第27話 星空の中、あなたとワルツを
「なにさ、ボクじゃご不満?」
「いや、そんなことはないよ。感慨深いだけ」
「なんだそれ~! ま、いっか! ルナは誓いの文言知らないと思うからボクが教えてあげるね」
そう言うとウェンディさんが空へと手をかざす。
何処からともなく光が集まってきて、彼女はそれで宙に文字を書き始めた。
その言葉を頭に刻み込む。
不思議と頭に入ってくるので、これも魔法の力なのかもしれない。
ウェンディさんがタイミングを見計らって風を起こすと、漂っていた光が空にかかっていた雲を引き連れて彼女の元へと還っていく。
そして満天の星空が姿を現した。
「大妖精ウェンディの名の下に、汝らの祈りを捧げよ」
いつもの彼女からは想像できない威厳に満ちた声音に気が引き締まった。
先ほどの口上を合図にシリウス様が片膝を地面につき跪く。
そっと私の手を取る姿は忠誠を誓う騎士のような佇まいで、上げられた瞳にはもう一つの星空が瞬いていた。
「妖精の名の下に、伴侶を導き守ることを」
凛としたテノールが響く。
私はその声を追うように言葉を繋げた。
「寄り添い支えていくことを」
甘く細められたその目に釘付けになる。
彼がどうして私をとか、これからの生活に対する不安とか、その顔を見てしまったらもう全てがどうでも良くなってしまった。
ただ、幸せそうな顔で微笑む彼を守ってあげたい。
「「永遠に愛することを、誓います」」
彼の形の良い唇が私の手にキスを落とす。
当の本人はこう言うことに慣れないみたいでまたも顔を赤くしていた。
照れるシリウス様にウェンディさんがにやにやしながら近付く。
さっきの威厳ある空気はどこかへ霧散していた。
「シリウス〜、ここでぶちゅっとやっちゃいなよー! キ・ス!」
「いや、それは……」
シリウス様がこちらを見てさらに頬を薔薇色に染め上げる。
そうですよね、さっきやろうとしてましたもんね。
あの時の光景を思い出して私の頬も熱くなってきた。
「……今の僕にはハードルが高いから」
「ええ〜、そうなの〜? ……じゃあ、ダンスなんてどう?」
突然の提案に目を丸くした。
「ダンス、ですか?」
「そ! せっかく2人ともおめかししてるんだから楽しまなくっちゃ!」
ダンスはもちろん王女教育の一環で習っていたから踊れるけれど、ここには音楽隊がいない。
無音で踊るのはちょっとな……。
そんな風に思っていたのがわかったのか、ウェンディさんは人差し指を前後に動かし、「チッ、チッ、チッ!」と得意げにしていた。
「ボクってば有能妖精だから、楽器も奏でられちゃうんだよな〜! これが!」
「ウェンディさん、多才ですね。すごい!」
「うんうん! もっと褒めてくれていーよ!」
彼女が人差し指で宙を切ると、天からヴァイオリンが突如現れた。
妖精サイズにカスタマイズされたもので一見おもちゃのように見えるが、ウェンディさんが弓を弦に添えるとそこから芳しい音が響いてきた。
「まだやるだなんて言ってないんだけどな……」
「でもウェンディさんの案、良いと思います。……ワルツはお嫌いですか?」
「……君と一緒なら……うん、好き、かな」
「では」
「ちょっと待って!」
彼はこほんと咳払いをした。
なぜ止められたのか分からず首を傾げる私に、彼は手を差し伸べてきた。
「……僕と、踊ってくださいませんか?」
「もちろん、喜んで」
シリウス様の手を取ると自然と距離が近づいてしまい、緊張してしまう。
私だけだろうかと徐に顔をあげると、彼も顔を強張らせていた。
そんな姿に私は思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
「……どうして笑ってるの?」
「シリウス様が面白い顔をされていたので」
なんでさっきまで緊張してたのか忘れてしまった。
笑っている私に対してシリウス様は頬を膨らませている。
「お願い、忘れて」
「嫌です」
「……ルナちゃんって意外と強情だよね」
「よく言われます」
あの空間にいた時も思ったけど、意外と子供っぽいところがある。
シリウス様の新たな一面を知れたことが嬉しくて、私は頬を緩ませた。
そんな私の顔を見たシリウス様が目尻を下げる。
「好きだよ」
「へっ……?」
「君が好きだ」
突然の告白に驚く。
面と向かって好きだと言われると少し恥ずかしい。
それでも彼から目をそらせなかった。
「ど、どうしたのですか、急に」
「……急じゃないんだ。ずっと前から好きだって、言いたかった」
「ずっと前から……?」
彼の言葉に引っかかる。
私がここに来てからのことを『ずっと』というのは違和感があるし、誇張した言い方だったとしても大仰な気がするのだ。
やっぱりどこかで会ったことがあるのかな……?
「勇気がなくて言えなかった。でも、今、言わなくちゃいけないと思ったんだ」
「どうして、ですか?」
「変わりたい、から」
あの空間で泣いていた人とは別人のように決意に満ちた顔だった。
「強くなりたいんだ。強くなって、君の隣にいても恥ずかしくない人になりたい」
「シリウス様……」
「好きだよ、ルナちゃん。だからどうか、僕の隣にいて」
繋がれた手にぎゅっと力が籠る。
彼の手はかすかに震えていて、指先が冷たくなってしまっていた。
彼の瞳に宿る星に導かれ、私はあの時芽生えた感情の正体を理解した。
脈が速くなり息が浅くなっていく。
「……シリウス様」
「……うん」
「貴方の傍にいます。私も――」
声が震えそうになる。
ああ、気持ちを伝えるのってこんなに怖いんだ。
それでも彼は勇気を振り絞って言ってくれた。
人の気持ちは声に出さないと伝わらないから。
だから私も彼にちゃんと言わないと。
「私も、愛しています」
「えっ……⁉」
「変なこと言いましたか……?」
「いや、変じゃない! でも、どうして? 僕の事……あ、愛してるって」
「どうしてなんでしょう……ごめんなさい、分からないです」
自分でも理由が分からないけど、シリウス様のことは特別で、大切に思っているのだ。
だから言葉にするなら『好き』じゃなくて『愛している』というのが正しいと思った。
「あの、噓偽りはないので、その」
「うん。疑ってないよ」
星々で彩られた瞳から一粒の雫が零れ落ち、私は反射的にそれを拭った。
「……僕も、愛してる」
シリウス様はとろけるように微笑むと私の額に口づけを落とした。
花嫁様は月よ星よと愛でられる 若桜紅葉 @wakasakoyo
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