第17話 シリアスVS腹の虫
お茶会が始まって恐らく数分が経過した。
憶測なのはこの場に時計がないからだ。
時間についてはあくまでも私の感覚になる。
その間、誰も発言していない。
あのお喋りなウェンディさんでさえ、全く何も言わないのだ。
何なら皆さん、お茶にもお菓子も手を付けていない。
どうしたものかと様子を伺っていると、シリウス様が徐に口を開いた。
「フルド、アルドラ。今まで申し訳なかった」
彼は膝に手を置き、頭を下げた。
突然の謝罪にフルドさんもアルドラさんも慌てふためいている。
「とんでもございません、坊ちゃま!」
「フルドが申し上げた通りです。私共に頭を下げるなど……」
「いや、謝らないといけない。ずっとお前たちに迷惑をかけていたんだから」
話が分からずウェンディさんの顔を見る。
彼女は詳細を知っているようで、私の表情を見ると口元に人差し指を持ってきた。
話の腰を折らないようにしろというお達しである。
なので話が終わるまでいい子で待っていなければいけないのだけど、如何せんお腹が減ってしまった。
動き回っていたのとつまみ食いを我慢していたこと、今がちょうどお昼時という事実がトリプルパンチで私に襲い掛かってくる。
攻撃を受けているのは主にお腹だけど、こんな真面目な空気の中で鳴らすわけにはいかない。
私は両手をお腹に持っていき、何とか耐えようと試みた。
「部屋から出ず、お前たちに仕事を押し付けて……僕はずっと逃げてばかりいた」
「あんなことがあったのですから当然です!」
フルドさんが声を荒げる。
彼は二人で庭の手入れをしていた時のように何かに苦しむ顔をしていたけれど、それはシリウス様も同じだった。
ずっと何かに耐えていて、それでも前へ進もうとしている。
「それでも、十年という月日、姿を消したのはあまりにも無責任だ」
「シリウス様……」
アルドラさんは今にも泣きそうだ。
十年と言葉でいうのと実際体験するのでは全く違う。
私の知らない十年は三人にとってきっと辛いだけの時間だったのだろう。
それでもフルドさんとアルドラさんは傍から離れなかった。
「二人には謝っても謝りきれない。……こんな僕をずっと傍で支えてくれて、本当にありがとう」
「勿体なきお言葉……!」
フルドさんは胸ポケットに入れていたハンカチを取り出し、それで溢れ出る涙を抑える。
アルドラさんは顔を両の手で押さえていたが、シリウス様からハンカチを差し出されそちらを使って涙を拭っていた。
「どうか……これからも僕を支えてくれると嬉しい」
二人が涙を流しているのを見てか、シリウス様の目にも涙が光る。
夜空を想わせる紺色に染め上げられた瞳に映し出される星々は絵画のように美しかった。
彼の言葉に従者二人は嗚咽を漏らし、首を縦に振る。
感無量で言葉も出てこないみたいだった。
シリウス様はアルドラさんにハンカチを渡していたので私のハンカチを差し出そう。
そうしたのがいけなかった。
私はポケットからハンカチを取り出しシリウス様へと渡す。
「あ……ありが」
その瞬間腹から爆音が鳴り響く。
それはそう、抑えていた手がなくなってしまったのだから、当然と言えば当然なのだ。
言い逃れのできない状況を実感すると同時に顔から血の気が引く。
シリウス様のきょとんとした顔は多分一生忘れられない。
そして従者二人も主と同じような顔をしていて、更に申し訳なくなった。
「た……大変申し訳ありません……」
穴があったら入りたい。
もうそこから出てきたくない。
恥で死にそうになる私を見て、シリウス様が笑いだす。
声を上げて笑う姿に従者二人はまたもや驚いていた。
シリウス様って笑わない人だったのだろうか。
「笑わないでください……!」
「ごめん、ルナちゃんがそんなに食いしん坊だとは思ってなかったから。そうだね、僕のせいだ。待たせてごめんね」
「シリウス様のせいではなく、腹の虫のせいと言いますか……」
「それじゃあ、食べようか。お茶は冷めてしまったけれど、フルドのいれる茶は冷めてもおいしいから」
泣いたから出てきたのか笑ったから出てきたのか分からない涙を拭って、シリウス様はお茶を飲む。
私とシリウス様のやり取りを見て緊張の糸が途切れたのか、三人は肩を振るわせて笑っていた。
◇
お茶会の後、フルドさんとアルドラさんは片付けのためにキッチンへと戻っていった。
「ルナ様はこちらでシリウス様とご歓談くださいませ。何か必要であれば私共にお申し付けください」
何か手伝おうと立ち上がる私にアルドラさんが言葉を投げかけた。
彼女は立ち去る前に私の方へと近づき、そして綺麗なお辞儀をした。
「ルナ様、ありがとうございます」
何に対するお礼なのかは分からなかったけれど、彼女は満足そうに笑っていたからまあ、良いか。
いつものようにキビキビと歩く彼女を見送った。
「じゃ、ボクも退散するねぇ〜。あとは若いお二人でっ!」
ウェンディさんもそういうと、羽で飛んで帰ったのか魔法で移動したのか、瞬きの間にいなくなってしまった。
そして私たちの間に沈黙が訪れる。
急に二人きりになったことを意識してしまっているというか、なんというか……。
こういう時、どう声をかけるべきなんだろう。
「ルナちゃん、ありがとう」
うんうんと悩む私に対してシリウス様はそう伝えた。
私は彼からお礼を言われるようなことをしていない。
どうしてそんなふうに言ってくれるのかわからず、慌てふためいてしまった。
「えっ……?」
「君が誘ってくれたから、僕もフルドとアルドラに面と向かって会う覚悟ができたんだ。だから本当にありがとう」
「いえ! むしろお礼を言うのは私の方です。来てくださって、本当にありがとうございます」
お互いに頭を下げ続ける様が可笑しくて、私たちはどちらからともなく笑いだす。
「このままだとお礼が終わらないからここまでにしようか」
「そうですね」
聞きたいことはたくさんあったけれど、今全部を聞く必要はないのかも。
少しずつ知っていけたらいいんじゃないかな。
頬を緩ませて笑う彼を見てそんな風に思った。
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