところだろう。"勇者"がそんな臆病者だったとはなァ」

「………」

「ふん、敵と語る舌は持たんか。まあ、いいだろう」


 "獣王"の全身の筋肉が膨れ上がる。

 溢れんばかりの殺気は、常人であればそれだけで気絶しかねない程だ。


「人類軍最大戦力とやらの力。どれほどのものか俺が確かめてやろう!さあ、かかってこい!」




「………タ………」

「何………?」




 何やら小声でブツブツと呟いているエクスに、"獣王"は怪訝な顔をする。




「うん……うん……そうだね、アリエッタ。君が応援してくれるなら、僕はどんな奴だってぶち殺してみせるからね……フフッ、本当さ……君の為なら、僕は誰にも負けないよ……」

「ぎゃあーーー!またバーサクモードに入ってやがるーーー!?」


 俺は目の前の悍ましい光景に悲鳴を上げた。

 俺の絶叫に"獣王"がビクッとしてこっちをチラ見した瞬間に、エクスが気持ち悪い速度で"獣王"に斬りかかった。

 エクスの斬撃をギリギリで防いだ"獣王"がエクスの瞳を見つめて戦慄している。


「この男……全ての感情を凍てつかせたような虚無の瞳……!一体どれほどの死線を越えれば、このような眼になるというのだ………!」

「ウフフ、分かってるよアリエッタ……僕が傍に居なくて寂しいんだろう?こいつらを片付けたら、すぐに帰るから待っててね……」

「な……何なんだこいつは!一体何を言っているんだ!?」



 "獣王"を圧倒するエクスの威圧感キモさに周囲で魔王軍と戦闘していた兵卒達が歓声を上げる。


「見ろ!エクス殿が八大幹部を圧しているぞ!」

「なんて強さだ……!勝てる!俺達は勝てるぞ!」

「俺達もエクス殿に続け!人族の底力を魔王軍に見せてやるんだ!」


 エクスの参戦で人類軍の挫けかけた戦意が再び燃え上がる。しかし、俺はそれどころじゃないとエクスに必死で呼びかける。


「やめろォーーー!みんな見るんじゃなーーーい!エクスッ!正気に戻れ!人類軍の大半は、お前を最強無敵のカッコイイ英雄として幻想を抱いちゃってる奴らなんだぞ!あいつ等の夢を壊さないように、今すぐにその気持ち悪い独り言と悍ましいニヤケ面を止めるんだァーーー!!」

「ウフフ!アリエッタ!ウフフフッ!!」

「つ、強いっ!なんだこのプレッシャーは!?まさか、"幻影"達は既にお前に敗れたとでもいうのか!?」

「フィロメラッ!フィロメラーーー!エクスの頭に治癒魔法をかけてくれーーー!!」




 俺の絶叫とエクスの狂笑と"獣王"の悲鳴が響き渡る。


 戦場は男達のあらゆる業を飲み込み、膨れ上がりながら混迷を極めていくのだった―――



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