第18話 突然の王妃様
『――んなの――』
誰かが私に話しかけている。
顔は不思議な光に包まれて全く見えないけれど、その声はどこまでも優しく穏やかだ。
『――が君を――』
全てが朧に消えていく中で、私は伸ばされたその手を握りしめた。
「……ゆめ、かぁ」
外はまだ薄暗く、完全に夜が明けきっていない。
いつもは朝まで熟睡できるというのに、夢を見たせいだろうか途中で覚醒してしまった。
ベッドから体を起こすことなくぼんやりと天蓋を見つめる。
顔も見えない夢の中の人に対してなぜか懐かしさを感じたのだけれど、もしかしたら会ったことのある人だったのだろうか。
考えてみるも記憶に
「だれ、だったんだろ……」
目をつぶり先ほどの光景を思い出す。
もう一度あの夢を見れたらいいなと、私は意識を手放した。
◇
「ルナ様が朝寝坊とは、珍しいですね」
「そう、ですね……変な夢を見たからですかね……」
朝ご飯の時間になっても降りてこない私を心配して、アルドラさんが部屋へとやって来た。
毎日ご飯が楽しみなので時間に遅れたことは一度もなかったのだが、今日初めて朝食に遅刻してしまった。
「一体どんな内容だったのですか?」
「誰かに会っていたんですけれど……顔が見えなくて……。声もぷつぷつと切れていたので分からない、って言う感じだったんですよ」
「そこまで分からないと、どんな人だったのか気になってしまいますね」
「そうなんです。でも何もかもぼやけてしまっていて、全然思い出せないんです」
アルドラさんの後ろをついていき、食堂へと入る。
そこにはすでにシリウス様が座っていて、優雅に紅茶を飲みながら本を読んでいた。
「お待たせして申し訳ございません、シリウス様」
「おはよう。ルナちゃんが寝坊なんて珍しいね」
「私自身もびっくりしてます」
お茶会の後から、シリウス様は食事の席に座るようになった。
今までは広い食堂の中一人ぼっちだったので、誰かと一緒にご飯を食べるのは月の国にいた時以来だった。
誰かと一緒に食べる食事はこんなにも味が違うんだと思ったのが記憶に新しい。
一人で食べていた時も勿論美味しかったけれど、誰かと一緒に食べるご飯は格別なのだ。
そしてもう一つ変わったことがある。
「ルナ様、おはようございます」
「フルドさん、お待たせしちゃって申し訳ありません」
「いえいえ。きっとお疲れだったのでしょう。気になさらないで下さい」
フルドさんが四人分の食事をワゴンに乗せて運んできてくれた。
そう。全員で一緒にご飯を食べたいと、私がわがままを言ったのだ。
皆快諾してくれたので、それ以降はこうやって食事をとっている。
まあ、皆さんは王城の仕事があるので、忙しい時は難しいけれど……時間があるときはこうやって食卓を皆で囲んでいた。
「では、いただき――」
ます、と言う言葉は突然開かれたドアの音によって掻き消された。
全員がここにいるのに誰が来たと言うのだろうか。
ウェンディさんかとも思ったのだが、入ってきた人影で違うと分かった。
「あらー! 本当にシリウスが部屋から出てきてるわ! ……ってお食事中だったかしら。ごめんなさいね?」
彼女がドアを思い切り開けたのだと理解するのに数秒かかった。
もっとお淑やかな王妃様だと思ったのだけれど案外アグレッシブな人だったらしい。
アルニラム王妃がここに訪問するのは初めてのことだったのでぽかんとしていると、彼女の後ろからパタパタと誰かが走ってくる音が聞こえた。
「王妃……! 急に、走らないで、くだ、さい……!」
ぜえぜえと肩で息をするアセルスさんが彼女に続いて入ってきた。
王妃様を追いかけてここまできたようで、私たちを視界に入れると慌ててお辞儀をした。
「あの……とりあえず、ご飯を食べても大丈夫でしょうか……?」
私の質問に対して王妃様は「もちろん!」と弾ける笑顔でそう言った。
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