第9話 運命の足音は騒々しくやってくる
血相を変えて飛び込んできたダリアに促され、私は執務室を出た。
継母は王都に出向いた時、少なくとも五日間、滞在する。今回も、往復の八日も合わせて十三日間は戻らないと、屋敷の誰もが思っていただろう。
「十日で戻ったということは、滞在はたった二日?」
「お茶会に参加しただけのようです」
「お継母様らしくないわね……」
継母が
若い侍女に八つ当たりなんてしていないと良いのだけど。
ドレスを摘まみ上げ、急いでエントランスに向かうと、私をヘルマと呼ぶ声が聞こえてきた。
やはり、機嫌が悪いのか。それにしては、いつもの金切り声ではないし、どたばたと走り回る足音も聞こえてこない。
私を探しているだけなのかしら。
どの道、悠長に構えている場合ではない。いつ機嫌が悪くなって、周りに八つ当たりを始めるか。侍女たちに、もしものことが起きて、変な噂を立てられでもしたら大変だ。
殴られるのは、私の役目だもの。急がなくては。
角を曲がった廊下の先で、エントランスから二階へと繋がる大階段を上がってくる継母と出くわした。
「お帰りなさいませ、お継母様」
「ヘルマ、出迎えもせず、何をしていたの?」
「申し訳ありません。各方面への書状を認めていました」
「ふんっ、相変わらず、金勘定ばかりね」
階段を上がりきった継母は、何かを探るように私を見下ろす。その冷ややかな視線は、まるで値踏みをしているようだ。
まとわりつき、身体のいたるところに刺さっていく。
ぞわぞわとする嫌悪感の中、逃げ出したくなる足にぐっと力を込め、私は姿勢を正した。
「お前なんかのどこが良いのかね」
「……えっ?」
「まぁ、顔は悪くないし、小さいくせに良い胸と尻をしてるから、好色爺なら好みそうだけど」
「な、なんの、お話でしょうか……?」
嫌な予感に、思わず口角を引きつらせると、継母はにいっと笑った。
「ペンロド公爵夫人に相談したのよ。お前に、ロックハートの女侯爵が近づこうとしているって」
低い声にドキンッと心臓が跳ねた。
ロックハート家から手紙を、継母に見せたことはない。お茶会にだって一度だって出向いたこともなければ、行きたいなどと伝えたこともない。
ダリアと、ロックハート家を
迂闊だったわ。
背筋が冷えていく。
私の目を覗き込むように継母は顔を近づけた。それから視線を晒すことも出来ずに硬直していると、赤い唇がつり上がった。まるで、何でもお見通しだと言わんばかりの薄気味悪い笑みに、私の心拍が激しくなっていく。
気付かれてはダメよ。
些細な変化すら、この人は喜んで私をなじる理由にするのだから。
「……ロックハート家と、お手紙のやり取りは何度かありますが、それらは、お姉様の為に──」
「お前の魂胆はどうだって良いんだよ」
「魂胆などありません!」
継母は手にしていた扇子をパチンっと鳴らして閉じた。
心臓が跳ね、背中が強張った。
「夫人が、結婚を進めたらどうかと仰られたのよ」
「……結婚……なんのことですか、お継母様?」
「そんなにロックハートと仲良くしたいのなら、結婚すればいいでしょ?」
「ど、どうしてそういうことに……そもそも、ロックハート侯爵様から、そういったお話をいただいたことは一度もございません!」
「その女侯爵に王都で会ったけど、話したら乗り気だったわよ」
扇子の先端で、ぽんぽんっと肩を叩かれ、私の背中を冷たい汗が伝い落ちた。
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