25.知りたくなかった隠し要素




 エクスと八大幹部達が激戦を繰り広げた王都のとある広場。




 聖剣を使用したエクスに敗れ、骸を晒していた"煉武"の半身に変化が起きていた。


 蝋が溶けるように肉体が粘り気のある液体に変化していき、やがて"煉武"の名残が完全に消え去ると、液体は崩れた泥人形のような形へと姿を変えていった。



「ハァ……ハァ……すまんな"煉武"。身体を使わせてもらうぞ……」



 八大幹部"幻影"が王都に再び顕現していた。

 エクスの攻撃によって消し飛ばされる寸前に、自身の本体ともいえる身体の一部を切り離すことに成功していた"幻影"は、"煉武"の死骸を取り込む事で九死に一生を得ていたのだ。


 しかし、"幻影"の状態は万全とは程遠いものだった。


 人型を維持できず、片腕が肩から腐り落ちるのを見て"幻影"は悪態をついた。


「本来の二割程度しか力が戻っていないか……これでは、外の戦いに合流しても意味は無いな……。いや、それ以前にこの戦い、恐らく八大幹部は全滅するな……」


 本来の作戦では、"幻影"を含む八大幹部が3人がかりでエクスを撃破した後に、内と外から人類軍を挟撃する筈だったのだが、"幻影"達は敗れ、想定よりも遥かに強大な力を持っていたエクスが人類軍と合流してしまった。外にはまだ3人の八大幹部が健在とはいえ、現状で魔王軍の勝ちの目は限りなく薄いだろう。



「僕も長くはないな……だが、ただでは死なんぞ」



 "幻影"は自身の変身能力を捨てて、形態を巨大な竜のそれに完全に固定する。戦況に合わせた変身を行うには力を消耗し過ぎたからだ。



「……あそこが人族の王の居城か」



 "幻影"は翼を羽ばたいて飛翔すると、王城へと向かって移動を始めるのだった。




 **********




「うおおおーーー!?死ぬ死ぬ死ぬーーー!?エイビス、もっと早く走れ!追い付かれるぞ!」

「クソォーーー!アリエッタ!お前に関わってから俺はロクな目に遭ってないぞ!この疫病神!!」

「知るかよォォーーー!!」



 アリエッタとエイビスは王城の通路を全力でダッシュしていた。



 魔王軍の襲撃が始まり、マスターやテイムと一緒に王城へ避難したのはいいのだが、人混みに飲まれて二人とはぐれてしまい、何とか彼らと合流しようと城内を彷徨っていたところ、いきなり城壁を突き破ってクソみたいにでかいドラゴンが目の前に現れたのだ。


 当然、その場からダッシュで逃げ出した俺だったが、避難民が密集している場所へこんな奴を引っ張って来る訳にもいかず、人が少ない方へ少ない方へと逃げている内に、何故か馬鹿貴族エイビスと合流してしまい、こうして仲良く駆けっこをしているのだった。回想終わり。



 もしも、ここが何もない荒野だったのなら、5分と経たずに奴の胃袋に入っていたであろう俺達だったが、王城の通路は奴には狭すぎたらしく、壁やら柱やらに激突しながらの行軍になっているおかげで、俺達は危ない所でドラゴンに追いつかれずに済んでいた。


「というか何で俺を追いかけてくるのアイツ!?それとも偶々進行方向が一緒なの!?そもそもエイビス!知らないおじさんとか護衛の皆さんは何処に置いてきたの!?」

「ふん、このエイビス=クベイラの護衛をそんじょそこらのゴロツキと一緒にするなよ?奴らは人類軍の近衛兵上がりの優秀な元軍人達だ。この人族と魔族の一大決戦でそんな貴重な戦力を俺の護衛なんぞで遊ばせておく訳が無いだろう?全員前線に回して人類軍の援護をさせとるわ!」

「もうっ!お馬鹿っ!!」


 俺とエイビスはぎゃいぎゃいと口喧嘩をしつつも駆ける足は止めない。

 これだけの馬鹿騒ぎをしていれば、当然城内の兵士達も駆けつけてドラゴンを攻撃するのだが、如何せん人類軍と魔王軍の主戦場は王都外縁だ。王城の警護に残っている兵士だけでは、あのドラゴンを撃退するには数が足りていない。槍と矢に身体を貫かれつつもドラゴンは兵士達を蹴散らして進撃を続けた。


