花嫁様は月よ星よと愛でられる
若桜紅葉
第1話 唐突すぎる婚姻
月の国、謁見の間。
普段は閑散としているこの場所に珍しく尋ね人がやってきていた。
「――星の国の使者殿よ。本日はどのようなご用件だろうか?」
国王であるお父様が重々しく問いかけた。
ガラス張りの天井から月の光が入り込むこの場は緊張感が漂っていて、集められた母や兄姉も緊張しているのが分かる。
ほとんど交流のなかった星の国から使者が来るなど異例中の異例だ。
何か良くない知らせなのだろうかと私も不安な面持ちで行く末を見守った。
「我が国の王子である、シリウス様より文を承っております」
「王子から、文を……?」
「左様でございます」
「して、その内容は」
使者は困ったように眉を寄せ、懐から一通の文を取り出す。
数えるほどしか見たことのない国書の証である判が押されたそれを彼は仰々しく両手に持つ。
大きく息を吸い込むとこれでもかというぐらいの声量で喋り出した。
「腰ほどまである緑の黒髪、宝石のように煌めく瞳、清廉と可憐を編んでできた月の雫のような姫君を是非とも妻に迎え入れたいとの申し入れでございます!」
……はい?
そう聞きたかったのは私だけではなく、家族揃って大きく口を開けて固まっていた。
呆気にとられたまま数秒が経過し、そして皆弾かれたように一斉に私のほうへと顔を向ける。
月の国の王族でかつ長髪の女性は一人しかいない。
「それって、私のことでしょうか……?」
私も思わず自分のことを人差し指で指してしまった。
整理の終わっていない頭を必死に回してみたけれど、考えれば考えるほど理由がわからない。
「えっ、ちょっ……ちょっと待って……」
先程までの威厳は何処へやら、お父様もこの動転ぶりである。
私たち家族は父がキャラクターを作っていたことを分かっていたから無反応だったが、星の国の使者様からしてみたら急な豹変だったようで「えっ……?」と声を出して驚いていた。
通常であれば見合いや婚姻の話は第一王女の姉様にくるはずなのに、どうして私が星の国の王子様に結婚を申し込まれているのだろう。
お会いしたこともなければ文を交わしたこともないのに、私のことをどこで知り得たのか。
人伝に聞いたという線も考えたが、為政については両親とその後を継ぐ兄姉が行っているため、私は諸外国との関わりがない。
では家族が話したのかと思われるかもしれないが、それはついうっかりでもあり得ないと断言できる。
だって――。
「ルナちゃんが星の国に嫁ぐなんて……お父さん嫌だぁー!!」
短い間に二回の変貌を見せられた星の使者様は再度「えっ」と声を漏らした。
私が使者様と同じ立場だったら困惑する、とてもよく分かる。
お父様のこの態度はいつものことだけれど、第三者がいるのにあの発言をされるとすごく恥ずかしい。
「こら、アナタ。お客様に向かって失礼ですよ。私も反対ですけれど」
お母様も息をするように反対しており、その声にお姉さまもお兄様もうんうんと強く頷いていた。
何を隠そう両親、兄姉ともに私に対して超がつくほどの過保護なのだ。
私が生まれた時からこの調子で、何度も「成長したから大丈夫です」と伝えても皆の態度が変わることはなかった。
だから彼らが私の話を他人にすることはないと言い切れる。
そのせいで諸外国はおろか月の国でも私のことを知っている人間は両手で余るほど。
私は影の薄い存在のはずだというのに何故こんな状況になっているのか、不思議で仕方ない。
猛反対を見せる両親と兄姉に星の国の使者様の顔色がどんどん悪くなっていく。
病人のように青い顔で彼は私に懇願の視線を送ってきた。
もしかして、星の国の王子様はとても怖い人なのだろうか。
このまま使者様を返して彼の首が飛んでしまうなんて事態になってしまったら、とても嫌だ。
使者様につられるように全員の視線が再度私に集まる。
「ルナ、お断りして大丈夫よ」
「そうそう。ルナはまだ若いんだし、嫁に行くことないって」
姉のルミスと兄のルアンもこの話に全面的に反対しており、否定的な言葉を述べていた。
家族は断ることを望んでいるけれど、だからこそ私にとってこれはチャンスだ。
月の国は星の国に対して苦手意識があって、そのせいで今まで全く交流がなかった。
この機会を逃してしまったら交流は一生途切れてしまうかもしれない。
月の国の繁栄を思えば、諸外国との関りを断つべきでないのは明白だ。
その架け橋に私がなれるのであれば、私は初めて国のために役に立てる。
「……そのお話、お受けいたします」
私の言葉を聞き使者様は安堵の息を漏らし、家族は驚愕の表情を見せた。
何か言わなくてはいけないという使命感に駆られてか、お父様が生け簀の魚のようにパクパクと口を動かしている。
「ど……どうして……」
「お父様、我が国のためを思えば、このお話受けるべきかと思います。月と星の国、今まで関わりのなかった両国に縁ができるのですから」
「でも……」
「私は大丈夫です」
「ルナちゃんが……そこまで言うなら……」
尚も渋るお父様に強めに言葉を投げかける。
国のためというのは分かっているからか、父もやっとのことで首を縦に振ってくれた。
話の行方を不安そうに眺めていた使者様へと向きかえる。
最終決定の意思表示のため、私はドレスの裾を持ち上げ恭しく頭を下げた。
「このお話、謹んでお受けいたします」
「あ……ありがとうございます! 王子にすぐに報告しなくてはっ! ……また後日、お迎えに上がらせていただきます!」
彼はそう告げると脱兎のごとく出て行ってしまった。
嵐のような人だったなあと彼がいなくなった出口を眺めていると、母が心配そうに私の傍へとやってきた。
「ルナ……本当に大丈夫? 知らない人に、その、嫁入りするのよ……?」
「お母様も心配性ですね」
「心配するわ。大事な娘ですもの」
「ありがとうございます。でも私は大丈夫ですから」
今までいい子にしてきた私がまさかあんな形で求婚を受け入れるとは思っていなかったのだろう、母だけではなく父も兄姉も皆、眉根を寄せていた。
それでも私はこの話を無かったことになんてしたくない。
星の国がどんなところなのか、王子様がどんな人物なのか全くわからない。
例え王子が傍若無人で国が荒れ果てていたとしても私は立派に勤めを果たしてみせる――。
そう心に強く誓った。
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