第7話 姿の見えない妖精
屋敷の外も中と同様よく言えばシンプル、悪く言うなら殺風景だった。
昨日ここへ来たときは暗くて分かりづらかったが、木々が生い茂る手前に生垣に囲まれた庭園らしき空間がある。
何故『庭園』と言い切らないのかと言われれば、ここが私の想像する庭とあまりにもかけ離れているからだ。
昔は薔薇が植わっていたのであろうアーチは錆びてそこに刺さっているだけになっているし、花壇らしき場所には雑草すら生えてない。
長いこと使われていないのだろうか。
なんだかここにある全ての物に哀愁が漂っている気がしてきた。
「あ、ベンチもあったんだ」
恐らくは庭園を眺めるために置かれたベンチも今やただのオブジェクトになっている。
何となくそこへ座ってみるも見える風景が変わるわけではない。
言い表しようのない感情を昇華するために私は大きくため息をついた。
「ん……?」
途方に暮れて上を見上げた私の目に一枚の紙が映った。
風に乗って落ちてきているというにはあまりにも優雅に漂いながら、私のほうに向かってきている。
これも魔法の力だろうか……?
手の届く距離に来たその紙を宙で掴む。
手元へと引き寄せ確認するも、紙面を確認しても真っ白で特に何も書かれていない。
周囲を見渡してもあたりに人影はなく、誰かが誤ってこちらに飛ばしてしまったということはなさそうだ。
屋敷から飛んできたのかとも思ったけれど、すべての窓が閉じられているためそれもあり得ないだろう。
どうしたものかと紙に再度視線をやると何もないところからふわふわと光が集まって来た。
昨日馬車でアセルスさんが見せてくれた時のものと似ているが、氷の魔法という訳ではなさそうだ。
集まった光は最終的に筆のような形になり、すらすらと紙に文字を書いていった。
『何か困っているの?』
「困ってます! ってこの声は聞こえてるのでしょうか……?」
『ちゃんと聞こえてるよ。安心して』
「あ、そうなのですね」
紙と話すとは何と不思議な光景でしょうか。
周りに人がいなくてよかった。
もしかしてこれは昨日アセルスさんが言っていた『妖精』なのかもしれない。
小説にもよく姿の見えない妖精が出てきたりするし、星の国は本当に不思議で面白い。
空想に浸りつつ、紙の妖精さんとお話をする。
「実は、私にできることを探してまして」
『君にできること?』
「はい……嫁ぎに来たのですけれど、何をしたらいいか分からず。お屋敷のことをお手伝いしたいと思ったのですけれどアルドラさんとフルドさんに断られてしまって」
『成程』
「その、何かして皆さんの役に立てればと思ったのですが……そうしたら仲良くなれるかな、なんて思いまして……」
最後のほうの言葉は尻すぼみになってしまった。
私は魔法が使えるわけでもないし、特別な力があるわけではない。
できることはきっと限られているんだろうなと思うと段々自信がなくなってしまった。
紙の上でペンがふわふわと揺れる。
何と書くか迷っているんだなと分かって、この妖精さんに対して少し親近感が湧いた。
『例えばだけれど、ここの花壇を整えるのはどうだろうか』
「花壇を、ですか?」
『フルドとアルドラは屋敷の仕事と王城の仕事をかけ持ちしているから忙しい。だから必要最低限の食事の支度や掃除はするけれど、庭園の手入れまでは手が回らないんだ』
「そうなんですね。お花を育てるなんてやったことがないから上手にできるか心配です」
『大丈夫。僕がサポートするから。それに……』
「それに……?」
『きっとアルドラが喜ぶと思うから』
妖精さんは彼らのことをよく知っている。
もしかしたら二人と仲が良いのかも。
昨日今日のアルドラさんから喜ぶ姿があまり想像できないけれど、喜んでもらえるのならやるしかない。
だけど花壇の中に花はおろか種すら植わっている気配はないのだけれど……。
そんな私の心中を察したように、ペンが文字を書いていく。
『ガーデニングに必要なものは屋敷裏の倉庫にすべて入っている。花の種や苗木もそこにあると思うから探してみて』
「あ……ありがとうございます! 私、頑張ります!」
『どういたしまして』
妖精さんのアドバイスを元に早速、花壇の手入れをしなくては!
勢いよくベンチから立ち上がる。
そういえばまた人の名前を聞かないで話から始めてしまった。
「自己紹介が遅くなってごめんなさい。私はルナと言います。あなたのお名前は?」
『僕はカニクラ。よろしくね、ルナちゃん』
「よろしくお願いします。……あの、またこんな風に相談しても良いですか?」
『勿論。お屋敷内だったら大丈夫。いつでも声をかけて』
カニクラさんはそう伝えるとパッと紙ごと消えてしまった。
とにかく今は私にできることをしよう。
先程まで沈んでいた気持ちが嘘のように晴れやかになっていた。
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