第21話 パーティー当日

 今回のパーティーは王城に勤める由緒正しい貴族の方々が来るとのことで、月の国にいた時からパーティーとは無縁だった私は柄にもなく緊張していた。


 というのもパーティーに参加する貴賓の皆さんにご挨拶をしなくてはいけないのだ。

 アルニラム王妃からそう伝えられた時は本当にお断りしたかったのだが、有無を言わさない空気に私はただ首を縦に振った。


 ヘマをしないように気を付けなければいけないのに挨拶もしなくてはいけないだなんて、次期王妃というのは大変である。


 現王妃はもっと大変らしく、まずパーティーの前に参加する全員の顔と名前を頭の中に叩き込むらしい。

 そしてパーティー中も挨拶回りから始まり、国王の補佐、ひいてはパーティー進行の指揮まで執ると言っていた。


 とんでもない仕事量を聞かされ唖然とする私に彼女は「ルナさんもできるわよ~」とにこやかに勧めて来た。

 その笑顔がとても恐かったのは私だけの秘密である。


 パーティーが始まる前から忙しいのに、パーティー中も忙しいなんて嫌すぎる。

 そんなスケジュールにされては折角の美味しいお料理が満足に食べられない。

 私はやんわり無理ですと伝えたけれど、あの王妃様の事だから気が付いた時にはもうやらされていそうだ。



 シリウス様は当日が近づくにつれ、憂鬱な顔をすることが増えていった。

 唯一、私がドレスを見せた時だけ楽しそうにしていたが、それ以外はずっと表情が暗かった。


「大丈夫。僕は大丈夫だから」


 声をかけると、彼は決まってそう言った。

 明らかに大丈夫じゃない人が言うときのセリフなのだが、彼がそう言うのでそれ以上深掘りするわけにもいかない。


 どうやら彼は私だけでなく、従者二人に対しても気丈に振舞っていたみたいで、そのことを後にアルドラさんから聞いた。


 お茶会の時も『二人に迷惑をかけた』と言っていたことを思い出す。

 自分の力でなんとか乗り越えようとしているのかもしれない。

 私はなんと声を掛けたらよいか分からず、ただ心配することしかできなかった。


 あれからカニクラさんにも会えず仕舞いで、私はシリウス様の事情を聞けないままでいた。

 手紙を置いた後、ベンチを確認した時に手紙が無くなっていたので読んでくれたとは思ったのだけれど……。


 不安を抱えたまま、気が付けばパーティー当日になってしまっていた。



 ◇



 貴賓の方が会場に集まって来ている。

 私とシリウス様はアルニラム王妃のご挨拶の後会場に入ることになっていて、扉越しに聞こえる話し声や耽美な音楽に緊張感が増していった。


 せめて貴賓の中に知り合いがいれば緊張も薄れるのにと思ったのだがフルドさん達はパーティーの準備で駆り出されているとのことで、昨日申し訳なさそうに私にそのことを伝えてくれた。


「どうかシリウス様を、よろしくお願いいたします」


 彼は心配そうに主を見てから私にそう伝えた。


 シリウス様はここ最近ずっと暗い顔をしていて、今も何かを堪えるために俯いている。


 無理に彼の心を暴くようなことはしたくない。

 それはきっと彼にとっても私にとっても最善ではないから。


 じゃあ私は彼のために何をしてあげられるだろうか。


 私は彼の手を取った。

 冷え切ってしまった彼の手を温めるために、そして彼の気持ちが解れれば良いなという思いも込めて手に優しく力を入れた。


 彼は一瞬驚いた表情になったけれど、直ぐに私の手を握り返してくれる。

 待機中、彼と会話をすることはなかったけれど、その代わりずっと手を繋いでいた。


「では、ご紹介いたします」


 ああ、出番だ。

 内側から開けられた扉は眩い光を放っていて、私の心臓は音が聞こえてきそうなぐらい早鐘を打った。


 繋いでいた状態の手が緩やかに解かれる。

 そして優しくエスコートをされパーティー会場へ足を踏み入れた。


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