第6話 暇って一番辛い

 人生で初めてお風呂に入らずに寝てしまった。

 髪の毛のキシキシ感は驚きを通り越して絶句もので、起きた瞬間に速攻でお風呂に入った。


 このお屋敷は各部屋ごとにシャワールームが完備されている。

 シャワーだけでなく浴槽も併設されているタイプなのがとても嬉しい。

 月の国では浴槽に湯を張って浸かるスタイルが一般的なので、こちらの国でもそれができると分かったのは本当に良かった。


 お風呂を済ませたらお腹が減ってきた、というのもここに着いてから何も食べていない。


 髪を乾かしてから一階に降りると、左のほうの扉から美味しそうな匂いがしてきた。

 反射でお腹がなる……こっちが食堂であっているのだろうか。


 昨日は夜も遅かったので自分の部屋の案内しかされていなかった。

 確認しようにもフルドさんとアルドラさんがどこにいるのかも分からないのでどうしようもない。


 私は空腹に負けて扉を開いた。


「おはようございます。起きていらしたのですね」

「アルドラさん、おはようございます」


 ドアが勝手に開いたことに驚いたようでアルドラさんは目を丸くしていたが、すぐにキリッとした顔に戻った。

 どうやら朝食は準備中のようで、終わってから私を呼びに行こうとしていたみたいだ。


「あの、何かお手伝いすることはありますでしょうか?」

「いいえ、大丈夫です。お掛けになってくださいませ。お待たせして申し訳ありませんが、もう少々お時間をいただければと」

「……わかりました」


 ぴしゃりと断られてしまったので彼女に言われた通り席へと座る。

 月の国でも食事の支度はメイドたちに任せていたけれど、それは勝手知ったる自国だから平然としていられたんだ。

 落ち着きなく席に収まりながらそんなことを考えていると、キッチンのほうから食器が飛んできた。


 そう、飛んできたのだ。


 日常生活でも魔法を使っているのだろうと想像はしていたけれど、目の当たりにすると衝撃が半端ない。

 お皿たちは綺麗に整列しながらやって来て、私の目の前に並んでいった。


 焼きたてのふかふかパン、コーンスープにエッグベネディクトと色鮮やかなサラダ……鼻腔をくすぐる良い匂いに再度お腹がなってしまった。


「大変お待たせ致しました」

「ありがとうございます。いただきます!」


 空腹が最大のスパイスという言葉は言い得て妙だ、単純に味もおいしいが空腹だったお陰で美味しさが五倍ぐらい跳ねあがっている。


 がっつきたくなる気持ちを抑えて、綺麗に美しい所作で食べるのを心がけた。

 絶対に怒られるけれど、本当だったらパンをスープに浸して食べたいぐらいだ。


「とても美味しいです」

「ありがとうございます。作ったのはフルドですので、伝えておきます」

「そうなのですね。私も後ほどお伝えいたします」


 お腹が減っていたからか、いつもより早く食事が終わってしまった。


 ごちそうさまでした、とつぶやいた瞬間にアルドラさんが魔法で食器を片付けていく。

 やはり彼女も魔法使いだったんだ、と音もなく重なっていく食器さばきを惚れ惚れしながら眺めた。


「あの、何かお手伝いを」

「結構ですので、ルナ様はお好きに過ごしてください」

「あ……わかりました……」


 ツンと断られてしまって取り付く島もない。

 変に食い下がって嫌がられたくもないし、おとなしく引き下がるほかなかった。



 ◇



「暇だ……」


 持ってきていた本を開いたままベッドへ仰向けに寝っ転がる。

 何もすることがない辛さは月の国にいたころから知っていたつもりだったが、それ以上である。


 部屋の掃除をしようにもアルドラさんが先ほど素早くやってくれたため、辺りは塵一つもない。

 部屋にいてもなんだか気が滅入ってしまいそうだ。


「お屋敷を探索してみよう」


 身なりを整えてから一階に降りると、エントランスでフルドさんと遭遇した。


「フルドさん。朝食、とても美味しかったです」

「ご丁寧にありがとうございます。そう言っていただけると作った甲斐がありますね」

「あの、何かお手伝いできることがあればと思うのですが……」

「いえいえ。ルナ様はゆっくりしていてください」

「……わかりました」


 彼はアルドラさんとは違い、にこやかに言葉を投げかけてくれたが、やはり断られてしまった。

 一応王女という身分だから雑務などさせられないということなのか、はたまた信用されていないのか、その両方なのか……。


 どちらにせよ警戒されているのだろうけれど、それも仕方ないことだと思う。

 私が逆の立場だったら急に来た他国の人間を信じろと言われても難しいものがある。


 役に立てないのならばせめて皆と仲良くなりたい。

 楽器が引けたり芸に富んでいれば、それを披露してきっかけを作ることも出来たと思うけれど、私はそういう特技がない。


 こんなことならお父様を泣き落として習い事の一つや二つしておくべきだったなあ、なんて後悔先に立たずなことを考える。

 ぶらぶらと屋敷内を散策するも狭い室内は一通り見終わってしまった。


 なら外へ出てみよう。

 年季が入った重たい扉を開けて、外へと繰り出すことにした。

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