第10話 今、結婚するわけにはいかないのに!

 突然の結婚という言葉に、私の頭は真っ白になった。

 だって私はセドリックのために、継母からレドモンド家を守らないといけないのよ。

 それにロックハート家へ嫁いだりしたら、ペンロド公爵家に連なる諸侯はどう思うかしら。姉妹そろって寝返った、ペンロド公爵様を裏切ったと見られかねないわ。

 お姉様のためにロックハート家とは程よいお付き合いを、とは考えていたけど──


「……申し訳ありませんが、セドリックがアカデミーを卒業して戻る日まで、結婚する気はありません」

「お黙りなさい!」


 ぴしゃりと言い放つ継母は冷たい眼差しで私を見下ろしてくる。

 まるで薔薇の棘が突き刺さるようだ。

 思わず手を引っ込めたくなるように、一歩足を引きたくなった。それでも、震えだしそうな足に力を入れ、私は継母を真っすぐ見つめた。

 

 口答えは許さない。そう叩き込まれてきたけど、これだけは引き下がれないわ。

 浪費家の継母にレドモンド家を好きにさせる訳にはいかないの。


 脳裏に浮かべたのは愛しい弟と、まだ見ぬお嫁さんの後ろ姿。

 薔薇の花に包まれた東屋ガゼボで笑うセドリックは、きっとお嫁さんを大切にして、この領を守ってくれるわ。そのためにも、レドモンド家を没落貴族になんて、させてなるものですか。

 

 私の心の意気込みが見えたのだろうか。継母の目がつまらないものを見るように、すっと細められた。

 

「無能なお前を迎えたいだなんて、ロックハート家も見る目がないわね」


 鼻で笑い、継母は悪趣味な扇子を開いて口元を覆った。

 

「お前が望むのであれば、ぜひにも、長男の嫁に来て欲しいですって」

「……ご長男、様?」

「稀代の魔術師と謳われる、魔術師団の団長でもあるヴィンセント・ロックハート」


 よりによって、ご長男のヴィンセント様だなんて。

 

 お茶会にすら出たことのない私にだって、彼の噂は色々と舞い込んできている。

 お一人で、魔術師団、一師団並みの魔力を有していいるから誰も逆らえないとか。女嫌いでご縁談を断り続けているとか。それでも、ロックハート家の長男という肩書は魅力的だからか、ご令嬢を持つ諸侯の方々は、諦めずに縁談のお話を持ち掛けているのだとか。

 他にも、ヒグマのような大男だとか、にこりとも笑わず、眼光だけで人を殺せるなんて話もある。


 ほとんど、ダリアから聞いた噂話だけど、とにかく、一癖あるどころではない殿方としか思えない。


「む、む、無理です!」

「お黙り! お前はロックハートで、その無能な血をもって無能な子を成せば良いのよ!」

「……は?」


 全力で断るつもりの私に、継母は奇妙なことを言い始めた。

 無能な子を成せば良いって、どういう意味よ。

 

「お前が無能だっていうことを、ロックハートは知らないのよ。この家の者以外で知るのは、ペンロド公爵夫人くらいでしょ」


 赤い口が、まるで物語の悪女のようにつり上がる。

 いいえ、ではなく立派に醜悪な悪女の笑みだわ。何を企んでいるかは分からないけど、きっと、レドモンド家にとって悪いことに決まっている。


「レドモンド家は、優秀な魔術師を輩出してきた家柄。当然、お前も優秀な魔女だと思ってるのだろうね。だから、その血が欲しいだけ」


 パチンっと音を立てて扇子が閉ざされる。

 継母の背後に、輝く光の玉がいくつも浮かび上がった。


「でも、お前は光すら灯せない無能。これほど面白いことがあるかい?」

 

 ギラギラとした悪趣味なドレスが光に照らされ、これでもかと輝き出す。


 愛しい弟のため、レドモンド家のために縁談を全力で断ろうと決意していた私の熱い心が、一瞬にして冷えた。

 そう、私は無能な娘。魔術師の家系に生まれながら、何一つ魔法を習得できなかった出来損ない。


 脳裏に、冷ややかなお父様の眼差しが浮かんだ。そして、落胆した物言わぬ亡霊は、小さくため息をついた。

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