「……おい、アリエッタ。よく考えたら、なんで俺はお前と一緒に逃げてるんだ?よし、この先の通路で二手に別れて逃げよう。どっちが喰われても恨みっこ無しということで」

「つれない事言うなよエイビス。俺を拉致監禁凌辱しようとした仲だろ?」

「言い方ぁっ!事実だけどもっ!頼むからそういうのエクスの前では言うなよ!?お願いしますねホント」

「お前変な所で素直だよな。どちらにせよ、あっちは確か避難所方向だから逃げるのは無しだ。こんなの連れてったら収拾がつかなくなるぞ。パニックになって皆まとめて喰われるだけだ」

「クソッ!言っておくがお前に何かあっても俺は容赦無く見捨てるからな!」


 俺はエイビスを先導するように速度を上げて二手に分かれた通路を曲がる。しかし、既に結構な距離を走っているのに意外なほど体力が続いているな。これが若さか………駅の階段の上り下りで息切れしていた前世のクソみたいな中年の肉体を思い出してちょっと感激してしまう。




「………んっ?んんっ?………アァーーーッ!?不味い不味い不味い!アリエッタ!そっちは駄目ぇ!戻ってぇ!?」

「はぁ!?戻れってどこに……へぶっ!?」




 エイビスの切羽詰まった声に振り返った俺は、前方不注意で何かに正面衝突してひっくり返ってしまう。



「……何だお前は?この先は民間人は立ち入り禁止だ。道に迷ったのなら……おや、エイビス様?」



 俺とぶつかったのは煌びやかな装飾の甲冑を身に着けた兵隊さんだった。

 訓練所でよく見かける兵士の人達とは一味違った厳かな雰囲気の兵士が俺を睨み付けた後、背後のエイビスに目をやった。



「エイビス様、この先は玉座の間です。貴方と言えども許可なくお通しする訳には……」



 兵士の言葉は最後まで続かなかった。


 通路の壁を砕きながら現れた巨大なドラゴンに、兵士がギョッと目を見開く。


「なっ……!ドラゴンだと!?王城の結界を破ったというのか!?」


 騒ぎを聞きつけて、煌びやかな甲冑を身に着けた兵士達がわらわらと現れると、ドラゴンの前で陣形を組む。


「エイビス様!あと、そこの娘も我々の後ろへ!魔力障壁を張るぞ!ここから先へは一歩たりとも……」


 目の前に何重にも張られた光の障壁を、目障りだと言うかのようにドラゴンは前足で薙ぎ払う。

 魔力障壁とやらは、まるで砂糖菓子のように簡単にパリパリと割られてしまい、兵隊さん達も吹っ飛ばされてしまった。悲しいかな、彼らも俺と同じでこの世界のモブキャラだったようである。


「あうあうあー!」


 ドラゴンが前足を振るった風圧で、俺とエイビスはコロコロと通路を転がされる。

 生物としての格の違いを見せつけられて、いよいよ逃げる気が失せてきた俺は、半ば自暴自棄になって地面に大の字になって寝っ転がった。

 アァ~~~。いよいよ俺、食われちゃうのかなァ~~~。

 遅れて俺の隣にコロコロと転がってきたエイビスも俺と似たような心境らしく、自暴自棄一歩手前の穏やかな笑みを浮かべて地面に大の字になっていた。

 しかし、ドラゴンはそんな俺達に見向きもせず、のっしのっしと通路の奥にある部屋へと進んでいく。あれ、俺達を狙っていたわけじゃないの?




「……貴様が人族の王か?」




 えぇ、お前喋れるタイプのドラゴンだったの?

 俺はむくりと起き上がって、ドラゴンの方へ視線を向けると、そこには重厚で華美な外套を纏った老人が、煌びやかな椅子に腰かけてドラゴンと対峙していた。






「如何にも。余こそが人族を統べる者、レギウス王である」

「八大幹部"幻影"だ。その首を貰い受ける。お覚悟を」






 ヒィィ~~~!俺、もしかして王様の前までヤバイ奴連れてきちゃった!?




