第13話 ネタばらしと招待状

 夜の帳が下りてシリウス王子が姿を現す。

 いつもより早い時間に私がいたからか、彼は意外そうな顔をした後目尻を柔らかくした。


「こんばんは。今日は早いんだね」

「……色々とありまして」

「珍しいな、いつも一番乗りのウェンディがいない」

「実は私がお願いしました。王子と二人にさせて欲しいと」

「僕と……?」


 なんでだろうと聞きたげな声音で王子がそう呟いた。

 ばくばくと脈打つ鼓動を落ち着け、私は徐にローブを脱いだ。


 今までぼんやりと不透明だった視界がクリアになり、王子と目が合った。

 プラチナブロンドの髪に星空を思わせる煌めく瞳、整えられた顔はおとぎ話に出て来る王子様そのもの。


 その顔に既視感を覚えた。

 どこかで会ったことがあるような……?


「あのっ、今まで騙していてごめんなさい!」

「君は……」

「月の国第二王女、ルナです」


 彼は私を見たまま固まっていたが、突如弾かれたようにベンチから立ち上がる。

 彼が踵を返す前に、私は彼の手を取って引き留めた。


 彼は私から目を背けると俯いてしまう。

 手を離したら今にも逃げ出してしまいそうだ。


「どうして……僕と、会おうと思ったの」

「貴方と話がしたかったから」

「……紙の妖精から、僕の話、聞いたでしょう?」


 紙の妖精とはきっとカニクラさんのことだ。

 どうしてシリウス王子が彼のことを知っているのかは疑問だったけれど、二人は知人だったりするのだろうか。

 喧嘩をしているのであれば、カニクラさんがシリウス王子に辛辣だったのにも説明がつく。


「聞きました。それとフルドさんからも」

「フルドからも……?」

「貴方が優しい人だって、教えてくれました」

「優しいだなんて……そんなことはないよ」


 どうやらフルドさんと話していたことは知らなかったらしい、声にそれが反映されていた。


「あの夜、貴方がここにいてくださって良かった……やっとお会いできたのですから」


 彼の顔がこちらに向く。

 夜空色の瞳が濡れて、満点の星空のように美しく輝いていた。


「お庭のこと、ありがとうございます」

「なんの、話か、さっぱり」

「王子は嘘があまりお上手ではありませんね」

「……そうかな」

「はい。下手です!」

「そんな元気に言われるとちょっと凹むな」


 私は王子の言葉に思わず笑う。

 そんな私を見て王子も釣られて笑顔になった。

 色々と聞きたいことはあるけれど、今はそれよりも大切なことを言わなくては。


「あの、シリウス王子」

「『王子』だなんて、つけなくていいよ」

「では、シリウス様。こちらを」

「これは……?」

「招待状です。明後日、この場所でお茶会をするので」

「お茶会、か」

「とは言っても、来るのはフルドさんとアルドラさん、ウェンディさんだけなんですけれどね。お菓子はフルドさん特製なので是非!」


 アルドラさんにはフルドさんから声をかけてもらっている。

 彼女は私たちが庭園の手入れをしていることを知らないので、そのことは伏せたまま、該当の日時を開けておいて欲しいと伝えるよう、フルドさんにお願いした。


 ウェンディさんについても、先程シリウス様と二人にさせて欲しいとお願いした時に声をかけたのだ。

 王子と同様、彼女も私の正体に驚いていた。


『何か違うなぁって思ってたんだけど、まさか人間だったなんてねぇ』

『本当にごめんなさい……ローブについては不可抗力でして……』

『いいよぉー、全然……って言うかこのローブボクが作ったやつだぁ! どっか行ったなぁ〜って思ったんだけどルルの部屋にあったんだね』

『名前についても偽名を使っていて……本当はルナと申します……』

『そっか! じゃあこれからはルナって呼ばなくちゃだね!』

『あの、怒らないんですね……?』

『だってローブについてはあそこにほっぽり出したボクの責任だし、ルナはボクたちとお話ししてただけで何も悪いことしてないし!』

『……ありがとうございます!』

『ボクからもありがとう! お茶会の招待状なんて貰うの初めてだから、緊張しちゃうなー!』


 なんて言うやり取りをシリウス様が来る前にしていたのだ。


 まさかローブがウェンディさん作とは思わなかった。

 彼女曰く「自分の魔力で作ったものでも、時間が経つと別のものと混ざってわかんなくなっちゃうんだよねー」とのこと。

 今回の件は完全に偶然と偶然が重なった結果だったみたい。


 本当はカニクラさんも呼びたかったのだけど、ここ最近は毎日フルドさんが庭園の手伝いをしてくれていた。

 誰かがいる庭園ではカニクラさんが出てこないので誘えなかったのだ。

 今回は残念だけれど、仕方ない。


 ちなみにお菓子については私も監修……という名のつまみ食いをさせてもらっている。

 フルドさんはお菓子を作るのが趣味らしく、「ヘタの横好きですが」なんて言っていたけれど、謙遜も良いところ。

 どのお菓子もプロ顔負けの出来で、味はもちろん見た目も恐ろしいぐらい完璧である。

 味見をしだしてからというもの体重が増えた気がするのは、きっと気のせいではない。


「……フルドも準備を。そうか」


 シリウス様は最後まで参加するかどうかは言わなかった。

 それでも来てくれたらいいな、なんて思いながら私は彼に招待状を手渡した。

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