第24話 優しくて泣き虫な王子様
『そんなの、ダメだよ』
少年の声はこちらを心配そうに気遣っているのが分かった。
「どうして、ですか?」
まるで台本が最初から決まっていたみたいに、私は口から言葉を発していた。
『自分を大切にしてほしいんだ』
ああ、これは夢だ。
何度も見たことのある内容なのに、いつも目が覚めると忘れてしまっていた。
顔も名前も分からない少年と話しているだけなのに、ひどく心地が良い。
「ありがとうございます。でも……私にはそれぐらいしか出来ませんから」
夢だと認識したからか、ふわふわと意識が浮上していく。
彼はまるで自分の悪口を言われたかのように、ひどく傷ついているみたいだった。
『そんなことない!』
あれ、最近どこかで聞いたことがある言い回しだな。
なんて思ったことも、あやふやになっていって――。
◇
「――ちゃん」
「う……ん……?」
「ルナちゃん!」
目を開けると、シリウス様が駆け寄ってきているのが見えた。
どうやらウェンディさんの魔法のお陰でシリウス様のところに来れたらしい。
魔法の影響かうまく起き上がれない私を見て、彼は助けようとするもそれをぐっと堪えた。
「どうしてここに来たの」
「貴方を迎えに来ました」
「……僕みたいな、化け物を?」
そう吐き捨てると、何かを諦めてしまったような眼差しで彼は自嘲した。
酷く荒んだ様子に胸が苦しくなる。
自分で言うのが一番傷つくというのに、そんなことを言わないで。
きっとそう伝えたら彼はもっと閉じこもってしまうのだろう。
だから、今、私にできることは――。
頭が揺さぶられるような感覚が薄らいで私はようやく立ち上がる。
私の知っている庭園とよく似た風景だけど、もっと殺風景で何もなく屋敷に来たばかりの時を思い出した。
錆びてしまったアーチをくぐり抜け、何も植わっていない花壇の横を通る。
他のものに目もくれず、私はただ真っ直ぐシリウス様を見つめた。
「来ないで」
彼の声と共に目の前に氷が現れ、私は思わず立ち止まる。
瞬きの間に顕現したそれは美しくもどこか寂しさを覚えて、シリウス様を体現しているかのようだった。
「……怖いでしょ、魔法を向けられると」
彼の視線が氷越しに私へと向く。
光の屈折のせいか泣いているようにも見えた。
「……恐ろしいでしょう、僕なんて――」
私は彼の言葉を遮るように、薄い氷を踏み彼の元へと走る。
ドレス姿で走り出すとは思ってもいなかったのだろう、彼は大きく目を見開いている。
もう少しでシリウス様に届く。
気持ちがはやってしまったのか、力んだ右足が氷の上を滑った。
滑りやすそうだな、とは思っていました。
まさか本当に滑るとは。
今日のパーティーではヘマをしなかったけれどこんなところで帳尻合わせが来るなんて考えもしなかった。
しかも氷の上にダイブするなんて絶対に痛い。
ぎゅっと目を瞑る。
だけどいくら待っても衝撃は襲ってこなかった。
可笑しいなと思いゆっくり瞼を開けると、息を切らしたシリウス様がそこにはいた。
「すみません、滑る予定ではなかったのですが」
「そんな、予定があったら、困るよ」
乱れた息を整えながら彼はそう言った。
私の様子を見て大丈夫と判断したのか離れようとする彼の手に私の手を重ねた。
「助けてくださって、ありがとうございます」
一瞬毒気が抜けた顔はすぐに沈痛なものに変わっていく。
それでも手を無理に解こうとはせず、私はそのことに安堵した。
「どうして……走ったの」
「貴方に言わせたくなかったから」
「……えっ?」
「『僕なんて、いないほうが良い』だなんて言わせたくなかった」
彼の手を離さないように、寄りかかる姿勢から自らの足で立つ。
そして握っていた手にもう片方の手を添えた。
「シリウス様を怖いと思ったことなんて、ありません」
「嘘だ」
「嘘じゃありません。だって――」
顔に被る髪を耳へとかけて、両の手で彼の頬を包み込んだ。
「こんな寂しそうな顔で泣く人を、怖いだなんて思えませんよ」
彼の頬を拭う。
大粒の涙がとめどなく溢れ出してきて、私の手だけじゃ止められそうにない。
嗚咽をあげて泣きじゃくる彼の背中にそっと腕を回し、私が幼いころ母や姉がしてくれたみたいに背中を叩いてあげた。
行き場をなくしていた彼の手が私の背中へと運ばれる。
大切なものを抱きしめるときのように、彼は優しく力を込めた。
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