 い、いや、でも、こいつは俺を狙ってた訳じゃなくて、初めから王様を狙ってたっぽいし、むしろ俺は巻き添えを食った被害者の筈……!そうだよね、エイビス君!


 俺は助けを求めるように、隣に転がってるエイビスに視線を向けたが、エイビスはガチガチと歯を鳴らしてある一点を見つめていた。

 一体何を見ているんだ?エイビスの視線の先を追うと、どうやら王の傍に控えていたおじさんを見つめているようだった。

 何が気に食わないのか、彫刻刀で刻まれたような深い深い眉間のシワと、この世の全てを憎悪しているような鋭い眼つきが印象的なおじさんだ。

 おじさんが床に座り込んでいるエイビスを見つけると、ただでさえ鋭いその眼光が更に鋭くなった。


「……エイビス、貴様はこんな所で何をしている」

「ち、父上……!お、俺……いや、私は、その……」


 えぇ?あのおじさんがお前の父親なの?ビックリするぐらい似てねえな。


「……もういい。エイビスとそこの娘、ここは玉座の間だ。一般人がおいそれと足を踏み入れて良い場所ではない。早々に立ち去れ」


 しどろもどろになっているエイビスに一瞬で興味を無くしたおじさんが王様と"幻影"と名乗るドラゴンの間に割って入る。


「レギウス陛下もお下がりください。応援の兵が来るまでは私が」

「下がるのはお主だ、ドヴァリ卿。奴は余に用があるらしい」

「しかし、陛下……」

「"下がれ"と言った筈だが?」

「………ハッ」


 レギウス王の言葉に従ってドヴァリおじさんが玉座の横へと下がると、王様は"幻影"に語り掛けた。




「"幻影"よ。一つ聞いてもいいだろうか?」

「時間稼ぎのつもりなら無駄だ。たとえ勇者が今この瞬間にこの場へ転移してこようとも、勇者が僕を殺す前に僕はお前を殺せる」




 "幻影"と王様が会話パートに入ったので、俺は邪魔にならないようにコッソリと玉座の間から逃げだそうとしたが、ドヴァリおじさんにビビって床に座り込んでしまったエイビスが、何故か俺のブラウスの裾をしっかりと握って離さないし、こいつを見捨てて逃げるのもちょっとだけ寝覚めが悪くなりそうなので、俺は諦めてエイビスの隣に座って会話パートを見学することにした。


 おおう、ドヴァリおじさんの俺達を睨み付ける視線がやべえ。正直、"幻影"と追いかけっこをしていた時よりも命の危険を感じる。


 でも、この状況で下手に動くと"幻影"にエイビスとまとめてぶっ殺されそうだしなあ。すみっこで壁と同化して大人しくしてた方が生存率が高そうなんだよな。

 俺達が極限まで存在感を消している間にも王様と"幻影"の会話パートは続く。




「なに、時間は取らせんよ。これは純粋な興味から聞くのだが、お前達の中で最も強い者は魔王なのか?」

「ハッ、何を当たり前のことを……魔王様は我らの頂点に立つお方。我らを統べる者が我らよりも弱い筈がないだろう」

「ふむ、なるほど。上に立つ者が下より劣っている筈が無いと」


 レギウス王が玉座からゆっくりと立ち上がった。






「何故、人族はそうでは無いと言い切れるのかね?」






 次の瞬間、レギウス王の姿が玉座の前から掻き消え、"幻影"の懐に潜り込んでいた。


「なっ………」

「フッ!」


 レギウス王の拳が"幻影"の腹部を下から撃ち貫く。空気が破裂するような音と共にドラゴンの巨躯が空中へ打ち上げられた。


「ごあっ!?がっ……!?」


 予想外のダメージと想定外の事態に"幻影"が苦悶の声を上げるが、すぐに体勢を立て直し、レギウス王に向かって前足を振り下ろす。しかし……



「何なのだ……僕は、悪い夢でも見ているのか……?」



 レギウス王は苦も無く、"幻影"の攻撃を受け止めていた。


「お前達は些か人族を甘く見過ぎている。そんな事だから何百年も戦争を続けてるのに我々に勝てないのだ。何故、身を潜めて好機を待たなかった。何故、軍勢を連れずに単身で王城へ攻め入った。全て自分達が人族よりも優れているという驕りからだ」


