第2話 馬車に揺られて

 星の国の使者様から文が届いたのは謁見から二日後だった。


 一週間後に私を迎えに来るとの旨が記載されたシンプルな内容だったが、直近過ぎる日取りに月の王宮は大慌てになった。

 もっとこう、一年後に結婚式をやってみたいなスケジュール感だと思ったのだが、どうやらそうではなかったらしい。


 皆嫁入り準備にバタバタしていたが、私は慌ただしくなることもなかった。

 持っていきたいものと言われても特に思いつかないし、必要最低限の衣類とお気に入りの本を数冊、あとはペンと紙さえあれば十分。


 メイドたちからはもっと宝石類や衣服を持って行けと言われたけれど、どうせ荷物になるし、とやんわり断った。

 彼女たちも家族同様、私に対して過保護なのである。

 幼少期に病弱だった過去もないというのに、皆心配性で困ってしまう。



 約束の一週間後、星の国の迎えは日の入りと共にやって来た。

 どうやら目立たないように夜に来てくれと両親が依頼したらしい。


「それにしても準備に一週間とは急ではなくて?」


 姉がこれでもかというぐらい顔をしかめて使者様に文句を言う。

 私との別れを惜しむのに時間があまりにもないと、この一週間ずっと怒っていたのだ。

 使者様に言っても可哀そうだと思うけれど、今の姉を止められる人は誰もいない。

 怒りをぶつけられた使者様は申し訳なさそうに首を垂れた。


「大変申し訳ありません、ルミス様。何せ王子からすぐに迎えに行くようにとの命が出ておりまして……」

「そんなに怖いのかしら、王子様というのは」

「わたくしの口からはとても……」

「あら、そう」


 思い通りの答えが返ってこなかったからか、お姉様は使者様に急激に興味を無くした。


 元々、お姉様は自分の身内判定した人間には甘いのだが、他の人へは割とドライというか……少し攻撃的なところがある。

 それに加えて年の離れた私を猫可愛がりしていたから、今回の件に関して我慢が効かなくなっていた。

 だとしても使者様に非は一つもないのが問題なのだけれど。


「ルナ、嫌なことがあったらすぐに言うのよ? 飛んでいくから」

「ありがとうございます、お姉様」

「ああ、何て可愛いのかしら私の妹は! 嫁に出したくないわ、本当に!」


 お姉様はそういうと私を強く抱きしめた。

 その後お母様ともハグをしてお別れの挨拶を済ませると、星の使者様が待つ馬車へ足を進めた。

 使者様は胸に手を当て、丁寧にお辞儀をしてくれる。


「ルナ様、こちらです」

「ありがとうございます……その、先ほどはお姉様が失礼なことを言って、申し訳ございません」

「お心遣い痛み入ります。ルミス様がお怒りになるのも当然でございますから」


 そんなこんなで過保護な家族とメイドたち、あとは父の懐刀の側近にのみに見送られて月の国を後にする。

 闇夜に乗じて奇襲なんてものもなく、馬車は穏やかに道を駆けて行った。



 思えば王宮から出たことなんてなかったなと窓の外を見るが、夜だから真っ暗で何も見えない。

 当たり前と言えば当たり前なのだけれど、見たこともない景色が広がってて感動するみたいな流れをやってみたかった。

 落胆する私に使者様は過剰に反応した。


「ルナ様は星の国のことをどれぐらいご存じでいらっしゃいますか?」

「ええっと、魔法使いの国ということは知っているのですが、それ以外は……その、ごめんなさい」

「とんでもございません。知らない国に行くのは怖いですよね」


 今の落胆は嫁ぐことに対してではなかったのだが、使者様は気を遣って話しかけてくれた。

 不安がないと言えば嘘になるが、そこまで怖いかと言われればそんなことは全くない。

 景色が見えないと残念がっている姿がアンニュイな雰囲気だったのだろうか。

 彼の目に映る私はとんでもなく繊細な王女になっているのかもしれない。


「おっしゃる通り、星の国は魔法使いの住む国です。能力の差はありますが、皆魔法を使うことができます。」


 唐突に魔法と言われて首を傾げる私に、使者様はふっと柔らかく笑った。

 初めて月の国に来た時はあんなに錯乱していたのに、普段は落ち着いている方なのか。

 形のいい唇を徐に開き、彼は言葉を紡いだ。


「例えば、こんな感じです」


 使者様はそう言うと手のひらを出す。

 なんの変哲もないと思っていたところに光が集まっていき、雪の結晶が姿を現す。

 それだけでも見事だというのに結晶はパキパキと音を立てて姿形を変えていき、一輪の花を作り上げた。


「すごい……!」

「……怖くありませんか?」

「怖い? 素晴らしい、の間違いではなく?」


 私の言葉に彼は目を丸くし、そして声を上げて笑い出した。

 何が琴線に触れたのかはわからないけれど、先程までの苦しそうな顔よりずっと良い。

 ひとしきり笑った使者様は目尻に溜まった涙を人差し指で拭い、照れくさそうに頬をかいた。


「そう言っていただけて光栄です。……やっぱり、貴女で良かった」


 私で良かったとは……もしかして今のやり取りは嫁入り前の試験的なものだったとかでしょうか。

 間違った答えを言ったら野に捨てろと命令されていたとかだったら笑えない。


 流石にそこまで酷い仕打ちは両国の友好関係が最悪になってしまうからないとしても、星の国についた途端に冷遇される可能性もあったのかも。


 変な想像を膨らませてしまったけれど、とりあえず合格したみたいだし……まあ、大丈夫かな。

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