第20話 あれはいったい誰だったのか
シリウス様はアルドラさんとフルドさんと共に王城に行ってしまったので、今は屋敷に誰もいない。
そう思って庭園に来たのだけれど、カニクラさんは一向に姿を現さなかった。
……姿というか、紙だけれど。
いつもだったら私がここに来たら出てきてくれていたのに、何かあったのだろうか。
「カニクラさん? いますか?」
声をかけてみるも辺りは静まり返っていた。
もしかしたら今は用事があっていないのかもしれない。
私は一度部屋へ戻り、紙とペンを取ってくると彼に手紙を書いた。
『カニクラさんへ
こんにちは。お久しぶりです。
花壇のほうは順調に整えられています。
フルドさんの助力もあり、この間ここでお茶会をしました。
今度は是非カニクラさんも参加してくださいね。
お願いが一つありまして……どうかシリウス様のお話を聞かせてくれませんか?
彼のことをもっと知りたいけれど、私が聞いてしまったら傷つけてしまうと、そう思います。
カニクラさんがシリウス様のことを好いていないことは存じてます。
ですが、どうか私に彼のことを教えて欲しいのです。
我がままばかり言ってごめんなさい。
どうかよろしくお願いします
ルナより』
「……よし、と」
私は書き終わると手紙をそっとベンチの上に置いた。
◇
することもないし、土いじりでもするか。
倉庫へ園芸用品を取りに行き準備万端となった私のもとに、誰かが近寄って来た。
「ルナ様⁉ 何をされているのですか⁉」
大きな荷物を持ったアセルスさんが目を大きく見開いてそこに立っていた。
ありえないものを見たと言いたげな表情だ。
だけど何故だかこんな表情に慣れてしまっている自分がいた。
「こんにちは、アセルスさん。今屋敷には私しかいないのですが……」
「そのまま話し出すんですね⁉ あ、いえ。本日はルナ様にお届けの品があり、伺った次第でして」
「あ、そうだったんですね。でしたら、一旦屋敷へ入りましょうか」
もしかしてアセルスさんって二重人格とかですか……?
馬車で迎えに来てくれた時とは別人のような振舞いに、ついそんなことを思ってしまう。
それに今の彼はあの時の彼ではなく、謁見の間に来た時と一緒に見えた。
疑問が尽きないが、とりあえず彼と一緒に屋敷の中へと入った。
◇
「それで、私にご用件とは?」
応接室のソファに居心地悪そうに座っている彼に対し、紅茶を差し出す。
フルドさんには到底及ばないが、私も一応紅茶を淹れることはできるのだ。
アセルスさんはお礼を言って紅茶を口にする。
よほど喉が渇いていたのか紅茶をいっぺんに飲み干してから答えた。
「実は、アルニラム様が今度開催されるパーティー用のドレスと靴を、ルナ様にプレゼントしたいと仰いまして」
「プレゼント、ですか」
「はい。こちらです」
彼が持ってきた箱の中を改めると濃い青色のドレスが入っていた。
所々に金の刺繍が入っているため、月を思わせるデザインになっている。
丈も長すぎないのでパーティー中にヘマをすることもなさそうだ。
ドレスに合わせて用意してくれた靴も五センチぐらいの高さのもので、こちらも濃い青色で統一されていた。
このくらいのヒールの靴が好きなのだけど、王妃はそれをどこで知ったのだろうか。
ありがたいけど、ちょっと怖い。
「素敵ですね」
「そう言っていただけると王妃様も喜ばれます!」
彼はドレスを手際よく箱にしまい、私の部屋へと運んでくれた。
重たいものでもないし自分でやりますと伝えたが、「そんなことさせられませんっ!」と怯えられてしまった。
部屋の中の入り口付近にドレスと靴の箱を丁寧に置いて、彼は私へと向き直った。
「では、私はこれで失礼いたしますね」
「運んでいただきありがとうございます。……あ、あの」
「はい? 何でしょうか?」
もう用件はないと思っていたようで、アセルスさんは呼び止められたことを不思議に思っている様子だった。
「迎えに来ていただいた時のこと、お礼を言っていなかったので。そちらもありがとうございました」
「む……むかえ、ですか?」
「はい、そうですけれど……」
彼の顔にははっきりと「何のことだろう」と書かれていた。
忘れているとかそういうものではなく、完全に心当たりがない顔だ。
「何かの間違いでは……?」
「いえ、だって、馬車の中で魔法を見せていただきましたし」
「馬車の中でっ⁉」
「それに、両陛下とのお話の前にリラックスするように言ってくださったじゃないですか」
「わ、わ、わ、私は、そんなこと、してないですっ!」
怯え震える姿はまさにウサギのよう。
そういえば月の国の謁見の間に来たときはどことなく小動物っぽかったけど、馬車の中の彼は落ち着き払っていた。
あの時は緊張していたからだと決めつけていたが……全くの別人だった可能性もあるのではないだろうか。
「……氷の花を作ってくださったのも、覚えてらっしゃらないですか……?」
「氷の花なんて、私、作れないですよっ! そ、そもそも、私の得意魔法は土です! 水の属性が得意な人でも氷を扱えるのはごく一部ですし! それこそシリウス王子ぐらい魔力が強くないと無理ですよ!」
「じゃあ、あの馬車に一緒に乗っていたのは……」
「私じゃないですっ! そもそも従者が同じ馬車の中に乗るなんて、非常識なこと、わ、私はしませんからっ!」
彼は「失礼いたしますっ!」と上ずった声で言うと風のように去っていった。
私はただ彼がいなくなった方向を見つめるしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます