第4話 つまるところ、誰も分からない

 アセルスさんに導かれてやって来たのは国王と王妃のいる玉座だった。


 委縮しそうになるも心に誓った信念を思い出し、背筋をスッと伸ばす。

 幼少のころから叩き込まれてきた王女の姿勢だ、見栄えだけは完璧なはず。

 早くなった心音を落ち着けるために深呼吸をした。


「アセルス、ご苦労。下がってくれ」

「御意」


 国王がアセルスさんに声をかける。

 彼は元々王子ではなく王の従者だったのか。


 ここまでずっと一緒だった彼がいなくなってしまうのが心細くて視線だけで姿を追うと、バッチリ目が合ってしまった。


『リラックスなさって』

 彼は口パクで伝えると両手の人差し指を両えくぼに持っていき、最後に笑顔を作って見せた。

 そして長居するわけにもいかないと、玉座の間から退出した。


 彼に言われた通りだ。

 姿勢の事ばかりに気がいっていて、顔にすごく力が入っていた。

 国の代表として話したことのない小娘だけれど、そう思われてしまってはいけない。

 私だって役に立てるということを、両親と兄姉に示さなくては。


 胸を張り、えくぼを軽く上げて目じりを下げる。


「お初にお目にかかります。月の国、第二王女のルナと申します」

「遠路はるばるありがとう。私は星の国、国王のゴメイサ。そしてこちらが妻のアルニラム」

「ごきげんよう、ルナさん」


 ブロンドの髪に優しい顔つきのゴメイサ王は夜明けの空のような不思議なグラデーションの瞳を細めて笑う。

 彼のその隣ではストロベリーブロンドを一つにまとめたアルニラム王妃が座っていた。

 容姿端麗な二人はまるで絵画から出てきたかのように美しく、完璧な出立ちである。


 見惚れてしまった顔を引き締めて私を呼び寄せた当の本人を探すも、両陛下以外にそれらしき人がいない。

 というかこの場に私たち以外の人間がいない。


「あの、ゴメイサ王。シリウス王子が見当たらないのですが」

「あー……シリウスは……うん……」


 優しい顔つきのため威厳というものをあまり感じないゴメイサ王だったが、言葉の歯切れが悪くなり更に威厳からかけ離れてしまった。

 困り眉でアルニラム王妃を見つめるも、王妃はにこやかに笑みをたたえるばかりで話が進展しない。


 この状況、何かおかしい。

 私は直感的にそう思い、ゴメイサ王に問いかけた。


「もしかして、王子に何かあったのでしょうか……?」


 不治の病や怪我など、この場に王子が来られない理由が何かあるのかもしれない。

 お気に入りの小説の一つにもそんな展開があったし。


 王がいたたまれないと言いたげにしているのを見て、私の妄想は確信に変わった。

 やっぱり何かのっぴきならない事情があるのは火を見るよりも明らかだった。


「私の夫となる方の事です。教えてはいただけませんか?」

「言わなきゃ……だよねぇ……やっぱり……」


 独り言のように王はつぶやく。

 そして固く閉ざされていた口をゆっくりと戸惑いながらも開いていった。


「その……我が息子は……引きこもっていて……」

「引きこもっていて……?」


 聞き間違いでしょうか、今、引きこもっていてと聞こえた気がする。

 ゴメイサ王がぼそぼそ話すので、本当にそう言っていたのか分からない。

 聞き返した私に対し、彼は「うん」と返事をした。


「引きこもっていて、部屋から出てきてくれない……んだよね……」


 先ほどよりかは幾分聞きやすい声量で、国王はそう答えた。

 尻切れトンボな話し方と肩身が狭そうに玉座に収まっている姿はあまりにも浮いていて、玉座に座られているといったほうがしっくりくるかもしれない。


「つい最近という訳ではなく、もうかれこれ十年ぐらいになるかしらねぇ」


 アルニラム王妃がまったりとした口調でとんでもない爆弾を投下した。

 上品に口元に手を持っていき美しく微笑む姿は女神様みたいだというのに、言っている内容が凄まじい。


 両陛下の返答に私は開いた口が塞がらない。

 どんなことがあっても凛としていようと決めたばかりだというのに、早速心をかき乱される結果になるとは誰が思っただろうか。


 ええっと、つまり十年ぐらい引きこもりなのに、急に私に婚姻を持ち掛けたって言うことであってる……?


 思えば玉座の間に入った時から両陛下はなんだか落ち着きなさそうにしていた。

 あれは引きこもりの息子が急に結婚すると言い出したから何事かと思ったということだったのか。

 そして当の本人が誰にも何も説明していないというこの状況。


「つまり……どういうこと……?」


 心の中で言っていたはずの言葉が口から洩れてしまった。


 動揺を隠しきれない私と、詳細が分からず困惑するゴメイサ王は共に頭を抱える。

 そんなカオスな状況でアルニラム王妃だけが優雅に笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る