第10話 ルナ改め、ルイーズ

 キッチンにある裏口から外へ出て、ベンチ付近にある木の影まで移動する。

 夜に溶けることのない金髪の男性が座っているが、それ以上はこの位置からでは分からない。


 明るさの原因も彼だったみたいで、ふわふわと光の塊が周りを踊っている。

 蛍の様にも見えたけれど、明るさが段違いだ。

 青白い光の中で誰かと話をしているようだったが、やはりここからでは聞き取れない。

 

 私は意を決して彼へと近づく。


 パキッ。

 音を立てない様に気を付けていたはずなのに、ばっちり枯れ木を踏んでいた。


 辺りが暗すぎて全然見えてなかった!


 困り果てる私の方へ彼が歩いて来る。

 こちらに近づいてくることに驚いて、思わず木を盾にして隠れた。


「驚かせてごめんね。君、見ない子だけど……どこからか迷い込んだのかな」


 こちらを気遣うテノールがあまりにも優しく響く。


 その声に安心して木の陰から出る。

 彼は私を怖がらせないように、少し距離を置いて話しかけてくれていた。


「あ、あの……」

「良かったら向こうで話そう。友達もいるから、君もきっと安心する」

「友達……?」 

「さあ、行こう」


 この国に知り合いはいないはずなのだけれど。


 思案する私に彼は手を差し出してくる。

 その手に吸い込まれるように手を重ねた。



 連れてこられたのは先ほどまで彼が座っていたベンチだった。


 誰もいないので辺りを見渡すと、ふわふわと光が近寄って来た。

 明るさに目が慣れてくると、それが人の形をした何かだということが分かってきた。


「あー! シリウスってば、新しい子を連れてきちゃって! ボク、知ってるよ。こう言う人のことを『浮気者』って言うんだよね!」


 背中から羽根の生えた小さな人は私たちの周りをクルクルと回る。


 というか今、シリウスって……。

 それって、このお屋敷に引きこもっている、シリウス王子でしょうか……?


 浮気者とからかう妖精を、彼は「こら」とたしなめた。


「人聞きが悪いな……彼女、ここに迷い込んだみたいだから、君のところへ案内したんだ」

「ふぅーん、そうだったの。ね、貴女、お名前は?」

「えっと……ル、ルイーズと言います」

「素敵なお名前だね! よろしく、ルル。ボクはウェンディ」


 本名を言うとバレてしまう気がして偽名を使ってしまったけれど、どうやら気付かれてないようだ。

 ホッとする私に妖精と彼は首を傾げた。


「ホラ! 貴方もご挨拶、ご挨拶!」

「分かっているよ……僕はシリウス。よろしくね」

「よろしく、お願いします」


 本人の口からもシリウスと出たので、彼が私をここに呼んだ張本人ということになる。


 カニクラさんは彼のことを『自分勝手なやつ』と言っていたので、私はてっきり傍若無人な感じなのだと思っていたけど、実際の彼はイメージとはかなり違っていた。


 それにもし悪い人なら、妖精にこんなに慕われないと思うし。


「そう言えばさ、シリウス。婚約者様には会ったの?」


 その言葉に肩を揺らす。

 王子が私のことをどう思っているのか、何故私を選んだのか、ずっと知りたいと思っていた。


 固唾を飲んで彼らの会話を聞くと、王子が徐に口を開いた。


「……会ってないよ」

「ええー! とっても良い子そうだったのにー?」

「彼女に、迷惑をかけたくないから」


 迷惑をかけたくない……?


 詳細を知りたかったけれど、会話の蚊帳の外の私がいきなり割って入るのも変だ。

 ウェンディさんにもっと理由を聞いてくれと念を送ってみるも、彼女は「そっかー」と納得していたので、さらに深掘りは難しそうだ。


 緊張の糸が切れて、不意にあくびをしてしまう。

 昼間は肉体労働をしているとは言え、どうしてこのタイミングだったのでしょうか。


 ウェンディさんは私のあくびを視界に入れていたらしく、パンっと両手を叩いて見せた。


「今日は早いけどお開きだね! ボク、普段は王城近くの森にいるんだけど、シリウスに会いに来てるんだ! ルルも気軽に遊びに来て大丈夫だからね〜!」

「ありがとうございます。すみません、じゃあ、私はこれで」

「またねぇー!」


 ぺこりと頭を下げると、ウェンディさんはぶんぶんと手を振ってくれた。

 視線を王子に移すと彼も柔らかく微笑む。


「また来てくれると嬉しいな」


 彼は右手を軽く振ってくれる。

 それに対してもう一度お辞儀をして、庭園から屋敷の後ろへと逃げるように走り去った。


『彼女に、迷惑をかけたくないから』

 王子の先ほどのセリフを反芻してみるも、意図が一向にわからない。


 会うと私の迷惑になるって、どうして?

 彼の寂しそうな声が頭の端に焼き付いて離れなかった。

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