第6話 継母ケリーアデルは贅沢がお好き

 お姉様は私をミーナと呼んでくださる。セドリックもミーナ姉様と。亡きお母様もそうだった。

 だから、初めて継母に「ヘルマ」と呼ばれた時、自分のことだとは思いもせず、返事をしなかった。そのことに対して、お父様は私を「お前と仲良くなろうと努力をするケリーアデルの気持ちが分からないのか!」と散々叱りつけた。

 だから、幼かった私は素直に、と、受け止めてしまった。


 でも、今はその意味を知っているし、そこに愛情など欠片もないと分かっている。

 あの人にとって、私はただの駒。使い勝手のいい兵隊ヘルマーにすぎない。

 

 姿勢を正した私は、継母の登場を身構えて待った。

 さぁ、今回はどんな我が儘を突きつけるのかしら。もう、幼い私とは違うのよ。

 涙一粒、見せるものですか。


 勢い良く扉が開かれ、金糸の刺繍でごてごてと彩られた真っ赤なドレスを翻した継母が姿を現した。


「ヘルマ! どういうこと!?」

 

 厚化粧の継母は、私の姿を捕らえると、足を鳴らして執務机の前に立った。

 

「お継母様、どうされましたか?」

「どうもこうもないわ! ペンロド公爵夫人のお茶会に呼ばれていると言ったでしょ。なのに、新しいドレスが出来上がっていないのは、どういうこと!?」


 継母は扇子をパチンと閉じると、その先端を私の頭に叩きつけた。

 衝撃に奥歯を噛みしめ、机に突っ伏しなかった自分を心の中で褒めたたえ、私は姿勢を正した。


「毎回、同じドレスでは失礼だと思わないの?」

「我が家の財力では、お茶会の度にドレスを新調するのは無理です」

「宝石だって、もう何回も使いまわしているのよ!」

「では、不要な宝石をお売りになってください」

「何故、私の宝石を売らなくてはならないのですか!?」

「しがない地方領主では限界があります。聡明なペンロド公爵夫人でしたら、ご理解くださるでしょう」

「お黙りなさい! 知った口をきいて。生意気な!」


 再び振り上げられた扇子の先端が、私の頬を強かに打ちつけた。

 口の中に血の味が広がる。

 

「お前が無能だから、母親の私がこんな惨めな思いをするのです!」

「……申し訳ありません」


 着飾って贅沢三昧をすることしか能のない継母に歯向かうことも出来ず、私は首を垂れて瞳を伏せた。

 これ以上、顔を殴られたら屋敷の皆に心配をかけてしまう。

 継母から見えないところで拳を握りしめ、歯を食いしばったその時だ。

 

「ケリーアデル様、先週、ヘイゼル伯爵夫人とのお茶会で身につけられたブローチは、まだ公爵夫人へお見せになっていないと思います」

「ブローチ?……そうね。あの柘榴石ガーネットなら見栄えも良いわね」

「それと、先日お求めになったステラ・シュタインのショールを合わされてはいかがでしょうか」


 淡々と告げるダリアに、不愉快そうな顔をしていた継母だったが、ステラ・シュタインの名を聞いた途端にぱっと顔を輝かせた。

 その名は、近年、王都で大人気の服職人のものだ。当然、地方にいてはリボン一つを手に入れるのも苦労するし、ショールともなれば地方貴族の夫人たちの羨望を一身に受けるようになる。

 ふんっと鼻を鳴らした継母は、私にさげすんだ瞳を向けた。


「お前は金勘定をするくらいしか出来ないのだから、この母にみじめな思いをさせるんじゃありませんよ! 誰のおかげで、公爵夫人を初め、多くの貴族との繋がりを持ててると思っているの!」


 それは、先祖代々守ってきた領民の作る魔法繊維のおかげです。と言う訳にもいかず、静かに「お継母様のおかげです」と返せば、音を立てて扇子が広げられた。


「分かっているなら、新しいドレスの注文を急ぎなさい、ヘルマ!」


 そう告げて、高笑いをしながら継母は執務室を出ていった。

 どっと疲れを感じながら、叩かれた頭を抱えた。


「ヴェルヘルミーナ様、お助けできず申し訳ありませんでした」

「いいのよ。あの程度なら慣れているわ。それより、ステラ・シュタインのことを思い出してくれて、ありがとう」


 私が何事もなかったような顔をすると、ダリアは少し傷ついたような表情を一瞬だけ浮かべた。

 こんなことで泣いていたら、身体がもたないわ。

 

 しばらくはステラ・シュタインのショールを自慢げにつけてお茶会に出向くだろうから、大人しくしてくれるだろうけど、それも一ヶ月もつかどうか。

 根本的に、継母を大人しくさせる方法が見つかればいいんだけど。


 巷の小説のように、悪女を断罪出来たら良いのに。

 ふと思ったけど、どうしたら出来るのかまでは思い付かなかった。

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