20.やべえ奴一名追加




「う~む………」


 アリエッタは銀猫亭の自室で白紙の便箋に向かって唸っていた。


「……書く事が無い。流石に『元気でやってます』だけって訳にはいかないよなあ……」


 実は俺は故郷を離れる際に、ミラちゃんから『月に一通でいいから手紙を送って欲しい』というお願いをされていたのだ。勿論、両親にも手紙は送っているが、そっちは別に気を遣う必要も無いので業務連絡の様な味気の無い手紙なのだが、ミラちゃん相手にはそういう訳にもいくまい。俺は何とか脳みそをギュッ!として書く内容を捻りだそうと苦心しているというのがここまでの経緯である。


「先月は、まだ一通目だったから書く内容も有ったけど……そんなに毎月書くようなことなんて無いよなあ……」


 一方でミラちゃんからの手紙は大体週一ペースでこちらに届いている。内容は日々の他愛もない出来事の報告なのだが、それをこれだけ書く事が出来るなんて女の子って凄い。あっ、俺も今は女だったわ。


「しゃーなし。日記みたいになっちまうけど、最近あった事を羅列してくか。えーっと、エクスとテイムと飲み会をやって、訓練所で兵隊さんと仲良くなって、薬師のおじさんの所の見習い少年に懐かれて………」




 **********




「………うん。まあ、こんなもんだろ」


 俺はそれなりの文字数になった便箋を満足げに眺めた。何だか内容が俺の話というより、俺の周囲の野郎どもの話になってしまった気もするが、まあ良しとしておこう。

 くぁ………。気が付けば、いつもの就寝時間よりも少し遅くなってしまったようだ。明日は少し早起きして、仕事を始める前に手紙を出してしまおう。


「ミラちゃん、喜んでくれるといいなあ」


 俺は自分のことを姉の様に慕ってくれている可愛らしい少女のことを思いながら眠りにつくのだった。スヤァ………




 **********




 王都から遠く離れた辺境の田舎村。そこがミラの暮らす場所だった。




 日課であるペスの散歩から帰宅すると、母が一通の手紙を私に差し出してきた。


「はい、王都のアリエッタちゃんからよ」


 母から告げられた名前と、手紙に書かれた差出人を確認して、私の心臓がドクンと大きく跳ね上がった。


「あ、ありがとうお母さん!」


 私は半ば奪い取るように母から手紙を受け取ると、中身を確認する為にいそいそと自室へ駆け込むのだった。


「あらあら、嬉しそうな顔しちゃって。ミラは本当にアリエッタちゃんのことが好きなのね」


 微笑ましげな母の声を背中に受けつつ、私は部屋の扉を閉めると受け取った手紙を胸に抱きしめる。


「お姉ちゃん………」


 私はお姉ちゃんのことが好きだ。多分、母が思っている好意とは違う意味で。


「早く帰ってこないかな………」


 私は手紙を抱きしめたままベッドに倒れこむと、恋しさを紛らわせるように瞳を閉じて彼女との思い出を振り返る。


 あれは変質者エクスがお姉ちゃんの前にやってくる数日前の出来事だっただろうか………




 **********




「お姉ちゃん、おはよー」

「おう、おはよう。ミラちゃんもペスも朝から元気だなー」


 ペスを連れて早朝の散歩をしていた私は、道具屋の前で箒を握っていたお姉ちゃんに朝の挨拶をした。


「お姉ちゃんっ。教会のお勉強が終わったら、この間のお話の続きを聞きに行ってもいい?」

「ははっ、随分と気に入ってくれたみたいだな。俺の休憩時間か、お客さんが居ない時で良ければ構わないよ」

「やたっ。約束ねっ」


 私の家は、この村で唯一の書物を取り扱うお店を営んでいた。その為、幼い頃から物語に触れる機会は多かったのだが、お姉ちゃんが話してくれる物語はそんな私でも聞いたことのない不思議で独創的な物語ばかりで、私は一瞬で虜にされてしまったのだ。



 海の向こうにあるという遠い島国のお話。

 鉄で出来た巨人達の戦争のお話。

 遠い空の向こうにあるお星様で暮らす人達のお話。



 お姉ちゃんが話す物語は、全て彼女がずっと昔に読んだ本に書いてあった物語らしい。どんな本なのか尋ねてみたことがあるが、随分と前のことだから覚えていないそうだ。


「うーむ。俺に文才か画才が有れば、あっちのオタク文化を色々と輸入出来るんだけどなあ」


 ぼそりと何かを呟いた後、お姉ちゃんは何かを懐かしむような、少し寂しそうな目をしていたのをよく覚えている。


 そんな訳で、気が付けば私はお姉ちゃんにべったりと甘えるようになっていた。約束を取り付けた私は意気揚々とペスの散歩を再開しようとすると、一人の青年とすれ違った。


「フリオさん、おはようございます」

「ああ、おはようミラちゃん。ペスもおはよう」


 青年がしゃがみ込んでペスの頭を軽く撫でた。青果店のフリオさんだ。小さな村なので住人の大半は知り合いである。そして小さな村だから探ろうとしなくても彼らの人間関係は何となく伝わってくる。彼は立ち上がると、私の後ろにいるお姉ちゃんに軽く手を振った。



「や、やあ。おはようアリエッタ」

「おう、おはようフリオ。こんな朝早くにこっちの方に来るなんて珍しいな。何か有ったのか?」

「えーっと……今、少し時間いいかな?」

「ん?ああ、別にいいけど……」



 ……お姉ちゃんのあの様子だと脈は無さそうである。私は内心でフリオさんの肩をポンと叩いて慰めておいた。




 フリオさんに限らず、お姉ちゃんは男の子に結構モテる。

 それは彼女の明朗快活な人柄であったり、性別を感じさせない気安さが一因かもしれないが、私がお姉ちゃんに惹かれる一番の理由は、彼女の危うさなのかもしれない。



 上手く説明出来ないのだが、お姉ちゃんは何というか、私の目には酷く不安定な女の子に見えるのだ。



 時折、まるで大人のように達観した仕草を見せたかと思えば、今度は何も知らない無垢な子供のように振舞ったり、普段はまるで男の子みたいに活発なのに、たまに内気な少女のように臆病になったり、心と体がチグハグな様子はふとした瞬間に壊れてしまう繊細な硝子細工のようで………


 余計なお世話かもしれないけど、傍で守ってあげたくなってしまうのだ。






 そんな想いを胸に秘めながら、過ごしていたある日のことだった。


 母から頼まれた買い物の帰り道、夕暮れに赤く染まる坂道を歩いていると、私は視界の片隅に見慣れた赤髪が映りこんでいることに気づいた。


「お姉ちゃん?何してるんだろう………」


 私は踏み固められた道を外れて、彼女に近づいていく。

 遠くからだと分からなかったが、お姉ちゃんは草原の隅っこで膝を抱えて小さく丸まって座り込んでいた。忍び寄るつもりは無かったのだが、話しかけにくい雰囲気に私は思わず息を潜めてしまう。


「はぁ………エクス………」


 お姉ちゃんは誰かの名前を呟いて小さくため息をつくと、額を膝に押し当ててますます小さく丸まってしまった。そして、その姿勢のまま小さく呟く。


「寂しいなあ。会いたいなあ」


 そのまま体を小さく左右に揺らしながら、誰に聞かせるでもない呟きが続く。


「今頃何してるのかなあ。怪我とか病気とかしてないかなあ。声が聞きたいなあ」


 ………ひょっとして、これは聞いていたら不味い奴なのだろうか。私は何も見なかったことにして、こっそりとお姉ちゃんから離れることを検討し始めたのだが………




「………ぐすっ」




 彼女が洟をすする音が聞こえた時、私は居ても立ってもいられずにお姉ちゃんを背中から抱きしめてしまった。


「ヴァーーーッ!?ミ、ミミミミラちゃんっ!?」


 突然、背後から現れた私にお姉ちゃんが真っ赤になった目を見開いて慌てふためいていたが、私は気にせずにお姉ちゃんを抱きしめる力を強くした。


「ち、違う!誤解だっ!今のは……そう、遠く離れた場所へ出稼ぎに出ている息子を心配している父親の気持ちというか………決して恋愛感情とかそういうクソ面倒くせえ奴では無くてだな………!」



 ぎゅ~~~っ



「えーっと………ミラちゃん?」


 お姉ちゃんが落ち着いたところで、私は抱きしめる力を少し弱くしてお姉ちゃんの顔を見つめた。




「寂しいの、大丈夫になった?」




 私が訪ねると、お姉ちゃんは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後に小さく笑った。

 うん。やっぱりお姉ちゃんは笑っている方が素敵だ。


「………そうだね。少し楽になったよ。ありがとうミラちゃん」


 お姉ちゃんの柔らかい手が私の頭を軽く撫でてくれた。私はそれが嬉しくて抱きしめる力を強くする。


「また寂しくなったら言ってね。私がぎゅってしてあげるから」

「あはは、流石にそれはちょっとカッコ悪いから遠慮しておこうかな」

「いいよ。お姉ちゃんならカッコ悪くても」

「おおう、ミラちゃんは男を駄目にするタイプのロリっ娘だったのか………」






 その後、落ち着いたお姉ちゃんと手を繋いで一緒に帰り道を歩いたのだが、先ほどの事が余程恥ずかしかったのか、ブツブツと何かを呟きながら身もだえしていた。


「ぐわ~。アラサーのおっさんが12歳の少女にバブみを感じてオギャるとか………我ながらキツすぎる………ッ」


 言っている事はよく分からなかったけど、恥ずかしがっていることは伝わってきた。私は気にしないのに………

 むしろ、お姉ちゃんが私にだけ弱みを見せてくれたという優越感すら有ったかもしれない。


 ただ、一つだけ気になっていることはあった。




「………エクスって誰なんだろう………?」


 お姉ちゃんの大切な人らしいが、それを彼女の口から直接聞いてしまうことが何だか怖くて、その時の私は何も聞けずにお姉ちゃんの隣を歩くのだった。






 私が窓に張り付いて、呼吸を荒くしながらお姉ちゃんを凝視する変質者エクスと出会うのは、その数日後のことであった。




 **********




 思い出に浸っていた私はゆっくりと目を開けた。

 お姉ちゃんへの恋しさを紛らわせるつもりが、なんだか余計に彼女に会いたくなってしまった。


「あと4ヶ月かあ………長いなあ………」


 私は沈み込んでしまいそうな気持ちを切り替えるように軽く頭を振ると、胸に抱いていた手紙の封を切ることにした。


「わっ、お姉ちゃんこんなに書いてくれたんだ。嬉しいなあ。大事に読まないと………」


 私は起き上がってベッドの縁に座ると、愛しい人からの手紙をゆっくりと読み始めるのだった。




 **********




 手紙を読み終わる頃、私の手元の便箋は破れる寸前までグシャグシャになっていた。


「おおおおお姉ちゃんの周りにゴゴゴゴミが、お姉ちゃんを狙うゴミが増えている………!!」


 手紙にはお姉ちゃんの王都での生活が事細かく書かれていた。何だか日記を読んでいるみたいだったが、それはまあいい。

 だが、許せないのはお姉ちゃんの周囲の男性比率の高さだ。お姉ちゃんは気づいていない様子だが、あの変質者エクス以外にもテイムとかいう男や訓練所の兵士達など、お姉ちゃんを狙っているゴミが増えている。

 怒りと焦りで視界が揺れる。一体誰の許可を得て私のお姉ちゃんに、私のアリエッタに手を出そうとしているのだ。こちらはただでさえ半年間も離れ離れで気が気でないのに、遠く離れた王都でアリエッタという灯に誘われる毒蛾が勝手に増えているのだ。何とかしなければ。しかしどうやって?答えの出ない問いに気ばかり焦ってしまう。




 そんな悶々とした気持ちを抱えながら、味のしない夕食を機械的に口に運んでいると、唐突に道は拓かれた。




「ミラ、お父さんは明日から本の買い付けに王都へ行くんだが、お土産は何がいいかな?」




 ―――これだ。天が私にお姉ちゃんを守護れと告げる声が聞こえた気がした。




「お父さんっ!私も一緒に連れて行って!」




 私の突然の宣言に、両親は当然の様に難色を示したが、将来的に仕事を継ぐ気なら良い勉強になるだろうということで何とか王都への同行を許可してもらうことが出来たのだった。




 待っててね、お姉ちゃん。


 お姉ちゃんを狙うゴミどもから私が守ってあげるから。



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