第25話 ラブロマンスはまた今度
「シリウス様」
「……」
シリウス様はひとしきり泣いた後私と少し距離を置き、アーチの根元で小さくなっていた。
先ほどまで縋りついていたのが恥ずかしくなってしまったのか膝を抱えて座り込んでしまう始末で、かれこれこの状態で数分が経過している。
「シリウス様」
「……さっきの、忘れて」
「忘れるのは難しいですね」
そんなに恥ずかしがることないのにと思ったけれど、何を言っても今は駄目そうだ。
私は静かにシリウス様に近づき、隣に腰を下ろす。
私の返答に納得ができない様子で、彼は溜息をついた。
「あんな格好悪いところ、ルナちゃんに見せたくなかった……」
「格好悪くなかったですよ」
「ぜったい、うそだぁ……」
普段の彼からは想像できない駄々っ子のような話し方に笑ってしまう。
そんな声が彼の耳にも届いたようで、少しムッとしながら顔をあげた。
「弱いところを見せてお互い向き合っていくのって、なんだか凄く夫婦って感じがするんです……幼稚な考え方ですかね?」
「そんなこと、ないよ。素敵だと思う」
先ほどまでむくれていたというのに私の言葉を聞き、彼は下手くそに笑った。
最初お会いした時は全然そう感じなかったのだけど、シリウス様って以外に――。
「表情豊か、ですよね」
「僕が?」
「はい」
「……そんな風に言われたのは初めてだ」
輝く星がちりばめられた瞳に吸い込まれそうになる。
微笑む姿はおとぎ話の挿絵に出てくる王子様みたいに綺麗だった。
このままもう少し二人でいたいなんて言ったら困ってしまうかな。
見つめ合ったまま、静かになる私の頬にシリウス様は手を添えた。
ゆっくりと彼の顔が近づいてくる、その光景から目が逸らせない。
目を閉じない私とは対照的に、彼は頬を赤く染め目を瞑った。
お互いの唇が触れそうなほど近づいた瞬間。
「シリウスーーーー!!!!! 出てこーーーい!!!」
ウェンディさんの叫び声が
反射でシリウス様が私から飛びのき、アーチに背中をぶつける。
まるで見られていたかのようなタイミングに私まで変な汗をかいてきてしまった。
「もうメンタル安定したの、分かってるんだぞーー!!!! 出てこーーい!!」
どうやら見られてはなかったらしい。
シリウス様と同じタイミングで安堵の息を漏らしてしまって、二人して真っ赤な顔のまま笑いだしてしまった。
◇
「魔法ってすごいですね」
シリウス様が魔法で作ってくれた帰り道を歩きながら彼に話しかける。
行きのように瞬間移動するのかと思っていたのだけれど、「ルナちゃんへの負担が大きいから」と道をつくってくれたのだ。
魔法に慣れていない人間は魔法の影響をもろに受けてしまうとのことで、ウェンディさんに転移してもらった時に私が倒れていたのもそのせいだったらしい。
だから道を歩きながら徐々に元の場所の空気に慣れさせているのだと彼は言った。
「すごい、かな? まあ魔力があれば基本的に何でもできるから、便利ではあるね」
「魔法は氷を出したり、物を浮かせたりするものだとばかり思っていました」
「それも魔法ではあるんだけどね。あくまでも魔法でできることの一部っていう感じかな」
「……氷を作れるのはシリウス様だけなんですよね?」
「そうだね。氷の生成には膨大な魔力が必要だから、出来るのは僕とウェンディぐらい……待って。それ、何処で聞いたの?」
「アセルスさん……いえ、
私の言葉を聞き彼はばつが悪そうに口を噤む。
繋がれた手に力が入ったのはきっと気のせいではない。
「……いつから気が付いてた?」
「アセルスさんのお話を聞くまでは、全然。『一緒に馬車に乗りましたよね』って言ったら怒られちゃいました」
「まあ普通は一緒に乗らないからね」
シリウス様は分かったうえでやってたんだ。
それに何も違和感を覚えないあたり、自分はとても世間知らずなのだということを改めて感じた。
テーブルマナーとかは得意なんだけどな……王宮から出たことなかったから馬車での移動も初めてだったし。
そう思うと星の国に来てからの毎日は色んな事がたくさんあって新鮮だった。
それはこれからもきっとそうなのだろう。
隣にいる彼を見て、ふとあることを思い出した。
「あの、シリウス様」
「どうかした?」
「迎えに来てくださったときのこと、お礼を言えてなかったので……ありがとうございます」
「お礼を言われるようなこと、したかな」
「しましたよ。魔法を見せてもらったり、謁見の時にこう、笑顔でって言ってくれたり……」
「それは僕がしたくてしたことだから。でもありがとう」
自分がやりたかったから人に親切にしたなんて、一体どれほどの人が言えるのだろうか。
やっぱり、彼はフルドさんの言う通り。
「優しい、ですね。シリウス様は」
「またそれだ。僕は優しい人間じゃないんだけどな」
その言葉には自分を責めるような音はなく、ただ褒められるのがくすぐったいのだと言っていた。
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