第7話 貴族令嬢にとっての結婚とは、家のためのものである

 椅子の背もたれに体を預けると、横に立ったダリアが「失礼します」と言って頭に手を添えた。

 ズキズキと脈打っていた頭に、ひやりとした空気がのしかかる。でもそれは不快な重さではなく、じわじわと熱を包み込んで和らげてくれる心地よいものだ。


「ダリア。いつも、ありがとう」

「私の氷の魔法が役立って光栄です。頬も、腫れておりますね。そちらも冷やしましょう」


 白いダリアの手が、頬に添えられた。

 熱を持った頬が赤く腫れているだろうことは、鏡を見ないでも分かる。毎日のように、どこかしらを叩かれ、蔑まれるのには慣れているとはいえ、痛いことに変わりはしない。


 その辛い熱を、ダリアは幼い時から癒してくれていた。彼女がいなかったら、きっと、もっと幼い時にくじけて部屋の隅で丸まっていただろう。

 痛みが引いていくと、自然と口元が緩んだ。

 

「ありがとう。屋敷の皆を驚かせてしまうところだったわ」

「……そういうことではないと思うのですが」

「なら、どういうこと?」

「ヴェルヘルミーナ様は、ご自身がご令嬢であるということを認識されるべきですね」

「それくらい分かっているわ。今、レドモンド家を支えられるのは私だけよ」

「そういうことでは……顔に傷がついたら、社交界に出るのが難しくなりますよ」

「社交界に出るのは、お継母様が許さないわ。私は、病弱で表に出せないってことになってるのだから」


 継母は、私を嫁がせるどころか、表に出す気すらない。

 次女という立場を考えれば、少ない土地を持参金として嫁ぐのが良いに決まっている。それも、レドモンド家に資金提供が可能な侯爵家に。それが不可能なら、レドモンド女子爵として入婿いりむこを迎えるか、最悪、養子を迎えるということも考えている。そうすれば、領地の一部を管理してセドリックを補佐できる。


 レドモンド家を繁栄させるため、亡き父が持っていた複数の爵位から、子爵位は私が継がせてもらったのだから、そこを大いに利用するつもりでいる。

 ただ、嫁ぐのであれば、セドリックが家に戻ってからでないといけないわ。私がいなくなった途端に、継母が散財して家を潰しかねないもの。

 

「でも、このままではご結婚の適齢期を過ぎてしまいます」

「それは……ペンロド公爵夫人も、適齢期を過ぎてのご成婚でしたけど、立派にお家を支えていらっしゃるでしょ」

「ここでもペンロド公爵夫人、ですか……」

 

 実に嫌そうに、ダリアは顔をしかめた。

 昔から、彼女は夫人にあまりいい感情を持っていないのよね。曰くありと云われ続けたペンロド公爵家を立て直した、ご立派な方なのに。

 

 ペンロド公爵家は何代も子宝に恵まれず、公爵家の中では領土が少なく財力もないと云われてきた。

 そこに嫁いだのが、二十三歳だったペンロド公爵夫人であるドロセア様だ。

 口さがない者たちが、ペンロド家はまた若い娘を迎えられなかった。子に恵まれない呪いでもかけられているのだろうと、笑ったらしい。

 だけど、夫人はそれから三十五歳を迎えるまでに、三男五女に恵まれた。


「それからは夫人の手腕で、ペンロド公爵家が有力貴族だけでなく他国とも繋がりを持てたのよ。今や第二王子の後ろ盾となられたじゃない。結婚適齢期が十八歳なんてことはないわ」

「確かに、ペンロド公爵夫人は凄い方だと思います。でも、その急成長ぶりを妬む貴族も増え、危ういお立場になったのではありませんか」

「そうね……でも、家を守るにはそうするしかなかったんじゃないかしら?」

「お家のため……そうとも、考えられますが」

「私たちにとって、結婚ってそういうものでしょ」


 有力貴族は諸侯、他国の姫君を迎えることで領地を広げ、財力武力を成す。そして、夫人は子を成してその手助けをする。それが淑女レディの役割であり幸せなのだと、私も幼い頃から教育を受けていた。


 結婚していない私では、そこに幸せがあるかなんて分からない。

 でも、セドリックの為に家を守れることが、今は何よりもの幸せよ。その為に政略結婚が必要というなら、きっとそこに幸せがあるんだと思うわ。

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