第3話 ようこそ、星の国へ

 魔法が実在しているとは思わなかった。物語にだけ存在しているものだとばかり。

 月の国から出るだけでいろんなことが知れるなんて……もっと早く知りたかったな。


 王城に入ったらきっと忙しくなるので、今のうちに色々聞いてしまおう。

 好奇心に負けて声をかけようとしてふと気が付いた。


 私、この人の名前を知らない。

 お父様への謁見の際に名乗っていたと思うのだけれど、全然思い出せない。

 大変申し訳ないけれど適当にごまかしながら話すのも失礼だし、聞いてしまおう。


「ごめんなさい。お名前をもう一度伺っても?」

「ああ、すみません。ちゃんと名乗ってなかったですね。僕は……アセルスと言います」


 なんか名乗る前に謎の間が。

 不思議に思って彼の顔を覗き見るも、完璧なまでの笑顔で返されてしまった。


 それにしても、ちょっと覚えにくい名前。

 自分で言っておいてあれだけど、なんて失礼な感想なのだろうか。

 

 でも語感が絶妙に悪い。気を抜いたら忘れてしまいそう。

 確か前に読んだ本で『名前を覚えるためには、話し始める前に名前を呼ぶと良い』って書いてあったはず、今こそ実践しなくては。


「アセルスさん。魔法ってどんなふうに出していらっしゃるのですか?」

「どんなふうに、ですか。難しいですね」


 不自然に名前を呼ばれて彼は小首を傾げたが、さらに首を傾げた。

 自分にできないもの程、どうなっているのか構造が気になる。

 もしかしたら魔法使いから直接話が聞ける機会なんて、後にも先にもないかもしれない。


「そうですね……こう、ポワッとさせてグッと力を込めてシュッとする感じです」

「ぽわっとさせて、ぐっとして、しゅっとする」


 すみません、一つもわからないです。

 なんて言えるわけもない、彼は至極真面目に今のを言っているのだから。


 丁寧に話す姿から想像もしていなかった擬音語パレードに圧倒されて、つい復唱してしまったのは許してほしい。

 だって本当にびっくりした……と言うかこれはなんと返答すべき?


 今まで身内以外の人間との関わり合いがなかったから、こう言う時になんと言えば良いのかわからない。

 思考を巡らせて黙り込む私に、彼はハッとして咳払いを一つした。


「も、申し訳ございません……何分、感覚で魔法を使っているもので、説明したことがなく……」

「とんでもないです、むしろ私の方こそごめんなさい」


 お互いに謝り合戦を繰り広げているところで、馬車についていた鈴がちりんと鳴いた。

 それを合図にアセルスさんが馬車の窓を開ける。


「ルナ様。あちらが星の国でございます」

「わあっ……」


 照らされた橋が水上で光の道をつくり上げている。

 一つ一つの灯りは大きな壁へと向かっていて、あれが星の国の入り口になるのだろうとわかった。


 光源はランプでも灯籠でもなく宙をたゆたう炎のようなもので、これも魔法で作られたものなのだろう。

 素敵な光景の中走り抜ける馬車、髪を攫っていく夜風。

 今あるすべての美をこの目に焼き付けた。


「ようこそ、星の国へ」


 アセルスさんの声と共に門が開く。

 城壁付近には人の気配がないので、恐らくは魔法で開閉しているのだろう。

 門のような重たいものも開けられるなんて魔法はとても便利だ。


 夜だからか人影はないが、家々に灯りが灯っているのが分かる。

 馬車の音が閑静な街に響いてきたためか、窓を覗き込む人や家の陰から通りの様子を伺う人など様々いた。


 お父様が無理を言い出さなければ夜に通ることもなかったのにな、と申し訳なくなってしまう。


「どうされましたか?」

「こんな夜更けに五月蝿くしてしまって申し訳ないと思いまして……」

「そんなに重く考えなくても大丈夫ですよ。……今日は偶々静かですが、いつもは妖精と人間が一緒に踊ったりしていて、夜であっても賑やかなんです」

「そうなんですね。妖精のダンスかぁ……さぞ美しいのでしょうね」

「ええ、とても綺麗ですよ。機会があれば是非とも見ていただきたいです」


 世間話に興じていると馬車が緩やかに止まった。そしてアセルスさんが私の荷物をもって降りて行った。

 そういえばこの馬車は御者が乗っていなかったけれど、星の国では魔法で馬車を動かすのが一般的なんだ。


 想像に耽っていつまで経っても降りてこない私を心配して、彼がドアから私を覗き見る。


「お加減が悪いのでしょうか……?」

「いいえ、大丈夫です。直ぐに行きます」


 彼の手を取り、ドアを潜り抜ける。

 その先に満天の星空の元、王城がそびえ立っていた。

 月の王宮とはまた違う厳格で荘厳な作りに思わず魅入ってしまう。


「ルナ様、こちらです」

「ありがとうございます」


 彼が手を引いてくれなかったらずっと上を見上げたままだったかもしれない。

 星の国では私が月の国の代表として皆さんの目に映るのだから、もっとしっかりしなくては。

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