 レギウス王が"幻影"の前足を掴んでいる腕に力を込めると、無造作に"幻影"を上空に放り投げた。

 王城の天井をぶち抜いて吹っ飛ばされていく"幻影"をレギウス王が跳躍して追撃する。


「お、おのれェ!僕は栄光ある魔王軍八大幹部だぞ!嘗めるなァ!!」


 上空で体勢を整えた"幻影"が巨大な鉤爪を振るうが、レギウス王はそれを難なく回避すると"幻影"の側面で拳を構えた。


「まあ、今回の戦は"聖剣"を使ってしまった我々と、八大幹部が全滅した魔王軍とで痛み分けといった所だろう。さらばだ"幻影"よ」

「ク……クソォォォーーー!!」


 レギウス王の拳が"幻影"の横腹を撃ち貫く。衝撃を吸収しきれなかった"幻影"の巨躯は、そのまま王都外縁部へと吹き飛んでいった。




 **********




「やれやれ、結界で保護された王城の敷地内でしか力を使えない上に全盛期とは程遠い。"幻影"の前ではついつい見栄を張ってしまったが、やはり今の人族最強はエクスだな」

「陛下……あまり無茶をされては困ります。戦いは兵士達の役目です。御身に何かあれば……」

「そう言うなドヴァリ卿。余もたまには身体を動かしたい時もある。それに奴は随分と弱っていたようだったからな。もしも奴が万全の状態だったなら余とて退却していた」

「心にもないことを……」


 天井に開いた穴から王様が軽やかな足取りで戻って来るのをアリエッタは唖然としながら見つめていた。

 このおじいちゃん、戦えるタイプの王様だったのかよ………

 またメインストーリーに絡みそうな秘密情報を知りたくもないのに知ってしまった。



 ヒエッ!王様が俺とエイビスを見つめている!



 まさか"幻影"をここまで引っ張ってきちゃった大罪人として豚箱にぶち込まれる!?まあ、そりゃそうだよね。俺が王様だったら即処刑だよこんなやらかしする奴。

 でも、本当に俺が悪いのかなあ?初めから"幻影"は玉座に向かって突き進んでて、俺は偶々進行方向に居ただけって可能性は無いかなぁ?



「……陛下、あの者達はどうされますか?」



 ひぃっ。ドヴァリおじさんが俺とエイビスを今にも殺しにかかりそうな視線で睨んでくる!

 エイビス!お前何とかしろよ!お前のパパなんだろうが!しかし、ドヴァリおじさんに睨まれたエイビスは完全にバイブ機能がぶっ壊れたスマホみたいになっててまともに会話が出来る状態では無かった。


「ふむ。ドヴァリ卿はどうすれば良いと思う?」

「……少なくとも魔族との内通者では無いかと。そもそも奴らに人族と手を組むような考えがあるとは思えませんし、状況が場当たり的過ぎる。奴が玉座の間に辿り着いた時の状況から考えて、あの者達は運悪く"幻影"の侵攻に巻き込まれただけかと。ならば、陛下の"力"のことを口止めして追い払いましょう。こんな些細な案件に時間を割くほど我々は暇ではありません」

「うむ。ではそうするとしよう」




 ……あれ?ひょっとして実質的に無罪放免?

 俺が困惑した表情を浮かべていると、レギウス王が俺とエイビスの前に立って悪戯めいた笑みを浮かべた。




「そういうことだ。ここで見た事、聞いた事については他言無用。破るようなら余はお前達を厳しく罰せねばならん。良いな?」




 俺は一も二も無く全力で首を縦に振った。






 やったぁ。また望んでもいねえのにメインストーリーに絡んじまった気がするぞぉ。


 俺はヤケクソになっていた。




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