第8話 土いじり、のち、晴天

「お邪魔します」


 誰もいない倉庫に声をかけて中に入る。


 空部屋に対して挨拶をするのは昔からの癖だ。

 部屋に挨拶をすると空気が柔らかくなる気がするという思い込みなのだが、結構効果がある。

 現に少しばかりだけど緊張がほぐれてきた。


「植えると言っても何を植えたら良いのかしら……」


 そんな独り言を漏らしながら、倉庫の中を改める。

 カニクラさんの言う通り、ガーデニングに必要なものは揃っていた。

 また作業机も備えられており、その横には簡易的な本棚も置いてあった。


 本の内容は園芸に関するもので、初心者向けのものから上級者向けのものまで様々だ。

 並べられた本の中には庭園写真集も置いてある。

 手にとってみると、そこには素晴らしい薔薇の世界が広がっていた。


 ……今見ている物もそうだけれど、ここには薔薇に関する本が多い。

 気になって一旦スルーしていた苗木や種を確認すると、やはり何種類もの薔薇が置いてあった。


 もしかしてアルドラさんは薔薇が好きなのだろうか。

 ここに置いてあるものが彼女のものか確証はないけど、他にいい案もない。


 私は初心者用の指南書と苗木たちを持って、花壇へと向かった。



 ◇



 花壇を整え始めてから三日ほど経った。

 アルドラさんは基本的に昼ぐらいから王城へ向かうので、私もそれに合わせて庭園へと向かうようになっていた。


 婚姻の話はあれから何一つとして進んでおらず、シリウス王子は引きこもったまま。

 彼の部屋に行って直接聞きたい気持ちもあるけれど、アルドラさんからは部屋に近づかないよう言われてしまっているため、それもできない。


 彼女の言いつけを破ってしまったら、仲良くなる前に嫌われてしまうし……。

 そんな言い訳を並べながら庭へと向かった。



 土いじりをしていると心穏やかになれる。


 焦っていたことも全部忘れて、一心不乱に土を掘り進めた。

 遠目から見ていた時はそんなに大きさを感じなかった庭園だが、いざ整備しようとすると広い。


 一人でやるのは中々骨が折れると言うことを、自分でやってみて初めて知った。

 ここの数倍はある月の王宮の庭園を手入れしていた庭師には頭が上がらない。


「ル、ルナ様……⁉︎」


 なんと言うことでしょう、フルドさんに見つかってしまいました。


 どうやら屋敷内に私がいなかったから、探してくれていたらしい。

 部屋にいない王女がまさか庭園で泥だらけになっているなんて、思わないですもんね。


 驚愕顔で固まる彼になんと説明したものか。


「これには事情がありまして……」

「事情、でございますか?」

「あの……とある有識者の方から、アルドラさんはお花が好きだと伺いまして。忙しい彼女の代わりに、私が庭を整えたら喜んでくださるかなぁ、と思い……その……」


 説明してたらものすごくおせっかいな気がしてきた。

 押し付けがましいと思われてしまったかな。

 そんな不安から視線を逸らしてしまう。


「……ルナ様」


 怒られる、と思わず目を閉じる。

 私の心配とは裏腹に、フルドさんは私の手を取り跪いた。


「感激いたしました!」

「……へ?」

「見ず知らずの国へ嫁いで不安な身の上にも関わらず、人を思いやるその心! 流石はシリウス様が選んだ方でございます!」

「そんな、褒めてもらうことでは」

「謙遜されないでください。アルドラが無礼な態度をとってしまっていると言うのに、貴女様は本当にお優しい。……彼女に代わって私から謝罪をさせて頂きたく」

「頭を上げてくださいっ! 私がアルドラさんと同じ立場だったら、素性のわからない人がお屋敷にいるのは、その、怖いなぁって思いますし……」

「ルナ様……」

「だから彼女に『私はこんな人ですよ』って知ってもらえたら嬉しいな、と思って」


 演説のような文言になってしまって恥ずかしい。

 ここが王城のバルコニーで美しいドレスを身に纏っていたならば少しは様になったのだけれど、生憎ここはお屋敷の庭園だし私は泥だらけだ。


 こんな状態の私の話をフルドさんは目に涙を浮かべながら親身に聞いてくれた。


「……私もお手伝いさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「えっ! あの、お気持ちは嬉しいのですが、フルドさんも王城でのお仕事があって、お忙しいのではないでしょうか……?」


 カニクラさんから『アルドラとフルドは忙しい』と聞かされていた。

 提案はとても魅力的だけれど、それでフルドさんが倒れてしまったら元も子もない。


「ご心配をいただきありがとうございます。ですが、大丈夫です。私、体力だけはありますので」


 フルドさんは爽やかに笑って見せた。

 ここまで言ってくれているのに断るのは逆に失礼になってしまうだろう。


「では、お言葉に甘えさせていただきますね」

「はい。不肖フルド、微力ながら努めさせていただきます」


 土まみれの嫁入り王女と泣きそうな初老の執事。

 側から見たらあまりにも歪な組み合わせに、私は思わず笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る