第8話 継母は有能な魔女?
継母がペンロド公爵夫人の邸宅に向かってから、十日が過ぎた。
その日、私は帳簿と睨めっこをしていた。
ペンロド公爵夫人は王都に住まわれている。レドモンド領からは馬車で片道四日ほどかかる。当然だけど、めったなことで夫人がレドモンド領を訪れることはないし、お茶会は王都の邸宅で行われる。
流行が生まれる、華やかな王都。
意気揚々と向かった継母が、遊ばないで帰ってくるなんてことはないだろう。少なくても五日は滞在するだろう。
その間は屋敷の中も穏やかで、笑顔がたえない。私の仕事も
「ただねぇ……」
帳簿を前にして、頭が痛くなった。
継母には十分なお金を持たせているつもりでも、毎回、それ以上に使い込んでくるのよね。
王都まで出向いたときなんて、足りないとなれば借金をこさえて帰ってくるし、執事が止めても振り切って贅沢三昧。
きらびやかな格好で高笑いする継母の姿を思い浮かべ、気が重くなった。
「……ペンロド公爵夫人も、よく飽きずに、あの人を何度も呼び寄せるわ」
あんな品のない人、どこをそんなに気に入っているのだろう。特に有力貴族の出自って訳でもないのに。
継母は、西の外れにあったヘクター子爵の三男様の末娘だと聞いている。遠い昔に爵位をはく奪され、一家散り散りになったらしいけど、あの人は魔法の才を見出され、中央で名を馳せた──という話を、亡きお父様から幼い時に聞いたことがある。
あの人が魔法を使ったところなんて一度も見たことないけど。
どんなに執事が止めても、持ち合わせが足らなくても、次から次にドレスや宝飾品を買ってくるのは、ある意味、才能だと思う。魔法とは関係なくね。
『お前は金勘定をするくらいしか出来ないのだから』
帳簿を見ながら、激高した継母の言葉を思い出し、たまらず深い息を吐いた。
その金勘定あっての贅沢だということを、あの人は微塵も分かっていないのよね。お父様がご存命の時は、もう少し大人しかったのに。
「……本性を隠していたのね」
ぽつり呟き、違和感に首を傾げた。
お父様は仮にも国の北東部を預かる魔術師団、第五師団の団長だった人よ。そのお父様が見抜けなかったなんてこと、あるのかしら。
ふと顔を上げ、壁にかかる亡きお父様の肖像画を見つめる。にこりとも笑って下さらない姿は、当然だけど、何も語ってはくれない。
悶々としながら、幼いころ訪れたことのある第五師団の砦を思い出した。
決して、
師団では慕われていると、亡きお母様から聞いたこともあるし、皆がお父様を見る目は優しかったのを覚えている。慕われているんだって、幼ないながら誇りに思ったものよ。
男の人が多かったかしら。でも、女性もいたわ。
師団の皆さんは本当に優しい方ばかりで、幼い私にもよくしてくださったわ。魔法が使えないことを悩んでいた私に「時が来れば使えるようになりますよ」と声をかけてくださった方もいた。その時、お父様も、そうだと言って微笑んでくださって──
あれ? お父様が、微笑んでいた?
遠い記憶を呼び起こしながら、再び、妙な違和感を得た。
商売や領地のことは亡きお母様に任せきりで、娘の私にはいつむ冷たい態度だったお父様。
本当に、冷たかった?
セドリックが生まれた頃は、もっと、こう──
もやもやとしながら帳簿を睨んでいると、表で騒がしく馬車の停まる音がした。
今日、来客の予定はなかったと思うんだけど、誰かしら。
不思議に思って立ち上がり、窓に近づいたその時、ノックもなしにドアが開け放たれた。
「ヴェルヘルミーナ様、大変です! ケリーアデル様が、お戻りになりました!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます