第5話 レドモンド伯爵領の魔法繊維は国内随一
ため息をつきながらティーカップの中を覗いていると、ダリアが「ウィンズロー商会ですね」と尋ねてきた。
「ペンロド公爵夫人と懇意にされてる商会だから、無下には出来ないのよ」
「お嬢様が若いからといって、足元を見てくる銭ゲバじゃありませんか」
「銭ゲバって……」
ウィンズロー商会は金のためなら何でもすると噂だ。彼らの本国に
不愉快そうな顔のダリアに苦笑い、私は小さなクッキーを口に入れた。
仄かな蜂蜜の甘さを感じる素朴なクッキーを噛みしめれば、甘味がじわりと体に染み渡る。そこに温かな紅茶を流し込むと、胃の奥がじんわりと痺れるように温まり、体が疲れているんだってよく分かった。
「また、ウィンズロー商会は無理難題を言っているのですか?」
「うん……卸している織物が高いって。うちとしては限界なのに……麦なんて作らないで亜麻を増やせって言ってくるのよ」
「何も分かっていない、銭ゲバですね」
「問題は、その話をどこで聞きつけたのか、西のドリス商会が価格を倍にしても良いから、納品数を増やして欲しいって話を持ってきてね」
「渡りに船ではありませんか!」
「簡単にはいかないのよ」
うちで生産している魔法繊維は、国内でも一、二を争う良質なものだ。それで作る織物は、魔術師のローブや騎士のマント等によく使われる。
今でこそウィンズロー商会が専売に近い状況で扱っているけど、祖父の代までは各地の商会と取引をしていたと聞いている。
私がまだ幼かった頃、母が体を壊したことで父が代って取引を進めたが、商売に不慣れだったことが影響して次第に販路を失ったそうだ。没落の危機を迎えたレドモンド家を助けて下さったのが、ペンロド公爵夫人だ。
カップの底に残る僅かな紅茶を見つめ、私はペンロド夫人と継母の後ろ姿を思い浮かべた。
夫人からのお手紙が増えのは、継母がこの家にやってきてからだ。それを、お父様は渡りに船だと言っていたわ。
ペンロド家が後ろ楯になってくれると、勘違いしていたのかもしれない。お父様は、家にいることがほとんどなくなったのよね。
この家をお父様に代わって支えていたのは、ミルドレッドお姉様と、ダリアのお父様であるデール子爵だったわ。
あの頃は、ドリス商会との取引を維持するのが大変そうだった。
「西のドリス……フォスター公爵家縁の商会ですね」
「そう。古い代には、うちの織物をすいぶん
お姉様は、必死にドリス商会との繋がりを残してくださった。きっと、エヴァン王子の後ろ楯であるフォスター公爵様のことを考えてなのだろうけど。
今は、なんとかその繋がりを保っている状態。お姉様のことを思うと、もっと深い付き合いをしたいところよね。
「一層のこと、ドリスに鞍替えすればいいんですよ」
「そんなことしたら、それこそ、ペンロド公爵夫人の怒りを買うことになるわよ」
深いため息を零すと、目の前の手紙にダリアが手を添えた。
送り主の名前はローザマリア・ロックハート。何度もお茶会のお誘いをくださるロックハート女侯爵様からのものだ。
「そのためにも、繋がりを持たれたらよろしいのでは?」
「……知られたら、裏切りだと言われるわ」
「でも、このまま断り続けるのは、ミルドレッド様のお立場にも影響します」
「お姉様のお立場……」
「口実はいくらでも用意が出来ます。いい機会ではありませんか」
「……考えてみるわ」
私がしぶしぶ頷くと、ダリアはハッとしてドアを振り返った。
ややあって、バタバタと品のない足音が近づいてくるのが、私の耳にも届いた。そして、その足音と一緒に、これまた品性の欠片もない金切り声が聞こえてくる。
「──ルマ!
廊下の向こうで繰り返される叫び声は、間違いなく継母のものだ。
ローザマリア様からの手紙を、そっと書類の下に差し込んで、私は息を整えた。
また、何か無理難題を持ち掛けるのだろう。
継母が私の名をヘルマと省略して呼ぶのは、そういう時だ。それは決して愛称などではなく、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます