第16話 『お花の会』

「これは……」


 アルドラさんが庭園を見渡す。

 色とりどりの薔薇に囲まれ、その中央に茶会用のテラステーブルとチェアが鎮座している。


 時間よりも少し早いというのに、そこにはすでにウェンディさんが座っていた。

 フルドさんは先に来ていた彼女のためにお茶を入れてくれていたようだ。

 妖精と比べると人間用のカップはずいぶん大きく見える。


「やっほー、ルナ!」

「ウェンディさん、来てくださってありがとうございます」


 手を振ってくれるウェンディさんに手を振り返す。

 フルドさんが私とアルドラさんの分のお茶もテーブルに置いてくれた。


 辺りを見渡してみるもシリウス様の姿は見えなかった。


「ルナ様がウェンディ様とお知り合いとは驚きました」

「ウェンディ様……? ウェンディさんってもしかして偉い人だったりしますか……?」

「そんなことないよー。ただ王城ではちょっとした有名妖精ってだけ!」


 有名妖精って単語、初めて聞いた。

 確か王城近くの森にいると言っていたし、何かと王城を出入りしているということなのだろう。


「お久しぶりです、ウェンディ様」

「アルドラだ! 元気してる~?」

「はい、お陰様で」


 アルドラさんとも顔見知りみたいだし、有名なのは確からしい。


 立ったままのアルドラさんを席へと誘導する。

 この会はいったい何なのだろうかと彼女は私の顔を見た。


「えっと、これはですね……ズバリ、『お花の会』です!」

「お花の……会……?」


 咄嗟に出てきた言葉がこれって……。

 もっとネーミングセンスが光る感じの命名をしたかったというのに。


 へんてこな名前を言われたアルドラさんもぽかんとしている。

 ここ数週間で初めて見る表情だった。


「それで……その『お花の会』では何をするのでしょうか?」

「大それたことは特に。皆さんとお話ができたらな、と思いまして」

「話を、私たちと、ですか?」

「はい。私はここに来て日が浅いので皆さんのことを知らないです。なので、皆さんのことを教えてもらいたいなと」

「そのためだけに、この庭園の整備を……?」

「えっ! アルドラさん、ご存じだったんですか……?」

「ええ。ルナ様のお召し物が汚れていたのが気になって、フルドに聞いたのですけれど、彼が『ルナ様はお庭になど、行かれていないから』と言っていて。怪しいなと思い、木陰から様子を見させていただいておりました」

「じゃあ、今日のことも」

「……フルドが『お茶会』と口を滑らせていたので、薄々は勘づいておりました」


 フルドさんー!!

 アルドラさんに内緒でこそこそ庭園を手入れしていたことも、お茶会のサプライズのことも全てバレていただなんて。


 ……じゃあ、今朝の様子も気付いていないフリをしてくれていた、ということなのだろう。

 気を遣わせてしまって大変申し訳ない。


 フルドさんもまさか自分から情報が洩れているなんて思ってもいなかったようで、顔を青くしてプルプル震えていた。

 その隣でウェンディさんが大爆笑しているのだけれど、可哀そうになるのであんまり笑わないであげて欲しい。


「何故、薔薇の花を植えてくださったのでしょうか」

「倉庫にたくさん苗木が置いてあったので……あの、やっぱり、アルドラさんのものでしたでしょうか……?」

「そうですね。私が購入致しました」

「か、勝手に使って申し訳ございません……」


 やっぱりアルドラさんのものだったんだと思う気持ちと、勝手に使ってしまったことに対して怒っているんじゃないかという気持ちがいっぺんに襲ってくる。

 アルドラさんは園芸が好きだと聞いていたから、もしかしたら自分で育てたかったのかも。


 自分の視野の狭さに目も当てられない。

 アルドラさんの目を見るのが怖くて自然と俯いてしまう私の手を彼女が取った。


「ああ、勘違いなさらないで下さい。怒っていないのですよ。確かに苗木は私が買ったものですが、庭に植えてやることができないまま日が経っておりまして……あのままだと枯らしてしまうところでした」

「でも、アルドラさんなら魔法で庭園を整えたりできるのではないでしょうか……?」

「私の得意な属性が火なので、庭での魔法の取り扱いが難しいのです。そのため手で植える必要があったのですが、時間を割くことが出来ず。毎度苗を買っては駄目にしてを繰り返しておりました」


 彼女の言葉で整える前の花壇の様子に合点がいった。

 彼女が魔法を暴発させてしまったから、雑草すら生えていなかったのか。

 アーチについても燃えたことにより酸化して錆びだらけになっていたということなのだろう。


 一人納得する私の手を放し、アルドラさんは深く頭を下げた。


「ありがとうございます、ルナ様。あの子たちを植えてくださって。……それと申し訳ございません。今までの非礼を何とお詫びしたらよいか」

「いえ、そんな」

「シリウス様が急に婚約を言い出した時は、ルナ様がシリウス様を籠絡したのかと思っておりまして……勝手ながら貴女を疑っておりました」

「ろ、ろうらく」

「本当に申し訳ございませんでした」

「そんな……素性のよくわからない人間が近くにいるのは怖いと思いますし、アルドラさんの警戒は至極当然だと思います」

「ルナ様……」

「だからどうか謝らないでください。折角のお茶会なので楽しいお話をしましょう!」

「そうだよアルドラ。お茶が冷める前に席に着こう」


 第三者の声が突然聞こえて全員がそちらを振り向く。

 零れ落ちそうなほど目を見開くフルドさんとアルドラさん、それと楽しそうにしているウェンディさんの後ろを通り、私は声の主へと駆け寄った。


「お待ちしておりました、シリウス様」

「遅くなってごめんね。来るかどうかずっと悩んでいたんだけれど、君が準備を頑張っていたから、その……」

「来てくださって本当に良かった。さ、こちらです」


 固まるフルドさんの代わりにシリウス様のお茶を準備する。

 参加者が全員揃い、円満スタートした『お花の会』が少しカオスな展開を迎えることを、この時の私は露ほども察することができなかった。

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